Ⅰ 幻の村 ー22
どういうつもりなのかしら。
ターシャは腹を立てながら、広場の出口に向かっていた。
確かに灯りは綺麗だったし、パチェは美味しかった。同年代の村の女性と話せたのは収穫だろう。
でも蘭も陽も香が焚かれることなど、言わなかった。その気になった男たちの中にいたら危ないことくらい、ターシャにも分かる。
「あれ、きみ」
呼び止められて、ギクリとした。そのまま聞こえなかった振りをしようと思ったら、手を掴まれた。
強引ではなかったが、ターシャは足を止めて振り返ってしまった。
ここに自分で来た以上、被害者のように悲鳴を上げることは出来なかった。
振り返ると、純朴そうな男がはにかみながらターシャを見ていた。手はもう放してくれている。
「やっぱり。新しく村に来た娘だよね。どこに行くの?もしかして……一人?」
緊張しているのか、声が少し震えている。この要領の悪さでは、おそらく相手がいないのだろう。
「よかったら、僕と……」
勇気を振り絞った言葉に、ターシャはしかし、答えることはできない。
「いいえ、ごめんなさい。わたしは誰とも契るつもりはないの。だから、今から帰ろうと……」
「え、でも、じゃあ、どうしてはなまつりに来たの?」
信じられないという顔で、男はターシャに詰め寄った。断る口実だと思ったのだろう。
「あの、綺麗なまつりだって聞いて。本当に、誰ともそのつもりはないのよ」
言えば言うほど、男の顔は頑なになっていった。
「僕が嫌ならそう言えばいいのに」
「そうじゃないわ。本当にごめんなさい」
逃げるようにそう言うと、男はターシャの手首を掴んだ。
先ほど掴まれた時には感じなかった恐怖をターシャが感じた時、二人の間に誰かが割り込んできた。気が付くと、ターシャの手を掴んでいた男の手は、その闖入者に捕まれ、ターシャから引きはがされていた。
黒い外套を羽織り、明らかにはなまつりの参加者ではない。外套についているフードはかぶっておらず、その者がまだ若い男であることはすぐに分かった。、お前」
邪魔をされた男の言葉から察するに、闖入者は針森の人間ではなさそうだった。その顔を見て、ターシャは心底驚いた。
「ナル!」
ターシャがナルと呼んだ闖入者は、ターシャの顔を見ると、ホッとしたように息をついた。それから男を軽く押すと、男はよろめいて尻餅をついてしまった。
ナルは気に掛ける様子もなく、無言でターシャの手を掴み、引っ張って歩き出した。
男は尻餅をついたまま、唖然として二人を見送っていた。
あの人は、今夜は大人になれないかもしれない。ターシャはそんなことを思って、「ごめんなさい」と心の中で手を合わせて謝った。
そうしている間も、ナルはずんずん歩いて行く。
「ナル、待ってよ。速い!」
ナルには聞こえないことを承知で、そう叫ぶ。ナルは頓着しない。ターシャが「公女」であっても、そうだ。そこが気に入っているところだが、とりあえず立ち止まってくれないと、話も出来ない。
ターシャは引っ張られている手を、思い切って引いた。ナルが驚いた顔で振り返る。
ターシャはゆっくりと口を動かした。
『マッテ。ハヤイ』
ナルはたちまち悄気て、立ち止まった。
ナルの口が『ターシャ様』と呟く形になった。ターシャの手を離し、指文字をつくる。
『テス様を助けて』




