Ⅵ 断罪 ー6
「最近、外の人間をよく見かけるな」
村の水路の点検を終えた信が、蘭の家に寄ると、蘭は機織り機から顔を上げた。
「今日は早く仕事を切り上げたのね」
蘭が他意なくそう言うと、「まぁ、ちょっと心配だったから」と、信はぼそぼそと言った。
もういい歳なのに、この男は相変わらず妻に対して過保護だ。過保護というよりは、束縛と言ってもいいのか。
しかし昔の自分の所業を思うと、それも仕方がないかと思う。自分勝手をした自覚はある。よく待っていてくれたと思う。その忍耐強さに対しては、死ぬまで尽くしても、報いきれないだろう。
「泊まっていく?」
蘭が尋ねると、信は「ああ」と返事をした。
多いときは六人で住んでいたこの家も、今は蘭一人で暮らしている。
寂しいと思うことはあまりなかったが、それでも信が泊ってくれるというと、素直に嬉しかった。
「そのつもりで来た」
そう言って、信は右手をあげて見せる。その手には、まかない所の今日の献立が、下げられている。今日は茶羽鳥の煮込みだ。茶羽鳥を野草と一緒に煮込んでおり、骨までトロトロに柔らかくなった茶羽鳥に、野草の爽やかな香りがしみ込んでいる。
鼻腔をくすぐる美味そうな匂いに、蘭は機織りを止め、立ち上がった。
「じゃあ、さっそく……」
言いかけて、蘭の動きが止まる。
その前に、信はもうすでに、その存在に気づき、蘭を庇えるよう体を入れ替えていた。
「よかった。まだ忘れてはいないみたいだな」
入口の陰から男がすっと姿を見せた。
背は大男と言っても過言ではないほど高い。
蘭や信より幾つか年上のはずだが、昔は確実に目に見えていたその差は、今はあまり感じられなくなっていた。
「コルニクス」
蘭が名前を呼ぶと、コルニクスは跪き、頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
「おい」
信がコルニクスに詰め寄る。蘭も信も、コルニクスとは旧知の仲だ。
「蘭の前には姿を現さない。それが約束じゃなかったんですか」
信の口調が丁寧になるのは、コルニクスが信の上司だったことがあるからだ。だが言葉の端にだけ現れるわずかな礼儀正しさも、信の感情ですぐに消し飛ぶ。
「アラン様に言われて来たんですか?」
一方、蘭に対して、コルニクスが跪くのは、一時的でも、蘭が彼にとって主君にも値する存在だったことがあるからだ。
コルニクスが顔を上げた。その顔を見て、蘭はホッと息を吐いた。
「立って、コル。わたしはもう、大公妃ではないわ。わたしたち今から食事をするの。二人分しかないから少ないかもしれないけど、よかったら一緒に食べましょう」
信が何か言いたそうな顔で、蘭を見る。
「信、台所にノイ(パンのようなもの)があるわ。持ってきてもらえる?」
蘭がそう頼むと、信は固い表情のまま、「分かった」と言って、台所へ取りに行った。
「どうぞ、こちらよ」
蘭が促すと、コルニクスは立ち上がった。
王宮ではそんなに思わなかったが、小さな自分の家にこの男がいると、やはり大きな男だったのだなと、蘭は改めて思った。
不思議な気分だ。
歳をとった自分とコルニクスが、この家で、この村のまかない所でつくられた食事を、一緒に食べようとしているのだ。
昔に戻ったような懐かしさと、昔にはもう戻れないのだという、相反する気持ちがせめぎあって、蘭は胸が痛くなった。
隣の部屋の丸台には、さきほど信が持っていたまかない所の食事が置かれていた。
台所からノイが入っている籠を持って、信が部屋に入ってくる。
三人とも円座に座ると、奇妙な沈黙があった。
「食べましょう」と蘭が言うと、「変な感じだな」と信が言った。
コルニクスは出されたノイをちぎって食べ、
「これがノイですか」と感動していた。
食べている間は、昔話に花が咲いた。蘭が大公妃になるよりもっと前、蘭と信がコルニクスの部下だった時の話だ。過去はいつでも心地いい。
「それで……」
食事も終わるころ、信が切り出した。
「またこの村を巻き込みに来たんですか」
蘭も今度は信を止めなかった。
コルニクスは「うまかった」と手を合わせた。
それから居住まいを正すと、蘭の目をまっすぐ見た。
「もう巻き込まれていますよ。俺はこの村を守るために、アラン様に遣わされました」




