Ⅰ 幻の村 ー15
「杏!陽!」
声のした方に目を向けると、蘭が道の向こうから駆けてくるのが見えた。
薄暗くなり始めた空を見て、そろそろ夕食を作るからと陽に言われて、ターシャが乾燥させたキノコを乾燥室から取ってこようとした時だった。
蘭は髪を高い位置で結っていて、豊かな髪が後ろで揺れていた。
初めて会った時は、髪を下ろしている姿が神々しいと言っていいほど美しく、何となくターシャは気後れしていたのだが、今日は軽やかで気さくに見える。
まるで神話に出てくる女神のように語られていた女が、母が言うように、針森という村の女性であるという意味が、ターシャは今になって実感できた。
この人はここの人間なのだ。
先日の陽との出来事を思い出して、ターシャの胸は不安にぎゅっと掴まれた。
あれから陽とは、表面的には何の変化もない。だが、心の距離はどうしたって埋めがたかった。
陽の言葉に、ターシャは傷ついた。だが、その言葉のどこに、どうして傷ついたのか、ターシャは自分でも説明できなかった。これでは陽を責めることも、詰ることも出来ない。
本当にここに来て正解だったのか。真の真までは、ここの人たちとは理解し合えないのかもしれない。
ターシャは暗い気落ちで、近づいてくる蘭を見つめていた。
蘭がこの薬室に来ることは滅多にない。
ターシャと陽が見守っていると、蘭は二人の許にたどり着き、そのまま息を整えることなく、ターシャの目を見つめたまま、その腕を掴んだ。
ターシャの顔に触れるかと思うほど近づくと、音になるかならないかの声で囁いた。
「ターシャ」
「杏」ではなく、蘭はそう呼んだ。予感がして、ターシャは身を固くした。
「貴方の国が乗っ取られたわ」




