Ⅱ 蠢動 ー19
オロの部屋は簡素だが、一人部屋だった。寝台と椅子。荷物を置く戸棚。
それでも地位のおかげか、怪我のせいか分からないが、特別なのだろう。オロの個室まで、何部屋かの前を通り過ぎたが、閉まり切っていない扉の隙間からは、いくつか並んだ寝台と、数人の男が集まって座っているのが見えた。普通の部屋は大部屋なのだ。
身体が大きい男ばかりなこともあって、部屋にぎゅうぎゅう詰めにされているように見えた。
オロは自分の部屋に入ると、陽たちを促すこともせず、上衣を脱いで、寝台に横になった。
余計な手間は省く性質らしい。
「不用心だなぁ」
陽はため息をつきながら、寝台に近づいた。
脇腹の辺りに晒が巻いてあった。
「お前に襲われたところで、どうということはない」
オロが冷めた声で言うと、陽はクスッと笑って、晒を緩め始めた。
「分かんないよ。俺だって針森の人間だからね」
どういう意味かとターシャが訝しく思っていると、陽は手早く晒とその下に巻いてあった包帯を解き終えた。
下から出てきた傷に、ターシャは驚かなかった。
ナルの傷とよく似ている。もちろんターシャは素人だし、刀傷から得物の種類まで見分けることなどできるはずもないが、それでも思った。
ターシャたちを襲った者とオロを切りつけた者は、恐らく同じだ。
「ほら、やっぱり傷が少し開いてるじゃん」
言いながら、陽はスーッと傷口を撫でた。
「!」
オロは顔を引きつらせたが、声は漏らさなかった。
「ちょっ」
声を出してしまったのは、ターシャだ。
ナルに同じことをしたら、殴っていたかもしれない。
陽は素知らぬ顔で手当てを始めた。
患者を気遣うという配慮が、絶対的に足りない気がするが、オロは何も言わずに堪えているので、陽のことを信用しているのだろう。 手際よく傷を検めながら、陽の口も滑らかに動く。
「今日の都はいつもより騒々しかったね。やっぱりあの騒ぎのせい?」
ターシャは素知らぬ顔をして、陽の手元を見ていたが、フードを被っていて良かったと思った。
「ああ」
オロはうつ伏せで顔を腕の中に埋めたまま、くぐもった声で応じた。
「あちこち兵士だらけだからな」
一見、都の大通りなどは、普段と変わらぬ様子に見えたが、それでも人通りは以前より少なく、普通の買い物客よりも、兵士の姿の方が目に付く。
これを機に台頭し始めた軍部に対して、小規模であるが反発する人が現れ始めた。
そんな人々を押さえこむため、治安を維持すると称して、町中を兵士が巡回するようになったのだ。
「だけどな」
顔を埋めたまま、オロは「フフフ」と笑った。
「実は差し出すって言っている大公が、見つかっていないというのが、もっぱらの噂」
だから、兵士たちは血眼になって探しているという。
「本当に大公がやったのかな」
尋ねる陽に、オロは馬鹿にしたように笑った。顔はいつの間にか横に向けている。
「そりゃ、ないだろ」
あっさりとオロは言った。
「公国の奴も、ガザの上の連中も、ちんけな陰謀だと思っている」
「だけどな」と、オロは楽しそうに言った。
「そんなわけないと思うわりに、大公は出て来ないし、公国の軍部が実権を握りつつある。そのうち国民の認識がまるっと変わって、そうだったのかと思うようになってくるぞ」
それじゃあ、まるで……
「クーデターだな」
ターシャは口を出しそうになるのを、必死に抑えた。
「でも、ガザが大公の陰謀じゃないと分かっているのなら、クーデターなど……」
代弁してくれた陽の言葉を、オロはニヤリと笑った。
「馬鹿か。真実なんてどうでもいいんだよ。公国の兵がガザを襲った。この事実をどう利用するか、それが奴らの勝負だ」
「なるほど」
陽は本当に感心したように頷いた。
「それでオロは、公国がどっちに転んだ方がいいと思うの?」
「さあな」とオロははぐらかした。
「商売ができれば、俺はどちらでもいいさ」
「ただ」と付け加える。
「人が痩せた国じゃ、商売にならんがな」
ターシャは思わず顔を上げて、オロの顔を見てしまった。まさか自分が日頃から言っていた言葉を、盗賊の頭の口から聞くことになるとは。
だが、ちょうどオロは億劫そうに顔を反対に向けたところだった。同じ方向を向いていると、首が痛くなるらしい。
ターシャは慌てて、また顔を伏せた。
「よし、いいよ」
包帯と晒を元通りに巻きなおし、陽はまた傷の上を撫ぜた。
「痛っ」
今度はオロも声を上げた。顔だけ上げ、「お前なぁ」と陽を睨みつける。
陽は「ハハ」と笑って流し、「あ、そうそう」とついでのように切り出した。
「サボン家のラウル様、紹介してくれない?」
「は?」
オロは低い声を上げ、たちまち身体を起こし、陽に向き直った。先ほどの親し気な空気は霧散し、警戒を露わにしている。
ターシャは度肝を抜かれ、分からない振りをする気もまわせず、突っ立っていた。
何を急に…しかもそんなストレートに。
陽は部屋の空気が一瞬で変わったことにも頓着せず、「サボン家に薬を売りたいんだ」
と続けた。
「薬?何の薬だ?」
オロは眉を顰め、陽を睨みつけている。
「詳しくは言えない。特別な薬だからね。俺が直接話したい」
オロの顔がますます凶悪になっていく。
「あんまり俺たちを舐めんなよ。俺たちは仲介屋じゃねぇ」
手に入れたものを売る。それが盗賊だ。自分たちの物なのだから、売り先も値段も自分たちが決める。
もし陽が薬を売りたいのなら、オロたちに売るべきなのだ。それをオロたちは自分の裁量で捌いていく。誰かの使いなどには絶対にならない。
陽はニッコリと笑った。
「オロたちにも悪い話ではないと思うよ。だって……」
陽の微笑みはますます深まっていく。
「神の薬だからね」




