3 噂
「ずいぶんと霧の深い場所ですわね、ヒルダ。」
私の主人、探偵カメリアは私にそう言った。
「足元にお気をつけください、カメリア様。」
先の見えずらい霧の中、山を切り通してつくられた上り坂は道幅がせまく、足場も悪い。
草木の鬱蒼と生い茂るその向こうに、墓地が見えた。
「カメリア様は、幽霊が怖くはありませんか。」
視界が悪く、どことなく寂しげなこの墓地は、幽霊が似合う場所だろう。
カメリアは、「まだ怖くはありませんわ。」と笑う。
「私はまだ、幽霊にお会いしておりませんから。」
私とカメリアがこの地を訪れたのは、古城に幽霊が現れるという噂の真偽を確かめるためだ。
私が仕えているカメリアは、公爵令嬢にして探偵である。
彼女はあどけない少女だけれど、解決した事件は片手で数え切れない。
血の匂いを好む悪女と陰口を叩く者もいる一方で、カメリアの聡明さを頼り依頼する者も後を立たない。
今回カメリアに依頼をしたのは、資本家のコンラート氏である。
コンラート氏は、この地にある古城をハーン男爵家から買い取ることを決めた。
しかし2週間前、2人の使用人を城の測量に向かわせたところ、1人が行方不明になった。
もう1人は、幽霊に会ったというのだ。
「コンラート氏の使用人は、眠っているように死んでいた女性が次の瞬間には崩れた顔で追いかけてきた、と言っていたそうですね。
それが本当なら、やはり幽霊でしょうか。」
カメリアは、「それを確かめるのが探偵である私の役目ですわ。」と答えた。
「カメリア様、古城に向かうより先に教会を訪ねるのは何故ですか。」
カメリアと私はいま、墓地の先にある教会へ向かっているのだ。
「古城の持ち主のハーン男爵家について、気になることがございますの。」
カメリアは、「ハーン男爵家は現在、元の分家だった方が家督を継いだことは、ヒルダもご存知ですわね。」と私に聞いた。
「ええ、存じております。
たしか5年前、本家のご長男ゲラルト様がご子息を残されないまま亡くなったと。」
「それが、ゲラルトは亡くなったのではなく、一族の名を穢すとして勘当された、という噂があるのです。」
男爵家に相応しくない人間として家を追い出され、表向きには死んだことにされた。
先代のハーン男爵ゲラルトは、いったい何をしたのだろう。
「勘当の理由は、ゲラルトが教会に破門されたからなのだとか。」
破門は、教会が信者に与える最大の罰であり、社会生活を不能にされるに等しいことだ。
「破門は教会の教えに背く重大な罪を犯した者に与えられるのではありませんか。」
社会的な死を罰として与えられるほどの罪とは、何であろうか。
カメリアがこちらに顔を向けた。
「ゲラルトは死者と婚姻を結ぼうとした、と噂されていますの。」
ゲラルトは死者に魅入られ、すべてを失うことになったというのか。




