かすむ記憶と光の少女⑤
ピュリステラ・ハーティアが星光の剣を構えるのと同時に、二匹のスネーギーが攻撃態勢に入る。
一匹のスネーギーが体勢を起こし、鎌首をもたげる。互いの視線が、同じ高さでぶつかった。
最初に現れたスネーギーよりひと回り小さいとはいえ、その姿は紛れもなく〝大蛇〟だ。黒く鈍い色を放つ鱗が、街灯の残光を反射し、ぬらりとした存在感を主張している。揺れる鎌首から放たれる威圧感が、肌にまとわりつくように伝わってきた。
「ふふんっ! お腹を見せたねっ!」
だが、ピュリステラ・ハーティアは一歩も引かない。これまで幾度となく侵魔と相対してきた彼女にとって、下級侵魔の放つ圧迫感はすでに慣れたものだった。
「わたしの剣で切り裂いて――!?」
腹部を狙い、地を蹴る。
――だが、その踏み込みは、最初の一歩で止められた。
もう一匹のスネーギーが、相方を庇うように身を滑らせ、硬い鱗を正面に向けて割り込んできたのだ。刃が届くよりも早く、鱗の壁が立ちはだかる。
その一瞬の停滞を、逃す相手ではなかった。ピュリステラ・ハーティアが止まった刹那を狙い、スネーギーはもたげた鎌首を突き出す。
「うわっ!? っと、てやっ!」
鋭く迫る噛みつきを、身を捻ってかわす。同時に、反撃として〝星光の剣〟を横薙ぎに振るった。
だが――
刃は、硬い鱗の表面をかすめるだけだった。確かな手応えはあるものの、肉を断つ感触には程遠い。
「くっ……!」
スネーギーは即座に地を這って後方へと身を引き、するりと相方の陰へ戻っていった。
「お腹を見せてくれない~っ! って!?」
思わず文句が出てくる。
スネーギーが戻った先――そこは、もう一匹の腹部の真下だった。
そして、そのもう一匹は、すでに鎌首を限界まで引き絞っている。そのことに気づいたピュリステラ・ハーティアが声を漏らす。
『シャアアッ!』
空気を切り裂くような噴気音。
「噛みつきは……お断りっ!」
ピュリステラ・ハーティアは〝星光の剣〟を振り下ろし、スネーギーの側頭部に打ち当てる。そのままなでるように力の流れを逸らし、噛みつきを受け流していく。
「っ……!」
腕にかかる力が強さを増す。噛みつきに失敗したことを察知したスネーギーが押しつぶそうと体重をかけてきた。
だが、その力を利用し、ピュリステラ・ハーティアは後方へと跳躍する。軽やかに着地し、二匹との間に距離を取った。
「あのヘビギーたち、お互いのお腹を庇い合ってるよ!」
ピュリステラ・ハーティアは、剣を構えたまま歯噛みするように叫んだ。
二匹のスネーギーは、重なり合うように胴体を寄せていた。絡まらないように、しかし、弱点となる腹部を極力見せないような絶妙な位置取りをしていた。
ぬらりとした胴体が絡むたび、硬質な鱗が擦れ合い、不快な音を立てる。
「そうね……下級侵魔のくせに、やけに連携がうまいわね……」
下級侵魔といえど侮れる相手ではないことを理解し、リーフィラの声に警戒が滲む。
「なんかこの前も同じような話を聞いたよ! 下級侵魔って本能的にしか動かないんじゃなかったっけ!?」
スネーギーたちは威嚇するように鎌首を揺らしつつも、無闇に飛びかかってはこない。二匹で呼吸を合わせ、こちらの動きをじっと窺っている。
「力ずくで叩き切っても、その隙をもう一匹が見逃してくれそうには無いわね。……なんとかうまいこと陽動して腹を狙いましょう!」
「う~っ、わたしのときだけハードモードだよぉ……」
弱音をこぼしながらも、ピュリステラ・ハーティアの視線は鋭さを失っていない。
どう腹部を露出させるか。どちらか一匹を引き離すか。頭の中で選択肢を巡らせる。しかし、事態は目の前以外でも動いていた。
――ぬぅあーっ! なんじゃ、この巨大なヘビは~っ!
