Ⅰ 幻の村 ー14
考えないようにしようと思っているということは、一番考えてしまっているということだよ。
そう言ったのは、確か父だった。
父の安否に慄きながらも、こんなくだらない事で父の言葉を思い出したことに、ターシャはやり切れない思いでいた。
腹立たしさが誰に対してか分からない。
何食わぬ顔で薬草を摘んで帰ってきた陽の顔を、ターシャは見られなかった。
途中で茶羽根が獲れたから、今日はごちそうだと上機嫌で言う陽に、上機嫌なのは他の理由があるからだろうと、思わずにはいられなかった。
だいたい萌とそんな仲だとは知らなかった。まかない所で会った時は、そんな雰囲気など微塵も感じなかったのに。
わたしが鈍いだけなんだろうか。
公女という立場が世間知らずだろうということは、自分でも分かっているつもりだ。だから外に目を向けようと思っているし、謙虚に自分から壁を壊さなければと思っている。
たいがいはそれで自分は得るものがあったし、何よりすっきりした。
だが今回は、知れば知るほど、心を覆った靄が重量を帯びて、自分の胸に溜まっていくようだった。
陽が水場の近くで茶羽根を捌き始めた。
茶羽根は針森では一番よく獲れる鳥で、先日、まかない所で食べたあぶり鳥がそれだ。
本当は、薬草採集の際に殺生をすると、薬草の神様の機嫌を損ねるといって、狩りはしないことになっているらしいが、陽が言うにはそれは「建前」らしく、ターシャがまかない所であぶり鳥に感動してからは、陽は時々薬草採集のついでに、茶羽根など小さな獲物を獲ってくることがあった。
干し肉も悪くはないが、やはり生肉を調理しての食事は格別であった。
初めて陽が野ウサギを捌くのを見た時は、ぎょっとして正視できなかったターシャだったが、もう今では何ということはなく、捌くのを見ながらあぶり鳥の味を思い出して、生唾を飲み込むくらいであった。
気になることがあっても、食欲はまた別らしい。
よほど食べたそうなのが顔に出ていたのか、陽は血で汚れた刃物を持ったまま、苦笑した。
「鳥を捌くのは面倒だけど、杏がそんな顔するからな」
どういう意味か測りかねていると、陽は落ちてきた汗を腕で拭いながら言った。
「一人だと狩りをしてまで、肉を食べようなんて思わなかったけど、杏に食べさせてやりたいと思うんだよな」
陽の口調に深い意味はないようだった。別にターシャを言葉で喜ばせようと思っているわけではない。ただ、事実を言っている。そんな感じだった。
ターシャは口をモゴモゴさせたが、結局出てきた言葉は、自分でも思いもよらない言葉だった。
「でも、ほら、萌っていう人とは食べるんじゃない?」
再び作業に戻っていた陽は、手を止め、顔を上げて不思議そうにターシャを見た。
「萌?どうして?」
別に驚いたようでも、不快に思っているようでも、恥ずかしそうでもなかった。単純に、ターシャがなぜそう言うのか、疑問に思っているようだった。
「え、だって」
どうしていいか分からずターシャは口ごもってしまった。
陽がどうして分からないのか分からない。ごまかしているだけなのだろうか。だとしたら、彼の演技はたいしたものだ。
「だって、さっき」
少し気持ちを強くして、ターシャがそうっ呟くと、陽は「ああ」と何の屈託もなく頷いた。
「やっぱり、さっき森にいた?誰かいるような気配を感じたんだよね。誰もいなかったから、気のせいかと思ったけど、杏だったんだね。俺を探しに来てくれたんなら、声をかけてくれればよかったのに」
あの状態で?
ターシャは驚きと衝撃のあまり、声が出なかった。この人は何を言っているんだろう。
「萌は拾い師でね。この時期だけ採れるキノコを採りに、森の奥まで来てたんだよ」
それからもう一度、「ああ」と納得したように頷いた。
「萌は別に連れ合いではないよ。ちょっと気晴らし」
言うだけ言うと、鳥の脚を切り離し、肉を水で洗い、立ち上がった。
「よし、出来た。焼いて食べようか」
そうしてターシャを見ると、初めてターシャがしゃべっていないことに気がついたようだった。
困った顔で首を傾げて、こう付け加えた。
「『はなまつり』で大人になるまで、手を出さないのが決まりなんだ。これは村の掟みたいなものだから、杏には何もしないよ」




