↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅳ 狂気
PR
68/102

Ⅳ 狂気 ー8


 結果的には、翠の訪問を拒まれることはなかった。

 親方とおかみさんは、変わらない態度で接してくれたし、力は親友のようになっていった。館に帰れば、心を開けるものが一人もいない翠にとって、その存在は大切なものとなり、銀細工の作業に一つも手をだせなくても、翠はこの家に来ることをやめられなかった。

 十五になると、力の修行が本格的に始まった。

「おまえさぁ」

 翠が持ってきた差し入れのキロを口に放り込みながら、力がおもむろに言った。

「允家のぼっちゃんなんだろ」

「誰にきいたの」

 少し声が震えてしまった。口に入れていたキロを苦労して飲みこみ、翠は水をグイッと喉に流し込んだ。

 力は知らないはずだった。念押ししたわけではなかったが、親方もおかみさんも、翠が力には知られたくないという気持ちを察して、隠してくれていた。

「たまたまさ……聞こえちまって」

 言いよどむ力に、翠を慮っているのが分かった。

 自分から尋ねたくせに、どう答えればいいのか分からなくて、翠は馬鹿みたいに「うん」と言った。

 力がどう思っているのか不安だった。言葉遣いが変わっていないことに望みを持って、翠は勇気を出して力に言った。

「だけど、変わらず接して欲しい」

「あ?」

 翠の言葉に、力は心底不審な顔をする。くじけそうになりながらも、翠は声を張って言った。

「僕の友人であって欲しい」

 これではまるで愛の告白だ。翠は息を詰めて返事を待った。

「そんなの当たり前だろ」

 事も無げに力が言うのを聞いて、翠は安堵のため息を付いて顔を上げた。

「でも、変わらず接するのは無理だな」

「は?」

 今度は翠が不信な顔で力を見る。そんな翠を力はギラギラした目で見返した。

「允の次期当主のおまえに頼みがある」

「なに?」

 嫌な予感と、それに相反する高揚感が、翠の胸に湧き上がってきた。

 さっきからビクビクしすぎだ。力に何を言われるか、こんなに身構えてしまうなんて。

父に知られたら、鞭で打たれるだけではすまないかもしれない。

 そんなことを思いながらも、翠はまるで王の言葉を待つ騎士のように、力の言葉を待っていた。

「大店(おおだな)をなくしてほしい」

「え?」

 思ってもいない言葉だった。

 職人の町は常に貧しい。

 この町は全輪中央にある大店を基軸に回っている。職人たちは自分たちが仕立てた品物を、必ず大店に卸す。それは流通を円滑に進めるものとして、定められたものだった。

 だが、その卸値は、実際貴族たちが買う値段から考えると、驚くほど安い。

 だが、日々の生活にも事欠く職人たちは、売り渋って、値を交渉するだけの体力がない。

 しかも必要な材料は、大店から買う。大店の機嫌を損なえば、自分たちが手の届く価格で材料を売ってもらえなくなると、結果、大店の言い値で売ることになっていた。

 材料がなければ、命を繋ぐ糧がなくなるのだ。そうなれば、一家で首を括らなくてはならない。

「大店があるかぎり、俺たちの暮らしは一向によくならない。それどころか、技術が失われてしまう。」

 翠は言葉もなく力を見つめた。

 大店をなくす。そんなことは不可能だ。大店には氏族の力がかかっている。職人たちからすれば、逆らってはならない神のような存在である大店の主(あるじ)も、氏族の子飼いにすぎない。言い換えれば、大店に逆らうことは、氏族にも逆らうことになる。

 だから力は、允の氏族長の息子である翠と知り合えたことに、千載一遇の好機を見出したのかもしれないが、氏族の中でも最弱である允では、当主になったとて、何の力にもなれない。しかも今は、その最弱の允当主にすら、虐げられている。

「それは……無理だよ」

 大店は世の中の構造そのものだ。壊せるわけがない。今の氏族制度に亀裂が入る。

「どうして?」

 力の目は容赦がなかった。難しいことは分かっている。しかし「あきらめない」という強い意志が、その射すくめるような目にありありと現れていた。

 翠は絶望しか感じなかった。どうやったら、力を諦めさせられる?

 力は氏族に逆らうということが、どういったことか分かっていないのだ。

「大店の上には氏族がいる。平民が氏族に逆らうと、自分だけの問題じゃなくなるんだぞ」

 彼らは事の真偽など気にしてはいない。自分の不利益になりそうなものは、あらかじめ駆除していく。力が目障りになれば、その家族、友人、面倒と思えばその地区ごと…直接的な表現をすれば、消されてしまう。

 翠は父にそう教わった。憂いを残すなと。

 力(りき)を失いたくなかった。

「そう。俺だけの問題じゃない」

 必死に説得しようと焦る翠と対照的に、力は落ち着いていた。

「このままいけば、俺たちは氏族に使い潰されて終わりだ。最低限の材料だけ寄こされて、氏族が決めた品物をつくる。何の発展もない。設備は古くなる一方だし、販路は限られ、先細りだ。貧しさから子どもが減り、後継者は育たない。衰退したこの町を、氏族の連中はさっさと捨てるだろう」

 力の言葉を翠は否定できずに、奥歯を噛みしめた。

 どんなに彼らが作るものが全輪で流行っても、彼らの懐は一向に温まらない。ただ量産の指示が下りてくるだけだ。こなせなければ、次回から他に回される。

 無理をしすぎて、結局身体をこわした者もいた。

 分かっている。ただ、それでも、力の話に乗ってやってはだめだ。

「大店という梯子を外されたら、立ち行かなくなるぞ」

 いくらひどい扱いだとしても、唯一の販路と仕入先には違いない。

「奴隷扱いよりましだ」

 言い切る力に、翠は父の言葉を思い出す。あれは職人に対する言葉ではなかったが、允家の薬草農園を任せている農家に対して、父は「あれらはうちの奴隷みたいなものだ」と言っていた。

現ガザ王が奴隷の所持と売買を禁止してから十数年。だが、別の名で氏族に繋がれている者は多い。

「おまえが手を貸したくないのなら、それでもいいよ」

 憤った様子もなく、力はまっすぐ翠を見た。

 ああ、無理だ。翠の絶望は色濃くなる。こんな目をする力は、どんな甘言にも脅しにも、たとえ自分を思いやっての言葉だと分かっても、絶対に折れない。

「……」

 だが駄目だ。力たちを死なせるわけにはいかない。

「僕が策を考えるよ」

 どうにか氏族の怒りに触れずに、力たちが納得してくれる妥協点を探りたい。

 翠の思惑を読んだように、力は薄く笑った。

「大丈夫。俺に考えがあるんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。