――いやぁぁーっ! なんでまたいるのーっ!?
遠くから、切羽詰まった悲鳴が響いた。重なった声の響き方から、少なくとも二人。中年の男性と、若い女性の声だ。
「まさか……ヘビギーに襲われてる人がいるっ!?」
「確認するわ! ちょっと待ってて!」
リーフィラは上空に高く舞い上がり、高所から魔結界内の闇を俯瞰する。
「あっち! 右側よ! 二匹のヘビギーに追われて、どんどん離れていってるわ!」
「分かった!」
ピュリステラ・ハーティアは即座に決断する。
「そっちに向かうよ!……この場の足止めをお願い! 【幻影】!」
叫ぶと同時に、ピュリステラ・ハーティアの身体が淡い桃色の光に包まれる。
一瞬、彼女の姿が揺らぎ――次の瞬間、もう一人のピュリステラ・ハーティアが現れた。
スネーギーたちは動きを止め、戸惑いを見せた。
(幻影に引っかかった! 今のうちに!)
陽動として温めていた手札を迷いなく切り、ピュリステラ・ハーティアは踵を返した。
「こっちで合ってる!? リーフィラ!」
走りながら、上空を見上げて叫ぶ。
「ええ! そのまま真っ直ぐで合ってるわ!」
リーフィラの声が、迷いなく返ってきた。
「わかった! ありがとっ!」
その一言が、ピュリステラ・ハーティアを後押しする。
薄紅の光を両脚に纏わせ、世界が一段階、軽くなる。
――強く、地面を蹴る。
アスファルトが小さく砕け、彼女の身体は光る矢のように闇の中へと射出された。
「見えたっ!――って、松丘もいるじゃん!」
薄紅の光をまとって疾走するピュリステラ・ハーティアの視界の先に、逃げ惑う人影がはっきりと映った。
二匹のスネーギーに追われ、必死に足を動かす人々。悲鳴を上げたと思われる中年の男性と若い女性。その後ろには、さらに数名の姿があり――その中に、見覚えのある背中があった。
「もうすぐ追いつかれてしまうわ! 遠距離攻撃ができるグーミーを呼びましょう!」
リーフィラは急降下すると、焦りを帯びた声で告げる。
「グーミーは……だめっ! あの人たちを巻き込んじゃう!」
ピュリステラ・ハーティアは首を振った。
グーミーが得意とするのは火属性の魔法。威力は高く、範囲攻撃が得意だが、精密な攻撃には向いていない。
「そう、ね。……あなたの言う通りだわ。でも……」
リーフィラは一瞬、言葉に詰まったように口を閉ざした。だが、言われた内容には納得せざるを得ない。ここで選択を誤れば、助けるべき命を失いかねない。
闇の中で、逃げる人々と迫るスネーギーの距離が、刻一刻と縮まっていく。松丘が振り返ってバットを振り、相手を牽制してなんとか時間を稼いでいる。
(だから……今、必要なのは――)
ピュリステラ・ハーティアは、深く息を吸った。
脳裏に浮かぶのは、帰るべき部屋。そして、部屋を彩る小さな仲間たち。
友達であり、家族であり、孤独な夜を支えてくれた存在――〝ぬいぐるみ〟。
(遠くから、精密に――相手の気を引ける子……!)
そしてすぐに思い至る。いつも一緒に過ごしていたのだ。性格も、得意なことも、すべて分かっている。
(この子ならっ……!)
ピュリステラ・ハーティアは、両足を止め、しっかりと地面を踏みしめる。
胸の奥から魔力を掬い上げ、両手に集める。
「来て!」
声に、想いを込める。
「わたしだけの……騎士!」
淡い桃色の光が、彼女の周囲にふわりと広がる。
魔力が脈打ち、空間が震える。想いを込めて、呼びかける。
〝ぬいぐるみ〟に宿る絆を用いて、主とともに戦う騎士としてここに召喚する――。
「【愛包の騎士】!」




