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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅰ 幻の村
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14/34

Ⅰ 幻の村 ー14


 考えないようにしようと思っているということは、一番考えてしまっているということだよ。

 そう言ったのは、確か父だった。

 父の安否に慄きながらも、こんなくだらない事で父の言葉を思い出したことに、ターシャはやり切れない思いでいた。

 腹立たしさが誰に対してか分からない。

 何食わぬ顔で薬草を摘んで帰ってきた陽の顔を、ターシャは見られなかった。

 途中で(ちゃ)羽根(ばね)が獲れたから、今日はごちそうだと上機嫌で言う陽に、上機嫌なのは他の理由があるからだろうと、思わずにはいられなかった。

 だいたい萌とそんな仲だとは知らなかった。まかない所で会った時は、そんな雰囲気など微塵も感じなかったのに。

 わたしが鈍いだけなんだろうか。

 公女という立場が世間知らずだろうということは、自分でも分かっているつもりだ。だから外に目を向けようと思っているし、謙虚に自分から壁を壊さなければと思っている。

たいがいはそれで自分は得るものがあったし、何よりすっきりした。

 だが今回は、知れば知るほど、心を覆った靄が重量を帯びて、自分の胸に溜まっていくようだった。

 陽が水場の近くで茶羽根を捌き始めた。

 茶羽根は針森では一番よく獲れる鳥で、先日、まかない所で食べたあぶり鳥がそれだ。

 本当は、薬草採集の際に殺生をすると、薬草の神様の機嫌を損ねるといって、狩りはしないことになっているらしいが、陽が言うにはそれは「建前」らしく、ターシャがまかない所であぶり鳥に感動してからは、陽は時々薬草採集のついでに、茶羽根など小さな獲物を獲ってくることがあった。

 干し肉も悪くはないが、やはり生肉を調理しての食事は格別であった。

 初めて陽が野ウサギを捌くのを見た時は、ぎょっとして正視できなかったターシャだったが、もう今では何ということはなく、捌くのを見ながらあぶり鳥の味を思い出して、生唾を飲み込むくらいであった。

 気になることがあっても、食欲はまた別らしい。

 よほど食べたそうなのが顔に出ていたのか、陽は血で汚れた刃物を持ったまま、苦笑した。

「鳥を捌くのは面倒だけど、杏がそんな顔するからな」

 どういう意味か測りかねていると、陽は落ちてきた汗を腕で拭いながら言った。

「一人だと狩りをしてまで、肉を食べようなんて思わなかったけど、杏に食べさせてやりたいと思うんだよな」

 陽の口調に深い意味はないようだった。別にターシャを言葉で喜ばせようと思っているわけではない。ただ、事実を言っている。そんな感じだった。

 ターシャは口をモゴモゴさせたが、結局出てきた言葉は、自分でも思いもよらない言葉だった。

「でも、ほら、萌っていう人とは食べるんじゃない?」

 再び作業に戻っていた陽は、手を止め、顔を上げて不思議そうにターシャを見た。

「萌?どうして?」

 別に驚いたようでも、不快に思っているようでも、恥ずかしそうでもなかった。単純に、ターシャがなぜそう言うのか、疑問に思っているようだった。

「え、だって」

 どうしていいか分からずターシャは口ごもってしまった。

 陽がどうして分からないのか分からない。ごまかしているだけなのだろうか。だとしたら、彼の演技はたいしたものだ。

「だって、さっき」

 少し気持ちを強くして、ターシャがそうっ呟くと、陽は「ああ」と何の屈託もなく頷いた。

「やっぱり、さっき森にいた?誰かいるような気配を感じたんだよね。誰もいなかったから、気のせいかと思ったけど、杏だったんだね。俺を探しに来てくれたんなら、声をかけてくれればよかったのに」

 あの状態で?

 ターシャは驚きと衝撃のあまり、声が出なかった。この人は何を言っているんだろう。

「萌は拾い師でね。この時期だけ採れるキノコを採りに、森の奥まで来てたんだよ」

 それからもう一度、「ああ」と納得したように頷いた。

「萌は別に連れ合いではないよ。ちょっと気晴らし」

 言うだけ言うと、鳥の脚を切り離し、肉を水で洗い、立ち上がった。

「よし、出来た。焼いて食べようか」

 そうしてターシャを見ると、初めてターシャがしゃべっていないことに気がついたようだった。

 困った顔で首を傾げて、こう付け加えた。

「『はなまつり』で大人になるまで、手を出さないのが決まりなんだ。これは村の掟みたいなものだから、杏には何もしないよ」

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