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《治安維持対策本部》の職員から一通り説明を受けたら、この日から特例で釈放が認められ、学生寮で暮らすことになった。釈放されたとはいえ死刑囚の身分でいることに変わりはなく、一日二度の活動報告が義務づけられ、また新たな犯罪が発覚した場合は再び拘置所に戻されることとなる。
正式に《治安維持対策本部》の一員となり、街での名もエルゼ・フォーゲルではなく、神代総司の義理の娘ということで『神代エルゼ』(ドイツ居住で亡くなった親の親友が頼ったのが総司という設定)。エルゼの真の経歴は極秘事項で、組織でしか共有されないそうだ。
「この私が神代を名乗ってもいいのでしょうか?」
「なぜそう思う?」
「“神代一族”はドイツ人の私でも知っていますよ。有名な科学者や研究者を輩出してる家系ですよね? この街の科学を構築したのも神代の力が大きいと聞いたことがあります」
日本のみならず世界の科学にも影響を与える、とまで言わしめるほどの名だ。
以前、任務でレイと日本に訪れていた時のことを思い出す。『あたしも神代に生まれてみたかったなー。そしたらスパイやらずに《加速する科学の不夜城》で勉強できてたのになー』なんて本音をエルゼにだけこっそり明かしていた。
エルゼに問いに総司は、
「気にするな。君にも名乗る資格はある。この街で神代という名は珍しくないからな」
プライドの欠片もなく、そっけなく言ったのだった。
1Kの学生寮にて、総司から貰ったハムスターのぬいぐるみをテレビの横に置き、すでに用意されていたベッドにエルゼは背中からダイブした。寮は二十階建てのマンションで、この部屋は十階。辺り一帯が何棟も連なり集合団地になっている。すべてが学生寮らしい。実家暮らしの中高生や大学生は少ないらしく、日本人に加え、世界から来た留学生が一人暮らしをしているそうだ。
久しぶりのプライベートの空間にほっと心を落ち着かせたエルゼは、
「こんな私に街を守る資格があるのだろうか」
迷いを言葉にした。
そして翌日の土曜日。
さっそく任務を任される。
午後二時の数分前。留学生として来週入学することになる羽水高校の制服に袖を通し、寮の前で待っていると、
「お待たせ」
少女の声に横を向いたら、灰色のパーカーに黒の短パンを合わせた女の子がそこにいた。短パンは結構丈が短く、太ももを大胆に覗かせている。灰色のミディアムヘアに三白眼が特徴的で、舌足らずで声の幼さから想像した姿とは違い、童顔ではあるものの、中学生か高校生くらいの女の子だ。
「こんにちは。あなたが珈音さんですか?」
「うん」
「はじめまして、エルゼです。局長から話は聞いているとは思いますが、――今日一日護衛させていただきます」
「よろしく」
そう、本日の任務は目の前の少女、神代総司の娘である神代珈音を護衛することだった。
エルゼは昨日の総司との会話を思い起こす。
『明日、私の娘がショッピングに行くそうだ。だから娘を護衛してほしい』
『護衛、ですか?』
『どうやら《楔》は君の犠牲と引き換えにセキュリティの穴を見つけたみたいでね。たびたび傘下の者の潜入を許している。我々も狙われの身分でね』
『ご、ごめんなさい……』
『なに、明日からの仕事で誠意を示してくれればいい』
果たしてこの男はどこまで自分を信じているのだろうか。表情も冷静沈着を崩さず、淡々と言葉を並べるのでどこか掴み所がない。エルゼは思った。
「珈音さん、今日は何を買いに行かれるのでしょうか?」
「さん付けしなくていいよ。気軽に珈音って呼んで」
「わかりました」
「うーん、おいしいものを食べに行ったり服を見に行ったり、かな」
「何というか、普通ですね。この街のことですから護衛のアンドロイドでも購入しに行くものかと」
「そんなにお金持ちじゃないし」
こうして二人は先を行くことにした。
(しかしこんな普通の子が狙われているとは。物騒な……って、これが私たちの手段なんだっけ)
