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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅱ 蠢動
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Ⅱ 蠢動 ー18


 そういう宿屋はいくつかあるそうだが、オロたちはいつも同じ宿に泊まる。大概の盗賊一家は、都に来て泊まる宿は決めている。

 こういう家業は特に縄張り意識が強い。宿一つでも、「侵された」と争いを生む。

 宿屋フォルトナは、外見は普通の宿屋である。いや、宿屋の看板も上げていないから、一見何の建物かも分からない。立地は大通りや官舎からは目につきにくいところにあるが、だからと言って寂れた場所でもない。

 ターシャは記憶力が良い。だが、普通の人ならいっぺんで道を覚えるのは、難しいかもしれない。

 ターシャはそう思いながら、陽の後について、宿の入り口をくぐった。

 入り口に門番らしき男が立っていたが、陽が何か耳打ちすると、あっさりと通してくれた。

「あら」

 店の者らしい女が奥から顔を出し、二人を見て声をかけた。

「ヨウじゃない。久しぶり」

 それから楽しそうに笑い声を上げた。

「オロったら、薬師が来るとしか言わなかったから、わたしの知らない人かと思ったわ」

 陽はそつなく微笑み、会釈を返した。

「ご無沙汰しています。オロには嫌われているからね、俺の名前も覚えているかどうだか」

 それより、と付け加える。

「女将は元気そうで良かった」

 優しい声でそう言われ、仮にも盗賊たちが集う宿を切り盛りしている歴戦の女将は、頬を染めてはにかんだ。

 何、あの声と笑顔(かお)。

 陽の斜め後ろに立っていたので、ターシャは陽の顔を正面から見たわけではないが、それでも聞いたことがない柔らかい声と、背後にまで何か飛んできそうな笑顔に、ターシャはゾゾゾと怖気(おぞけ)をふるった。

「オロは、右奥の部屋だよ」

 女将はそう言って、「おや」と陽の後ろに目をやった。

「その子は?」

 さすが、と言うべきか、やっとかと言うべきか、女将はターシャの存在に気が付いたらしい。仕事を思い出し、そう訊ねてきた。

 不詳の者を宿に入れるわけにいかない。

「ああ、この子は俺の弟子」

 問いただされることを、予想していたのだろう。陽は躊躇うことなく、そう答えた。

「弟子?あんた、その歳でもう弟子とってんのかい?」

 驚く女将を、陽は笑顔で黙らせた。

「後進を育てるのは大事なことだからね。特に薬師は」

 感心したように、女将は頷いた。

「そうか、なるほど。それで、その子の名前はなんて……」

 女将が言いかけたところで、野太い声が響いた。

「何いい歳こいて、はしゃいでんだ、ババア」

 オロが奥からのそのそとやってきた。「不機嫌」が顔面に張り付いているような顔だ。眉間に深い皴が寄っている。

「来たんなら、早く案内せんか」

「あれ、オロ、わざわざ迎えに来てくれたの?」

 陽が明るくそう言うと、オロは「チッ」と舌打ちした。

「ババアの声がうるさかったんだよ、奥まで聞こえた」

「ババア」呼ばわりされても、女将は腹を立てるわけでもなく、「ごめん、ごめん」と大雑把に手を振った。

「いつも、むさくるしいのばかり相手をしているからね、たまに爽やかな美男子が来ると、つい興奮してしまってね」

 もちろん嫌味も忘れない。

「そーかよ」

 面倒になったのか、オロは投げやりに返すと、「こっちだ」とターシャたちを促した。

「じゃあ、行ってきます」

 陽が女将に声をかけ、オロの後に続いた。ターシャも会釈し、小走りに陽についていった。

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