Ⅱ 蠢動 ー2
「ルークス!」
森の出口近くに、隠されるように馬が幹に繋がれていた。
馬は怯える様子もなく、落ち着いて、ターシャの呼びかけに鼻を鳴らして答えた。
「よく連れて来られたわね!」
ナルに声が届かないのも忘れて、ターシャは大喜びで馬の首に抱きついた。
ルークスは、父アランより贈られたターシャの馬である。
公国では女性が馬に乗ることは一般的ではなかったが、愛娘の懇願に、父は十五歳の誕生日祝いとして、 選りすぐった馬を贈ってくれた。
父は、足の速い駿馬ではなく、気性の優しい一頭を選んだ。これは娘への贈り物である馬に、足の速さはさほど重要ではないという大公の分別もあるが、ターシャに寄り添ってくれる気性が、なにより必要だと慮ってくれたからだ。
それでも、大公家が選ぶ馬だ。血統、品格とも最高級の馬には違いなかった。
大公一家の住居も兼ねている公舎の厩舎に、ルークスは繋がれていた。
あの逃亡の夜、ルークスのことは頭に浮かんだが、怒声を上げる兵士たちが大勢いる中、とても厩舎に近寄ることは出来なかった。
最高級の馬は目立つ。たとえ今のように古びた鞍を付けられていても、人の目を引きかねない。
どうやってここまで連れてきたのか。ルークスはナルにも慣れていたから、駆けて来たのではあろうが……。
訊ねようにも、今は無理だった。
ナルがターシャの肩をそっと叩き、ルークスに乗るように促した。
ターシャは跨り、ルークスの首に顔を埋めた。久しぶりのルークスの匂いに胸がいっぱいになる。匂いは記憶を呼び起こす。ターシャの頭は公国のことでいっぱいになった。
お父様、お母様、ミア姉様……ユースティス。
ナルが手綱を幹からほどき、ルークスを森から連れて出た。
そこには街道があり、先まで伸びていた。
都へ続く街道だ。
ターシャはナルが行こうとしている先が、都であることをもう疑わなかった。
夜の内に進めるだけ進んでおいた方がいいだろう。
ターシャがそう思ったとき、ターシャの後ろにナルが飛び乗ってきたのを感じた。ルークスが鼻を鳴らして抗議の意を伝えたが、振り落としはしなかった。
ターシャが首を撫でて宥めると、ルークスは「仕方ないなぁ」という風にまた鼻を鳴らした。




