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処刑少女VSスパイ少女(手描き挿絵あり)  作者: azakura
【1章】《反旗》のエルゼ
5/7

1-4(挿絵)

 連れられてきたのはテーブルと四つの椅子のみの、控室のような簡素な部屋だった。ビルのネオンの輝きが窓から差し込み、室内の唯一の光源になっている。


「さて、刑の停止の理由から――……」


 男は振り返ったタイミングで言葉を切った。


「うああああああああああああああっ!!」


 まるで赤子のように泣き喚いたのはエルゼ。椅子に座ることはなく床にぺたんと尻を付け、手で拭っては溢れ出る涙をボロボロと流す。


「ああああああぅ! うぁあああああああ!」


 母親に捨てられた日も、任務で失敗した日もこんなに泣いたことはなかった。身体の底から震えが止まらなくて、溢れ出る恐怖が絶叫のような嗚咽に変わって泣きじゃくる。もはや涙を拭うことすらせず、頬に伝う生温かい涙を無機質な床にこぼしていた。


「――――」


 男は膝を折ると、エルゼを見据えて、彼女の顎を右手で掬い上げ、


「今の君が味わうその感情こそが“死の恐怖”だ。わかったか? 君は今まで何人の人間を殺してきた? 覚えているか? 中には正当な努力を得て富を勝ち取ったような、罪のない者もいたはずだ」

「いやぁあ!」

「刑が確定してからの君を観察してきた。反省の色はまるでなかった。あるのは仲間の助けを待つ哀れな姿だけ。だが、これで理解できたはずだ。人を殺めてはならない理由が」

「うるさい!!」


 声を荒げて男の手を振りほどき、エルゼは嗚咽を上げ、わんわん泣き続ける。


「君が落ち着いた頃にまた来る」


 そう言って男は部屋を出た。

挿絵(By みてみん)


 狭い部屋で一人になるエルゼ。


 エルゼは声がかれるまで、否――、かれても泣き続けた。

 やがて涙もかれて、エルゼは壁に身体を預けて脱力する。


「あの恐怖を……私が殺めた人は……」


 ――イギリスで給仕を演じ、自ら殺めたあの紳士の男は、ナイフで刺された瞬間に何を考えただろうか。遺される家族の顔と、二度と会えない恐怖と哀しみだろうか。


「うぅ……」


 他にも、他にも、――……他にも。

 頭を抱えて首をぶんぶんと振るエルゼ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 しゃがれた声で漏らし、


「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「そろそろ落ち着いたか?」

「……ッ!?」


 はっと見上げた。男だ。いつの間にか入室していた。

 彼はたいして表情もなく、言ってしまえば氷のように冷静ではあるのだが、


「……なんですかぁ、それは」


 片腕には彼の上半身ほどのサイズはあろう、ハムスターのぬいぐるみが抱えられていたのだ。全くと言っていいほど似合っていない。異物だ。まるで娘のプレゼントを買ってきた父。


「これで君の気持ちが落ち着いてくれればと。近くの店で買ってきた」

「舐めてるんですか?」

「不要なら部下にあげるつもりだ」


 すると、エルゼは口を尖らせつつも両手を伸ばして、


「なんで――ハムちゃんが好きなのを知ってるんですか?」


 ぬいぐるみを受け取り、ぎゅっと抱き抱えながら男を睨みつける。


「君は調査済みだ。捜査の段階で様々な器具を付けただろう? すべてではないが君の経験したことや趣味嗜好は把握できているのさ」

「プライバシーの侵害です」

「捜査では一定の範囲内での侵害が許されるものだ」

「ハムスターが好きなのは関係ありません」

「猫も好きらしいな」

「もうっ」


 男に対して優位に立てる気がしなかった。


「あなたは何者なんですか? お偉いさんですか?」

「申し遅れた、私は神代(かみしろ)総司(そうじ)。《治安維持対策本部(アンチクライム)》の“局長”を務めている者だ。要はこの街における警察と検察のトップだな。君の死刑執行の最終判断をする権限も私にある」

「警察と検察の機能を兼ねているんですか? まるで社会主義の国ですね」

「よく勉強している。すごいな、その歳で答えるのは」

「スパイでしたから。広く浅くですが様々な知識は身につけています」


 警察と検察が同じ組織の管轄ならば、たとえば警察による不当な逮捕に対し、検察がそのまま起訴してしまう事態が起こりうる。権力の集中を防ぐためにも、本来であれば組織を分けるのが望ましいだろう。


「もちろん《治安維持対策本部(アンチクライム)》の中では組織が別れていて、AIと第三者委員会によって不当な権力を行使していないか監視されている。おかげで腐った組織にはならずに済んでいるよ。警察が違法な捜査をすれば警告を受け、検察が証拠の開示を拒んだ場合にも警告を受ける」

「どこにでもAIが現れるんですね」

「そういう街だ。抵抗あるかもしれないが受け入れてほしい」

「受け入れる?」

「ああ。ここで本題だが、――刑の執行まで君には《治安維持対策本部(アンチクライム)》に加わってもらいたい。警察として街を守る立場に立ってほしい」

「正気……ですか? いや、さっきから組織の情報をベラベラ話しているのも……不自然だと思っていましたが」

「正気だ。もちろん特別な理由がなければ死刑囚の君に頼むわけがないがな」


「なんですか、その特別な理由というのは?」

「スパイチームの《楔》残り六名を捕らえることだ」

「……!?」

「《楔》は我が街のみならず国際的にも脅威となり得る存在だ。前回は複合現実の技術を盗みに来たが、いずれ街そのものを奪うことも十分に想定される。だから対《楔》の特別チームを立ち上げるところだ」

「そのために《楔》をよく知る私を引き入れると?」

「ああ。それに刑の執行はすべての共犯の刑が確定してからが原則だ」

「じゃあ、どうして執行しようとしたんですか!?」

「脅しだ。おかげで君の反省を促せた」

「ふざけないでください。死刑を脅しの道具に使うのは倫理に反しています」

「そのとおりだ。その点は権力の乱用だと思っている。一連の事件が解決したら申告して処罰を受けるつもりでいるよ」


 男はポケットに手を突っ込んで淡々と伝える。


「おそらくフォーゲル氏は街の技術を諦めていないだろうし、《楔》のメンバーも君の奪還を図るだろう。そこが我々にとってのチャンスだ」

「わかりました。協力します」

「意外な反応だ。もっと抵抗されるものかと」

「私に選ぶ権利などありません」


 エルゼの答えはそっけない。


「話が早い。では、さっそく明日から仕事を任せようか」

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