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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅲ 激流
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Ⅲ 激流 ー14



 ガザへの帰路につく凛と昂に、なぜかナナライも一緒に行くことになってしまった。

 もう引退したんだと一応つぶやいたナナライは、大公との話を聞きたくないのかと、凛に脅されたのだ。

 さらには「この話を聞いたら、ガザに行かなくてはならなくなるわ」と言われ、それでもなぜか、ここでは話せないとも言われた。

 最後には「ここで用事があるの?」と昂に訊かれ、じゃあ、行くだけ行くかと言ってしまった。

 こういうところが、貧乏くじを引き続ける要因だろうと自分でも分かっている。

 昂が繰る馬車が、かつて「神の道」と呼ばれたガザへ通ずる道に入った頃、凛は急にアランのことを話し始めた。

「アラン大公はタミア妃を迎え入れて以降、たとえ妃を伴っていない時でも、わたしと蘭の話をしようとしなくなったわ」

 親密な友好国として、ガザ王妃の凛とアウローラ公国の大公アランが会う機会は、少なくなかった。それまでアランは、何かにつけ蘭の話を出していたのだが、それがぱったりとなくなったという。

「ああ、コルニクスもそんなことを言っていました。タミア妃と婚姻してから、ラン様の名前を一切出さなくなったと。それは妃や公女様たちがその場にいない時も同じらしい」

 亡くなったとされるラン大公妃が、実は生きていることを、この二人は知っている。だが、一度も針森から出てきてはいない。これからもそうだろう。

「でも、前回アランに会った時にね」

 凛は「半年前くらい」と付け加えた。

「急に『昔からあなたのことがうらやましかった』って言い出したの」

 アランはその時、単独でガザ帝国を訪れていた。大公妃を伴わない訪問はよくあることだった。

 王城での晩餐会の後だったと思う。凛が王城の庭園で休んでいると、アランがやって来た。少し酔ったので、風にあたろうと思ったと、ほんのり赤い顔で言っていた。

「『あなたのことがうらやましかった。蘭はあなたの為に必死だった』って、うらみ事みたいなこと言われて、びっくりしたの。タミア妃との婚姻以降、ランが存在したことでさえ忘れてしまったかのように、一言も触れなかったのに。それから、昔、蘭と信をドムに行かせた話を長々と話し始めちゃって。本当は俺も行きたかったとか、あれが失敗だったとか、なんとか。大昔のことに、なんて女々しい男なのかと、はっきり言って引いちゃったわ」

 その蘭と信がドムに来た時、ナナライは初めて二人に会った。衝撃的な出会いだった。そして、ドムが救われたのだ。遠い昔のことのように感じながら、ついこの間の出来事のように鮮明に思い出せる。

 それからナナライは、黙って御者をしている昂に目を向けた。彼らの息子がいまこうしてここにいる。

 ナナライはなんだか切ない気持ちになった。

 アランが普通の男と変わらないのであれば、彼のやるせない気持ちは理解できる。男はいつまでも女々しいものなのだ。

 アランはどのくらい酔っていたのだろうか。覚えていないくらいであれば、いいのだが。

 だが凛は首を横に振った。

「そんなに酔っていなかったと思うわ。彼はわたしに言いたいことがあって、わたしに会いに来たのだもの」

「どういうことですか?」

 ナナライが問うと、凛はアランの口まねを始めた

「ドムに行きたかったのに、わたしは立場上行けなかった。でも、あなたならそんなこと関係なしに行くんでしょうね」

 嫌味とも羨望とも言える口調は、確かにアランに似ていた。

「あなたが今度ドムに行くことがあったら、ナナライを訪ねて下さい」

 ナナライなら、凛はよく会っている。そう言うと、アランはいたずらを企てたような顔をしてこう言ったという。

「ドムにあなたが行ったらの話です」

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