Ⅱ 蠢動 ー4
夜明けの町は、もう人々が動いている気配がしていた。
針森から都へ続く街道の、一番端にある町、マルゴである。マルゴは比較的新しい町で、アウローラ公国(旧太陽神国)とガザ帝国の国交がはじまり、盛んになってきた頃できた町である。
昔は針森から都へ向かうのに、街道沿いには都とピラティウス山へとの分かれ道まで、小さな村ひとつなかった。針森からガザへ向かう旅人が、盗賊が横行していて困っていたところ、いつのまにかマルゴという町ができ、旅人の休息地となった。
実はマルゴは、盗賊から足を洗った者が造った町だという噂があるが、そんな噂は聞いたことがないとばかりに、マルゴの町の者は素知らぬ顔で暮らしていた。
二人が静かに町の中へ馬を進めると、どこからか少年が走り寄ってきた。
「馬を留めるかい?」
十歳くらいだろうか。しゃべりながら、もう手綱を獲ろうとする。
ナルがひらりと馬から降りると、すっと手綱を取り上げた。少年の手はむなしく宙を掴んだ。
少年の目が「おっ」といったふうにナルを見た。そして改めて馬とターシャを見上げた。
「お兄さんたち、駆け落ちかい?夜通し走らせてきたんなら、昼間のうちに少し休んだ方がいいよ。昼間休める宿屋も紹介できるぜ」
生意気な口調に、腰に手を当てて肩を怒らせている。
ターシャも馬を降り、ナルの横に立った。
「わたしたちはそんな仲じゃないわ。でも確かに少し休みたい。厩舎つきの宿屋はあるかしら?」
そう言うと、少年はニカッと歯を見せて笑った。
「ああ、お安い御用だ。安くていい宿を知ってるぜ」
少年に連れて来られたのは、小綺麗な宿だった。確かにすぐ横に、小さくはあるが厩舎があった。
「ここにする?」
ターシャがナルの顔を見て確認すると、ナルはなぜかきょろきょろと、周りを見ていた。
「?」
ターシャの意図が伝わらなかったのかと、ナルの前に回り込もうとした時、ナルは不意に馬を引いて歩き出した。
ターシャが慌てて避ける。ナルは気にしない様子で、歩いて行く。
ターシャはすぐに後を追いかけた。
「お、おいっ」
少年も慌ててついてくる。
ナルの足取りに躊躇はなかった。きちんと意図があるのだろう。こういった場面でのナルを、ターシャは信頼していた。
自分が世間知らずだという自覚が、ターシャに多分にあるということもある。
「ここは嫌みたい」
不服そうな顔を少しも隠す気がない少年をそう宥めると、少年は「ふん」と鼻を鳴らした。
あそこの宿屋に客を連れて行けば、何かしら手数料のような報酬がもらえたのだろう。
「あんたの旦那、口がきけないのかよ」
八つ当たり気味に、少年がそう毒づいた。
結構大きな声で言ったにもかかわらず、振り向きもしないナルを、眉を顰めて見ている。
ターシャは少年の言葉に是とも否とも答えず、少しだけ肩をすくめた。
後々のことを考えると、少年の記憶に自分たちの印象が残っていて欲しくない。
ナルが連れてきたのは、先ほどより少し大きい宿屋だった。作りも頑丈で、宿屋の向こう側に厩舎が見えた。その入り口で、馬番が暇そうに煙草をふかしていた。
ナルは少年の方を振り向くと、銀貨を握らせた。そして顎をしゃくって馬番を指して見せた。
少年はため息をついて、まともにナルの方を見た。
「なんだよ、あんた、常連かよ」
そう言うと、馬番の方へ走って行った。
ターシャは訳も分からず、ポカンと少年を見送った。説明を求めてナルの方を見ると、ナルは笑って、さっと手を動かした。
『後でね』
何もかも後回しだ。不満に思っていないわけではないが、ここでナルに言っても仕方がないだろう。
少年が二言三言馬番と言葉を交わし、ナルから渡された銀貨を渡すと、馬番の男は頷いた。
少年は戻ってくると、短く「話はついた」とナルに告げた。ナルは頷くと、少年に駄賃の銀貨を渡し、ルーカスを引いて厩舎に向かった。




