Ⅰ 幻の村 ー12
聞いたことがなかったわけではなかった。公舎に出入りしていて、父アラン大公とも親交がある、キースという織物業者が、針森の村の話をしてくれたことがある。
針森の村では、十六歳の男女が男女の交わりをし、それを経て初めて大人になったと認められるというものだった。
男女の、特に女性の貞操観念が頑なな公国で育ったターシャには、驚きとともに、多少の不快を感じたことを覚えている。
その「儀式」が「はなまつり」だというとは、知らなかった。
まかない所からの帰り道、陽が「はなまつり」について説明してくれた。陽は素直に「俺がうっかりしていた」と認め、自分から説明すると萌に請け合うと、萌は鼻を鳴らして頷いていた。
「それで、杏は、経験済み?」
一通り説明した後、陽が不躾にそう訊いたので、ターシャは思わず大きな声を出してしまった。
「そんなわけ、ないでしょ!」
ターシャには十歳の時から婚約者がいるが、、婚約者殿はまだ指一本触れて来ない。冷たいわけではなく、まだ婚約だからと大事にしてくれているのだ。ターシャもそれが当然だと思っている。
陽にそんなつもりはないと理解しているが、侮辱されたと感じてしまったのは否めない。
陽は肩をすくめて、「公国の事情は知らないわけじゃないよ」と言った。
知っているだけ。戸惑ったような陽の顔に、ターシャはため息をついた。
仕方がない。こちらだって同じだ。針森の「はなまつり」の風習を理解はしても、馴染むかは別問題だ。
針森の村は性に関して大らかだ。「はなまつり」の相手は、単純に大人になるためだけの相手だし、契ることに対して大きな意味を持たない。結婚して夫婦になるという制度はあるが、夫婦は同居しないし、互いに貞操を守るという観念がない。
それは生まれてくる子どもに対して、血統を求めないからかもしれない。
理解はしても、だからと言って自分が許容できるわけではない。
「わたしはこの村の人間じゃないわ。婚約者もいる」
ターシャが怒ったようにそう言うと、陽はまた肩をすくめた。
「そう言うと思ったけどね。ただ、杏でいるのなら、半人前扱いだぞ」
「別にいいわよ。そう長いこといるわけでもないし」
軽くそう言うと、陽はチラリとターシャの顔を見た。
「そうだといいな」
どういう意味かと思ったが、陽が足を速めたので、この話は打ち切りになった。




