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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅱ 蠢動
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Ⅱ 蠢動 ー9



「じいさん、急患」

 陽は戸口で大声でそう告げると、返事も待たずに、ドアを開けた。

 中では確かにじいさんと呼ばれるくらいの年齢の男性が、驚いたように顔を上げた。その手には小さな刃物を持って、片足を椅子の上に上げている。足の爪を削っていたのだろうか、そのままの姿勢で、目を見開くと、急に現れたターシャたちを怒鳴りつけた。

「出て行け!ガキども」

 陽は構わず、ナルを背負ったまま家の中に入って行き、部屋の奥の寝台をざっと検分すると、陽の荷物から敷布を出すように、ターシャに言った。

 小さいとはいえ刃物を持ったまま睨みつけている男にビクビクしながら、ターシャは敷布を出すと、陽はそれを寝台の上に広げ、その上にナルを、うつぶせになるようにそっと下した。

 応急処置はその場で陽がしてくれたが、傷は浅くはなく、包帯からはもう血が滲み出ていた。

「誰だ、そのガキ」

 男は立ち上がり、こちらに近づいて来た。

 ターシャは身を固くしたが、陽は振り返りもせずに、

「村の子。こっちに出てきて、襲われたらしい」

 と、あっさり言った。

 男はジロリとターシャを見て、「俺らじゃねぇぞ」と不機嫌に言うと、

 陽は「分かってるよ」と、これまたあっさり言った。

「あんたたちのより、いい武器だ」

 男は「けっ」と悪態をついて、それでも寝台を覗きこんだ。

「……オロたちをやった奴らと同じかな」

 急に男の言葉に角が取れたので、ターシャが驚いていると、陽はやっと男の方を見た。

「たぶんな」と言ってから、「盥に水を汲んできてくれないか」と付け加えると、男は素直に分かったと言って、表に出て行った。

「この子は大丈夫だよ。傷は浅くはないけど、死ぬほどじゃない。毒を塗られていたわけでもなさそうだし」

 混乱していて言葉も出ないターシャに、陽は普段と変わらない調子で、そう告げた。

「よ、良かった」

 ターシャはやっと言葉に出し、それと同時に身体から力が抜けた。ふらついたターシャを、陽は支えて、先ほど男が座っていた椅子にターシャを座らせた。

「あのじいさんは、俺の昔からの知り合いだから、大丈夫だよ。口は悪いし、良い人間とは言えないけど、少なくとも俺の知り合いには何もしない」

「そうなの?」

 驚いて、ターシャがそう声を上げると、陽は笑って頷いた。

「そうだよ」

 ターシャが混乱するのも無理はない。

 三人は結局、先ほどまでターシャとナルがいた、マルゴに戻ってきた。

 先の村より、マルゴの方が近かったからだが、陽は森の中でナルの応急処置をしてすぐに、ナルを背負って、歩いてここまで連れてきた。

 ターシャはルークスに乗ってきたのだが、陽は平然とナルを背負ってルークスの横を歩いていた。

 襲われた時、どうやら二人はマルゴの方に逃げていたらしい。町に近いところで見つけられてよかったと陽は言ったが、それでも三刻ばかり歩いてたどり着いた。

 陽に全く疲れた様子はなかった。そればかりか、躊躇なくマルゴの町に入って行き、迷うことなく一つの家を目指していた。

 もしかしてこの町の真実の顔を知らないのかとも思ったが、知り合いがいるのなら、そんなことはないだろう。

 前回のような客引きは、姿を見ることすらなかった。

 疑問は山ほどあったが、訊ねる前に「じいさん」が戻ってきた。

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