Ⅱ 蠢動 ー12
ガザから来た王女と金髪の少年。ナルにそっくりな少女。燃え上がる炎柱と獣のようになってしまった双子。
当時十歳だったターシャは、頭の良い子どもだったが、あの事件の記憶はあいまいだ。
アウローラ公国の国家行事の中でも重要な、豊穣祭。その最中に起った火事。そこには公女であるターシャも居合わせたが、思い出そうとしても、断片的に、ただの意味のない映像としてしか、記憶として蘇らせることは出来なかった。
ただ、神殿と公舎が合同で出した「落雷による火事」が真実ではないことは、分かっていた。
おそらく、恐ろしいことを目の当たりにして、真相を知ることを、自分の身体が拒否したのだろう。いくら能力があっても、自分はやはり子どもなのだと、痛感したがどうしようもなかった。
母はそれでいいと言ってくれた。「あなたはまだ十歳なのだから」と。
「思い出した」
目を覚ますと同時に、ターシャは虚空にむけてそう呟いた。
すると、予想外にもすぐ近くから返事が聞こえた。
「知らなかったとは、知らなかったよ」
顔を向けると、陽が情けない顔でターシャを覗きこんでいた。
後ろでナルが怒った顔で腕組みをしている。
ターシャは陽の言葉を聞いた途端、気を失ってしまったらしい。
「知っていたことを、忘れていたのよ」
ターシャは妙に冷静に陽の言葉を訂正する、自分の声を聞いていた。
ナルが自分たちの知らない何かであることを、一度は知っていた。でも自ら忘れていた。
「あの時のことは、俺は昂に聞いて知っていただけだから……ターシャはあの場にいたんだよね」
十かそこらの子どもには、トラウマが残るほどの出来事だった。それを失念していた。
陽はそう言って、素直に謝った。
「昂?」
知らぬ名前にターシャが聞き返すと、陽は「ああ」と頷いた。
「俺の兄さんだよ。ナルと一緒にいたんだ」
昂…コウ……ああ、そうか。
あの金髪の人。
「あなたのお兄さんだったの」
何かが浮かんできそうになったが、それは朧気で、ターシャはその何かを、思考から追いやった。
「だからナルのことも知っていた。昂が村から連れ出した双子の片割れってね。顔は見たことなかったけど、すぐに分かった。な、奏」
ナルに聞こえたはずもないのに、ナルはなぜか嫌そうな顔をした。
「奏?」
「こいつの本当の名前だよ」
当たり前のように言う陽に、ターシャはムッとした。
「ナルはナルよ」
ターシャがそう言うと、陽は肩をすくめて「まぁ、それならそれでいいよ」と言った。
ナルはずっと怒った顔で立っているだけだった。
「どうしたの?」とターシャが訊ねると、別に、と言うように首を振って、また部屋から出て行ってしまった。
ターシャがもの言いたげに、陽の顔を見ると、「うーん」と困ったような顔をした。
「あいつね、あの時の記憶ないらしいんだ。片割れの彩っていう子もね。助けられた時、もう覚えていなかった。自分が覚えていないことで、ターシャが苦しんでいるのを見て、どうしていいか分からないんじゃないかな」
でも、と付け加える。
「ターシャが倒れた時、あいつすぐ飛んできたんだぜ。耳も聞こえないのに、よく分かったなと思ったよ」
ナルとターシャは、昔からよくそういうことがある。何となく通じ合っている、という瞬間が。
「まぁ、じゃあ、そろそろ行くかね。ナルもあれだけ動けるし、なにより」
陽は言葉を切ると、梯子の先の上の階を見上げた。
「じいさんが、そろそろ限界だろうしね」




