Ⅳ 狂気 ー11
「いかがでしたか?」
練の言葉に、翠はどちらのことだろうと頭を傾げてみせる。わざとだ。
「母君が練によろしくと言っていたよ」
これもわざとだ。予想通り、練は翠にしか分からない程度に、眉を顰めた。そんなことをきいているんじゃない、という非難の中に、後ろめたさが滲んでいる。
翠は何事もなかったように、言い直した。
「うん、ついにここ全輪にも、魔の手が伸びて来たね」
翠はおどけて言った。カエルムに効果が似た煙草は、じわじわと全土に広がっている。先日、翠が偵察に行った職人町でも、煙草の話を聞いた。全輪では、やはり端にある職人町から広がると思っていた。
自分が撒いた災いの種が、確実に育っている。
翠は昏い興奮を覚えた。自分はもう手を出していない。それが勝手に、翠の思惑通りに、動いている。遜はもとより、崑も手を出してくる。崑の中心にいる者たちは慎重かもしれないが、あの氏族は大きすぎる。末端の方は、富の誘惑に逆らえず、必ず手を出してくる。
公国の方は……翠の頭に一組の親子の顔が浮かんだ。似ても似つかない、野心がそのまま顔に出たような父親と、全てを内に隠してしまったような息子。
彼らが公国をかき回してくれるはずだ。あの父親が大公になると、少し面倒が増えるが、それ以前に公国の混乱が目的なのだから、それでもいい。
公国の混乱にガザの氏族が絡んでいると知れれば、公国民の反発は強くなるだろう。対してガザも、カエルムの流入が公国からだと分かれば、憎悪は必至だろう。
うまくいけば、戦争になる。
親友の顔が浮かんだ。
こんなやり方を力は怒るだろう。
だが、それでも……
「翠様」
練の声で翠は我に返った。見つめ返した目の奥に、自分と同じような昏い光が見える。
同じ光を持つ自分たちは突き進む力も強いが、転落するのも共に一瞬だろう。
感情に飲まれるな。冷静になれ。
「公国に手紙を送ろう」
翠が静かに言った言葉を、練は沈黙で受け止めた。
練をまっすぐ見るその目は、深い悲しみに染まっている。その瞳のまま、翠は笑う。
「あの国には壊れてもらおう」




