Ⅱ 蠢動 ー14
「だからって、こんなのはないわ」
周りに聞こえるのも構わずに、ターシャがため息をついたので、陽は苦笑いしながら、「しーっ」と唇に人差し指を当てた。
「商人の馬車に匿ってもらうのが、一番目立たないって、杏も言ってたでしょ」
「だからって……」
「ターシャ」と本名で呼ばれるよりは、針森の「杏」になっておいた方が、素性がばれる危険は減るということも、用事があって都に行く馬車に同乗させてもらう方が、安全であることも、言われなくても分かっていた。
でもだからといって、
「この町の人たちに便乗するなんて」
マルゴの村の者が都へ物を売りに行く馬車に、同乗させてもらうことになった。陽はその気になると、すぐに話を付けてきた。
その「物」が何であるか、敢えて聞かなかったが、彼らの生業を知っていれば、それらが盗賊家業の戦利品であることは想像に難くない。
ターシャも彼らを告発する気はないが、便乗するとなると話は別だ。自分が加担してしまっているような気がする。
だが、陽はターシャを宥めはするが、作戦を変更する気はないようだし、ナルは不機嫌だが、彼らと一緒に行くことを気にしているようではなかった。
ターシャも他に良い案があるわけではない。
仕方なく便乗し、ただブツブツ言わずにはいられない気分だった。
「失礼だなぁ、ねぇちゃん」
ターシャの向かいに座っていた、ガコと言う少年が鼻を鳴らした。最初に町に入った時、宿に連れて行こうとした少年である。
ニヤニヤしながらターシャとナルを見ている。あちらもターシャたちの顔を覚えていたのだろう。
「俺たちはまだいい方だぜ、なんといったって人は盗らない」
大真面目でそんなことを言って胸を張るが、あながち的外れではない。
マルゴは盗賊だが、人狩りはしない。それを矜持としているから、堂々と「マルゴ」という町を名乗っているところもある。
それほど盗賊の人狩りは、珍しいことではないのだ。
盗賊を襲う盗賊はいない。縄張り争い以外で、盗賊を襲う理由がないからだ。どう考えても、素人を襲う方が効率がいい。
そういう意味で、盗賊に便乗するのは、安全だった。
「悪かったわ」
ターシャはガコに向かって、素直に謝った。
ガコは「オッ」という顔をし、ターシャの隣に座っていた陽は意外そうな顔で、ターシャを見た。
「感じ悪かったわね。ごめんなさい」
ターシャは重ねてもう一度謝った。
自分の好悪がいかに不必要なものか、ターシャはよく知っていた。あとは意地というものが、いかに物事の達成の邪魔になるかということも。
これが最良の策なら、きちんとしないと。
いつまでも子どものように駄々をこねているわけにはいかない。
ターシャは目の前の少年を、もう一度見た。
半分はこの少年のせいもある。
盗賊の町に生まれ、生まれた時から盗賊になることが決まっていた少年。その道しか知らぬ子ども特有のふてぶてしさと、歳に似合わぬ達観と覚悟。
自分に似ている。
「ねぇ、ガコ」
ターシャは身を乗り出し、ガコに顔を近づけた。
この馬車は比較的大きな馬車で、荷物と人がごっちゃに乗っている。一応幌は張っているが、ところどころ破れて、陽の光がチラチラと入ってきた。
道は悪路というほどではないが、それでも車輪はガタガタと大きな音をたてて回り、ターシャの抑えた声は、隣に座る陽にも聞こえないはずである。
急に顔を近づけてきたターシャに、ガコは驚いたようだ。身構えるように少し身を引いたのが分かった。
「ガコは大人になったら、盗賊になるんだよね」
ガコは、「まだ文句を言うつもりか」と警戒した目でターシャを見た。
「そりゃ、マルゴに生まれちまったからね。今、その為に修行してるんだし」
ターシャたちに声をかけ、カモとして宿に連れて行こうとしたのも、修行の一環だったというわけだ。
ターシャはニッコリと笑ってみせた。
君のその笑顔を見ると、みんな罠にはまってしまうな。
そう言ったのは婚約者のユースティスだった。
久しぶりにこの笑顔を使ったな。
子どもにも効果はあるようで、ガコは一瞬呆けたような顔になった。
「ずっと?この先死ぬまで、ずっと?」
ターシャがそう訊ねると、ガコは困ったように笑った。更に声を潜めて、独り言のように言う。
「それは…ちょっとやだな」
「……そっか。そうだよね」
ターシャは相槌を打つと、すっと体を離した。
身体を起こすと、今度は隣の陽が顔を寄せてきた。
「何今の?子ども相手に誘惑してたの?」
「秘密」
ターシャはそう言うと、座席に深く座りなおした。
板だけの座席の振動に、ターシャのお尻は限界だったが、適度な雑音は思考の助けになる。
都に着いて、無事ラウルの館をたどり着けたとして、どうやってユースティスに接触するのか。
自分とナルは顔を知られている。そうなれば陽が頼みの綱だが、もちろん館に入れる口実などない。
ナルを買った過去からも、ラウルが盗賊や裏の世界と繋がっているのは、自明の理である。そちら方面から糸口がないかと考えたが、「マルゴ」もラウルと繋がっている可能性は大だ。
下手に依頼すると、ラウルに売られてしまう危険がある。
いくら車輪の音が隠してくれるといっても、迂闊に馬車の中で話すわけにはいかなかった。




