2 古城の幽霊
ぽつり、と雨粒がひとつ俺の肩に落ちた。
ふたつめ、もうひとつ、と数えていくうちに、あっという間に雨が降り始めた。
「これだから森は嫌なんだ。」
悪態が口をついて出た。
こんなところ、仕事でなければ来るものか。
俺の仕事は辛気臭い古城を調べることであった。
雇い主のコンラートは、どこかの貴族からこの土地を買い取るのだという。
こんな胡乱な城を買い取ってどうするというのか、金持ちのすることは俺のような庶民には理解ができぬ。
雨足はどんどんと早まっていく。
ざぁ、ざぁ、と激しく降る。
「ラルフのやつ、いつまでかかっていやがる。」
雨がこれ以上強くなる前に帰りたいのはやまやまだが、同僚が城の中を見てくるといったきり戻ってこない。
もう1時間以上はたっただろう。
俺が請負った土地全体の測量はあらかたもう終わっている。
遠くで稲妻が光った。
俺は同僚を連れ帰るため、古城に足を踏み入れた。
古城の中は肌寒く、息がしづらいほどに空気が重たい。
「おーい、ラルフ。
雨が降ってきたぞ。」
石造りの高い天井に俺の声が反響する。
返事はない。
「2階にいるのか?」
広間の南側にはめられた、背の高い窓ガラスに雨粒が打ちつけられる。
北側には螺旋階段が左右についていて、吹き抜けになった2階の廊下へと続いていた。
俺は左側の螺旋階段を登った。
2階の廊下には、扉が3つ並んでいた。
一番奥の扉が、ほんの少しだけ開いている。
同僚はこの部屋の中だろうか。
扉を開けると、蝶番がきぃっ、と音を立てる。
ぽた、ぽた、と雨漏りの雫が硬い床を叩く。
部屋を覗いて目に入ったその石床に、俺は少しぎょっとした。
床には、赤い血がついていたのだ。
「おいラルフ、大丈夫か。
怪我でもしたのか。」
しかし、そこにあったのは同僚の痩せた髭面ではなかった。
ベッドの上には、美しい女が横たわっていた。
まるで眠っているように。
けれども、彼女は眠っているのではない。
女は、息をしていない。
女ではなく、女だったモノだ。
屍だ。
「あぁ…、あぁ…。」
喉から言葉にならぬ音が漏れた。
震える足で後退りした。
廊下まで後退したそのとき。
「無礼者。」
ざらざらとした、地を這うような女の声がした。
振り返れば、背後にいたのは。
ベッドの上に横たわっていたはずのあの女だった。
窓の向こうで、稲妻が光る。
その光に、女の顔が暴かれる。
美しかったはずのその顔は。
どろり、と赤黒く溶けていた。




