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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅲ 激流
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Ⅲ 激流 ー12



 ターシャが翌朝目を覚ますと、見知らぬ男が部屋の中にいたので、危うく叫び声を上げるところだった。それをせずに済んだのは、その前に陽が侵入者の首を締めにかかっていたからだ。

「お前!ふざけんな。ターシャ驚かせたら殺すって言っただろうが!」

 激高する陽に驚いて、出かけた悲鳴も引っ込んでしまった。

「ちょっ、ほんとに死ぬ!やめて!」

 哀れな声を出して、侵入者は自分の首を絞め続ける腕を必死に叩いていた。

 ターシャが助けを求めるようにナルに目を向けると、ナルはもう起き上がっており、不機嫌な顔で腕を組み、二人を見ていた。

 ターシャの視線に気が付くと、首を横に振ってみせた。

『この男は大丈夫だよ』

 そう手話を送ってターシャを安心させた後、すぐに付け加えた。

『役にはあまり立たないけど』

 更に畳みかける。

『あまり知らないんだけどね』

「よく知らんのに、役に立たないって言うな!」

 あ、この人、手話が分かるんだ。

 ターシャは身体を起こし、男の顔を見た。

 軽薄そうな顔、小柄だが身体はしっかりしている。歳は陽と同じくらいか。どうやら知り合いらしい。まさか初対面であれほどじゃれ合わないだろう。陽にがっちり抑えられて悲鳴を上げているが、どうして反撃しないのか、ターシャは不思議に思った。

「ガザの隠密の人?」

 ターシャが訊ねると、男はにっと笑い、陽は腕を離した。

「さすが公女」

 男は跪き、頭(こうべ)を垂れた。

「わたくしは…」

「確か…シュンね」

 男は跳ねるように顔を上げた。今度こそ、目が驚いている。

「お目にかかったことは、なかったと思いますが」

 隠密のくせに、驚きが素直に顔に出ている。ナルの『役に立たない』の言葉を思い出しながらも、ターシャはシュンに悪印象は持たなかった。

「ナルが知っているようだったからね。ガザの隠密でも、ナルと顔見知りなのはそういない。クウとその部下のシュンだけよ。わたしたちの周りを探っていたことがあったでしょう?姿を見なくても、そのくらいは知っている」

「ひゃあ」と、シュンは奇妙な声を上げ、恭しく再び頭を下げた。

「隼(しゅん)と申します。以後、お見知りおきを」

「燦(さん)王女のところに連れて行ってくれるって」

 陽は痺れを切らしたように、話しに割り込んだ。

「王女のところに?」

「話が早いでしょ?」

 隼は早々に畏まった態度を捨て、得意げに胸を張った。

「……ナナライに頼もうと思っていたの」

 言葉を選ぶように、ターシャはゆっくり言った。

「燦王女に会いたいのでしょう?俺がお引き合わせしましょう。俺は燦様付きの隠密でしたから」

「……」

 ナナライに頼もうと思ったのは、ナナライがガザ王家と繋がっているからだが、ナナライ自身が信用できる男だからだ。

 だが、隼には悪い印象は受けなかったものの、まだ信用しているわけではない。

 何より、この男の上にいるクウは、むしろターシャにとって信用できない男だった。

「どうして、わたしたちが王女に会おうとしていると思ったの」

 ここにいることを突き止められたのは、ドムに潜入している時に見つけたからだと言われれば、そうだと思う。だが、燦に会おうとしていることは、ここにいる人間にしか言っていない。

「そうされるだろうと、思っておりましたので」

「誰が」

「どうして」と訊く前に、ターシャは間髪入れずにそう言い放った。

「あー」

 ポンコツぶりを露わにして、隼は天を仰いだ。言いにくそうに口を歪める。それだけで、誰だか分かる。

「俺の上司が……」

「……」

 口を噤んでしまったターシャを見かねた陽が、頭を掻きながら再び口を開いた。

「まぁ、目的は果たせるわけだし」

「……」

「気に喰わなくても、敵ではないはずだし」

「……」

「今は私情を……」

「分かってるわよ!」

 分かっている。手段を選んでいる時間もないし、立場でもない。

 ただ、あの男のいいようにされるのが、嫌なだけだ。

「じゃあ、ガコを起こして……」

 言いかけて、ターシャは途中で言葉を切った。こんなに大きな声を出しても起きないなど、あり得ない。ガコに限っては、特に。

「この子に何かしたの?」

 隼を睨みつけると、彼は「だから嫌だったんだよ」などと言いながら、肩をすくめた。

「この子は連れて行けません。公国の、しかも盗賊の町の子でしょう。王女に会わせるわけには行きません」

「な…」

 遠慮のないもの言いに、ターシャはかっとなりかける。実際、隼の言ったことが分かったのか、ナルの目も吊り上がった。

 だが、ターシャは一つため息を付き、頷いた。

「分かったわ」

 ナルが吊り上がった目のまま、ターシャを見た。ターシャはナルに向かって、首を横に振った。

 確かにガコをこのままガザ帝国に連れて行くわけには行かない。巻き込んでしまう。ガコはオロの善意なだけであって、今回のことに関係ないのだ。

 事情を説明するのも避けた方がいい。頭のいいガコは察してしまうかもしれない。

 そう、確かにこれが最善だ。薬を盛り、眠らせて、置き去りにする。

 彼が何も知らないと、周りに知らしめることができる、最良の方法。

 問題は単純に、こちらの良心との折り合いだ。

「彼を安全に帰すことを約束してくれるのなら、彼を残して、いますぐ発ちましょう」

 隼はホッとしたように笑顔を向けた。

「もちろんです」

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