Ⅱ 蠢動 ー16
「俺の弟子をあんまりいじめないでくれる?」
入り口に現れた男に、崑の隠密集団の頭である千は目を細めた。
「思ったより早かったね」
嫌味を言ったつもりだったが、その声が弾んでいることを、千本人も自覚していた。
この男を、自分は嫌いではない。
「空、店の方に来てくれれば良かったのに」
彼の不肖の弟子にはそう伝えたつもりだったが、この男はそんなことはお構いなしなのだろう。
空は面倒くさそうに手を振って、当たり前のように室内に入ってきた。
「こっちの方が手間じゃないでしょ」
そう嘯くと、奥の部屋から見えている寝台を指さした。
千は「あんたね」とため息をついた。
「雰囲気ってのも大事なんだよ」
この千様が男に向かってこんなことを言うなんて、どうかしている。しかも腹が立つことに、わたし(・・・)が雰囲気にこだわっている。
空はくすっと笑って、千を見た。
千にこんな態度をとるのは、この男と、千の主である「翁」だけだ。
「俺ね、いま隠密の仕事はしてないんだ」
空は千に近づいて来たかと思うと、ちょうど手が届かないところで止まった。
「だから、弟子が知っていることを、俺も知っているとは限らないし」
そこでわざと言葉を切る。わざと面倒そうに言葉を吐く。
「隼が知らないことを、俺も知らないとは限らないんだよ」
これがこの男の手だと分かっていても、千はごくりと唾を呑んだ。
わざわざ千の言うなりにならなくても、空は今回の騒動が誰の仕業か知っている。それでも、千の許に来たのはなぜか。
仕掛けたつもりが、仕掛けられている。
千の身体はゾワリと粟立った。
だからこの男は嫌いではない。
悦びで熱くなった身体に、空は手を差しのべて問いかけた。
「それで千は?俺としたいの?」




