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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅰ 幻の村
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3/33

Ⅰ 幻の村 ー3


 彼女が奥の部屋を覗くと、男は薬草を仕分けていた手を止めて、すぐに顔を上げた。

「お、ぴったり。よかったね」

 軽い調子でそう言い、また薬草が入った籠に目を落とした。

「お腹すいてる?食べられそうだったら、何か作るよ」

 そう言いながらも、手は止めずに作業を続けている。その顔は真剣で、話しかけながらも、意識は薬草に集中しているようだった。

柔らかそうな髪が、フッと横顔にかかって、影をつくった。

 彼女は一瞬その横顔に見惚れたが、ハッと我に返って、口を開いた。

「助けてくれて、ありがとう」

 男はまた顔を上げた。

「あの……ここは針森の村でしょうか?」

「うん、そうだよ」

 意を決して尋ねたことに、男はあっさりと答えた。しかし作業から手を離すと、彼女の方に向き直った。

「それで、あんたはどうしてあんなところにいたの?どこから来たの?」

 問い詰める風ではなく、心配から来る疑問を尋ねている、柔らかな口調だった。

 信じて良い人だとは思うが、彼女はぐっと心の中で踏ん張った。

 まだだ。

「ガザから。針森の村に通じている穴の通路を通ろうと思っていたんですけど、迷ってしまって」

 針森と帝国ガザは、高い崖で寸断されているが、崖の中に抜け道のような通路がある。

 ガザから針森に行くには、この通路を通るか、高い崖を登るか、大回りしてアウローラ公国を抜けるかである。当然、皆、通路を選ぶ。ただ、その入り口は、知っているものが同行しないと、見つけにくいものだった。

「ふーん」

 自分から訊いた割に、男はたいして興味なさそうに相槌を打った。

「そうなんだ、ガザからね。身体がよくなるまで、ここにいるといいよ。さっきも言ったけど、俺は薬師だからね。俺に助けられたのは、だいぶ幸運なことだよ。あ、俺の名は(よう)。あんたの名は?」

 怪しまれなかったのはいいとして、急に名前を尋ねられて、彼女は詰まった。思わず、唾を飲み込んで、答える。

「あ、アン」

 陽はにっこり笑った。その笑顔に、彼女はなぜかぞくりと背中が震えた。

「じゃあ、よろしくね、アン。これが終わったら、ご飯つくるから、休んでいるといいよ。だいぶ身体が弱っていたから」

 そう言って作業に戻ろうとする陽を、彼女は慌てて呼び止めた。

 大事なことを訊いていない。

「あのっ、ヨウ」

「ん?」

 陽が三度(みたび)顔を上げる。

「ランという人を知らない?あの、母の知り合いで」

 陽は「ああ」と呟いて、またにっこり笑った。

「蘭は俺の母親だよ。蘭に会いに来たの?公国のお嬢さん」

 からかうような言葉に、彼女は息を呑む。

「え、わたしはガザから」

陽はすっと立ち上がると、いつのまにか彼女の目の前にいた。あ、と思う間もなく、手首を摑まれ、陽の顔が近くにあった。摑まれた手は痛くなかったが、振りほどけなかった。

「あのねぇ。ガザの人なら、針森の人の名前をちゃんと呼べるよ。それに『アン』なら、公国の人でしょ」

 目を覗きこまれて、彼女を思わず目を逸らした。

「……確かに元々は公国にいたんです。それからガザに渡って……」

 口の中がカラカラだ。うまく言葉がでてこない。自分でも悪手だったと、臍を噛む。

 陽はそんな彼女を見て、手を離した。

「ガザからの通路のことは知ってたのにねぇ」

 可笑しそうにそう呟くと、彼女が寝ていた部屋に入って行く。戻ってきた手には、水が入った器があった。

「そんな弱った身体だから、頭が働かないんだよ。とりあえず、横になって。明日、蘭のところに連れて行ってあげるから」

 そう言うと彼女に器を押しつけた。

 陽がそのまま動かないので、彼女は器に口をつけ、水を飲んだ。

 水が身体に染みわたっていく。

 まだ信じないと固く決心しながら、出された水をあっさり飲んでしまった自分に、呆れてしまう。

 でも、水は必要だ。休息も。

 言われるまま、身体を横たえながら、彼女はそう自分に言い聞かせた。


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