Ⅱ 蠢動 ー17
『本当に俺、行かなくて大丈夫?』
心配そうな顔でそう訊くナルに、ターシャは安心させるように手を振った。
「大丈夫、大丈夫」
このくらいならナルにも、口の動きと手振りで難なく伝わる。
オロたちが泊まっている宿は、下町でも特殊な宿だ。要するにそう言う輩専用の宿屋である。だが別に貧相なわけでもない。ある程度は豪華で、一仕事終えた裏家業の者たちが満足できるものだった。
妓女の斡旋が滞りないのは、もちろん男たちには特筆すべきことであるが、なによりこの宿は情報が集まるのが早かった。
情報を売る方も、買い手が集まっていると分かっているところに売りに来る。
そういう意味で、この宿は重宝されていた。
官吏に捕縛される危険が迫っても、情報の方が早いので、回避は難しくない。
官吏の方もそれが分かっているので、近頃は無駄に捕まえようとはしない。
その宿に、オロを診に陽が行くことになっていた。見習いとして付いていきたいと言ったのは、ターシャだった。
陽はそのつもりだったらしく、あっさり頷いたが、ナルは激しく首を横に振って、反対した。
ここは都だ。ターシャの正体がばれる可能性があるし、危険だと。
自分が行くとナルは言ったが、ターシャはそれをやんわりと断った。
『大丈夫よ。わたし、ほとんど公舎から出なかったから、顔は知られていないの』
父のように目立つ金髪なわけではない。栗色の髪をターシャは自分で引っ張って離した。
このままでも問題ないくらいだ。念を入れて偽装すれば、誰も気が付かないだろう。
それよりは……心底心配そうなナルの顔から、ターシャは視線を外した。
耳が聞こえないナルの方が目立ってしまう。人の記憶にも残りやすい。ユースティスの傍らにいた従者が、口が利けなかったことを、その人が思い出さないとも限らないのだ。
ターシャはそれを口に出して言わなかったが、ナルは気が付いたのかもしれない。渋りはしたが、最後にはあきらめてくれた。
「じゃあ、いくぞ」
促す陽の声が少し尖っていた。グズグズしている二人に苛立っているのだ。
ターシャはカチンときたが、何も言わずフードを深めに被った。髪は無造作に結い上げている。町娘が家の仕事をするときに、よくしている髪型である。美しくはないが、抜群に機能的だ。