敵であれば親族であろうと狙うのが常套句だった。なぜなら、わかりやすく弱点になるから。一カ月前まではエルゼだって選んでいた手段なのだ。
なんだか胸がモヤモヤする。
自分のこれまでと、今の抱える気持ちの矛盾。
“正義”が芽生えたなんて安っぽいことは考えたくない。
「ねぇ、エルゼ」
「はい?」
珈音はビルの一角の店舗に指を差して、
「あれ食べよ」
「パンケーキ屋さん、ですか?」
壁のデジタルサイネージには、チョコレートやフルーツ、生クリームでトッピングされたふわふわのパンケーキが次々に映し出される。どの商品も色映えがよくて食欲を刺激してくる見事なムービーだ。
「ごめんなさい、今の私には持ち合わせがなくて」
「来月のお給料から引いとくからいいよ」
(なにがいいんだろ……)
しかしサイネージを見てしまえば逃れられない。エルゼは唾をゴクリ。
「ま、まあ構いませんよっ。これもお仕事です、付き合いますよ!」
二人は入店する。木の素材をふんだんに用いたナチュラルで落ち着いたテイストで、安らぎの時間を提供してくれそうな空間だ。大学生と思われるカップルや大人の女性たち、中にはエルゼのような年頃の少女たちもいる。繁盛しているが決して騒がしくなく、カフェとしても心地のよい空間だ。
いらっしゃいませの自動音声を耳にしながら受付のタブレットに人数を入力し、出力された紙の番号のテーブルに腰掛けるエルゼと珈音。テーブルのタブレットでメニューを選ぶ。入店から注文に至るまですべてシステム化され、店員との接触はなかった。
「この街の飲食店ってどこもこんな感じでなんですか? ホールスタッフがいませんが」
「うん。なるべく人件費を減らして、その分を価格に反映してくれる。システムもAIで簡単に作れちゃうし」
「たとえば高級なホテルはどうでしょうか? さすがに人の温かみが求められそうですが」
「んー、行ったことないから断言できないけど、VIPのおもてなしには一流のスタッフを揃えてるんじゃない? あくまで普段使いのお店はこんな感じかな。あ、日本語で読める? ドイツ語に切り替えは……無理だろうし」
珈音はエルゼのタブレット操作を心配してくれる。
「ええ、問題ないですよ。中学生レベルの読み書きならいけますし」
「話すのもすごく流暢だよね。ネイティブの日本人みたいだけど、身近に話す人がいたの?」
「そうですねぇ、六歳の時からずっと話してました。というか私のことってどこまで知っていますか? 街に来た経緯とか、《治安維持対策本部》の一員になった理由とか」
そしたら珈音は口頭で話さず、スマホをポチポチ入力して画面を見せてくる。『スパイで捕まって、元仲間のスパイを捕まえるため』。彼女は知っているようだ。
「七人姉妹のチームだったんですけど、三、四……は私で、五女が日本人の血が入ってるんですよ。チームでは基本ドイツ語ですけど、その二人と話す時は日本語でしたね。来日して仕事することも珍しくなかったので、そのための勉強も兼ねて」
「なるほど~。翻訳ツールがあればよさそうだけどなぁ」
「ツールを介すとタイムロスがありますから。一秒の間でピンチになることも。頭に叩き込んですぐに引き出すのがプロの仕事ですからね」
ふふんと鼻を鳴らしてちょっぴり得意げなエルゼ。
「そういえば珈音は年齢おいくつですか? 中学生?」
「十五歳。ちょうど今月から高校生だよ」
今度は珈音が胸を張る。パーカーだが、華奢なエルゼよりもバストサイズが大きいのが見て取れる。顔立ちは幼いのに。
ちなみに今日は四月三日で、近日入学式のようだ。
二人が会話していると、配膳ロボットがリズミカルな音楽を流して注文の品を運んでくる。珈音は『生クリームとチョコレートのバナナパンケーキ』にホットコーヒーをお供に、エルゼは『焼きマシュマロと生クリームのいちごパンケーキ』にホットのアールグレイを合わせる。
「わぁ、おいしそぉ」
頬を緩める珈音。……の、一方で、
「はわわわわわわぁあ……っ」
珈音以上にキラキラ目を輝かせるのはエルゼだった。




