Ⅱ 蠢動 ー13
「…允翠さま」
…どうして急にそんな呼び方を…
「…この国はそういう国です」
…え。待って、待ってくれ。約束しただろう。一緒に…
「待って…」
視界に巨大な布が飛び込んできて、出してしまった言葉を戻そうとするように、ヒュッと息を吸い込んだ。
鼓動が早い。今実際、声を出してしまったことを、翠は自覚していた。
そのままの姿勢で落ち着いて辺りを探る。
幸い使用人も部屋の中にはおらず、この広い部屋には、豪奢な天蓋つきの寝台に横たわっている、翠一人であった。
翠は安堵のため息をつき、身体を起こした。
まだ夜中だろう。扉の外には不寝番がいるだろうが、物音ひとつしなかった。
先ほど漏らしてしまった声が、扉の外にまで聞こえていないことを願う。
この館の者は、少しでも翠の様子が不審だと、すぐに精神が不安定になっているのではないかと疑う。そしてそれは、すぐさま翠の父親である允氏の長に報告される。たとえそれが、弱気な寝言を言っていたということでもだ。
ガザ帝国で姓を名乗ることを許されている四大氏族のひとつである、允を継ぐ者として、少しの不安要素も許されないからだ。
一番小さいくせにな。
我知らず苦笑いが漏れてしまった。
四大氏族のなかでも允は一番規模が小さい。
最大氏族崑と比べたら、半分にも満たない。
その規模は権力にも財産にも比例する。
だが、それでも氏族はそのほかの平民に比べたら別格だ。生まれた時から別物だ。
翠は再び横になると、寝台を覆う、豪奢な天蓋を見上げた。
これだけの布を使う天蓋は、本当に裕福な者しか手に入れられない。例えば氏族長の家族とか、だが……
なんだか閉じ込められているみたいだ。
翠は目を閉じた。喉が渇いていたが、こんな夜中に水を求めると、多くの者の安眠を妨げてしまう。
部屋に水差しの一つでも置いてくれればいいのだが、何者かに毒を入れられるといけないという理由で、許されていなかった。
仕方がないので、翠は唾を飲み込んでやり過ごした。
それにしても、あの夢は久しぶりに見た。
為すべきことを為すようにと、あいつが告げているのかもしれない。




