Ⅱ 蠢動 ー15
あんなに遠く感じた都に、馬車があっさり入って行くのを、ターシャは複雑な気持ちでやり過ごした。
馬車は公舎が見える正面からではなく、いわゆる裏道から入って行った。商人の馬車を装っていても、やはり盗賊は盗賊なのだろう。
さっきまで大声で騒いでいた馬車の周りの護衛たちも、急におとなしくなり、馬車の脇を固めていた。
やがて馬車はある建物の前に停まった。
「おい、先生、着いたぜ」
外から声をかけられ、陽が腰を上げた。
「降りようか」
陽に促されて、ターシャも頷いた。隣のナルはさっさと立ち上がり、ガコの後について降りようとしていた。
馬車の中が薄暗かったので、幌を避けて顔を出すと、眩しさに目が眩んだ。
景色が見えずとも、その埃っぽい乾いた空気を感じただけで、都に帰って来たという実感が湧いた。
そう、戻ってきてしまった。
目が光に慣れると、馬車が付けられたのは、大きな倉庫のような建物だった。何の変哲もない灰色の建物。
わざとらしいほど特徴のない建物に、ターシャは見覚えがなかった。もっとも、公女であるターシャは、気軽に外出できる立場ではなく、都の中でも知らない場所の方が多い。
それでも思った。
これはわたしが知らない種類の建物だ。
建物を見上げていると、
「おい、ジロジロ見るな」
頭上からどら声が降ってきた。
取り繕う暇もなく、身体がビクリと震え、見上げると、大男が眉間にしわを寄せて睨んでいた。顔には深い皴が刻まれているが、それは加齢によるものというより、くぐってきた修羅場の数を思わせた。初老というには、まだ若いだろう。
「あんたも俺たちの馬車に乗ってきたんなら、それなりの礼儀があるってもんだろ」
「よう、オロ。怪我はもういいのかい」
陽が割り込んで言うと、オロと呼ばれた大男は、今度は陽をギロリと睨んだ。
「こんなの怪我の内に入らん」
「傷をあまり甘く見ない方がいいよ」
苛立たし気に言うオロに、陽はあっさりそう返した。
見ると、服の隙間から、胴を覆う包帯が見えた。
「傷は浅いし、傷口が綺麗だから大丈夫だと思うけどね、それでも悪いものが入らないとも限らない」
俺に診させてくれればよかったんだけどね。
陽がそう付け加えると、オロは苦虫を嚙み潰したような顔をして、「お前に頼むと高くつくんだよ」とぼそりと言った。
針森の村では、当たり前のように無料で診ている陽を見てきたので、ターシャは意外に思った。
「今回はここまで乗せてもらったから、そのお返しに診に行ってあげるよ」
オロは一瞬躊躇うようなそぶりを見せたが、「助かる」と一言言うと、灰色の建物の方へと去って行った。
陽もそれ以上オロを呼び止めることもなく、ターシャたちの方を向くと、何事もなかったかのように、「さ、行こうか」と二人を促した。
ターシャは素直に陽に従った。ナルも素知らぬ顔でついてくる。
灰色の建物は、後ろ暗いルートを通ってきた品物たちを卸す場所なのだろう。
ただ乗せてもらった客は、気が付かない振りをしなければならない。
そして陽はオロを診に、会いに行く約束をした。
ターシャは自分を落ち着かせるために、浅く息を吸って、ゆっくりと吐いた。




