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かすむ記憶と光の少女④

(なんで?……なんで松丘ーーっ!?)


 魔結界に強引に侵入した甲斐あって、侵魔に襲われそうだった男子を間一髪で助けることができた。

 だが、その男子の声に気づいた瞬間、胸の奥がひくりと跳ねた。聞き覚えがあるどころではない。毎日のように耳にしている、嫌でも覚えている声だった。

 振り返ったピュリステラ・ハーティアはその顔を認識した瞬間、完全に固まった。時間が止まったかのように、微動だにしなくなる。


「ちょっとハーティア! なにあなたまで固まっているのよ! しっかりしなさい!」

「だ、だって……だって、松丘がいるんだもんっ! クラスメイトだよ!? 明日、学校で会ったらなんて言えばいいのっ!?」


 まさか、助けた相手がクラスメイトだなんて思ってもいなかった。気恥ずかしさで一気に体温が上がり、背中にじわりと変な汗が滲んでくる。


「変なコスプレ衣装着てたとか、なんか格好つけたポーズ取ってたとか言われたら恥ずかしいってば! もう教室に入れなくなっちゃうよ~っ!」


 声が裏返り、思わず半泣きになる。


「はあっ!? 変なコスプレ衣装とはなによっ! 私がデザインした聖契士の神聖な衣装を、そんな俗っぽいものと一緒にしないでちょうだい!」

「ち、ちがっ……! そ、そういう意味じゃないってば~っ!」


 慌てて言い繕うが、時すでに遅し。どういうわけか、衣装の話にすり替わり、リーフィラの逆鱗に触れてしまったらしい。


「なに!? あっちの男子!? 放っておきなさい! 魔力のない人間が魔結界での出来事なんてそんな正確に覚えておけないわ! それに、あなたには認識阻害があるんだから問題ないでしょう!」

「あ、そっか……!」


 リーフィラに言われてようやく認識阻害のことを思い出した。


「そこの松丘……くん! ここは危ないから、離れていてっ!」


 ピュリステラ・ハーティアは慌てて気を取り直し、背筋を伸ばす。ヒーローとしての仮面を心に被り、必死にそれらしい声を作って指示を出した。


「はっ、はいっ! しかし、なぜ俺の名前を知っているのですかっ!?」

「えっ?……あ、ああっ!?」


 松丘の指摘により、被った仮面はあっさりはがれ落ちた。


「まさか……まさか、俺にも何か特別な力がっ!? 光り輝くあなたの正体は、一体……っ!?」

「あ、いや、それは……え、え~っとぉ……」

(し、しまったーっ! 認識阻害があっても名前呼んだから怪しまれちゃったーっ! このままじゃ、正体がバレちゃうよ~っ!)


 期待と緊張が入り混じった視線をまっすぐに向けられた。ピュリステラ・ハーティアは答えに詰まってしまい、わたわたと手を動かして完全に挙動不審になる。


「そこのバッグにあんたの名前が書いてあるからでしょ!」

「ぬおっ!? これかっ! は、ははっ、そうか……」


 リーフィラの声が、ぴしゃりと割って入った。松丘は慌てて自分のバッグを見下ろし、名前のタグを確認した。


「余計なこと考えてないでさっさとあっち行きなさい!」

「おおっ、済まない、妖精殿! それでは避難させて頂こう!」


 ちょっと落胆した様子を見せた後、松丘は素直にその場を離れていった。


「妖精じゃないわ! 精霊よっ!」


 ぷりぷりと怒って訂正を促すリーフィラであったが、松丘の背中はすでに遠くにあった。

 その様子を見送りながら、ピュリステラ・ハーティアは安心したように肩を落とした。


「あ、危なかった~!」

「まったく! 世話が焼けるわね!」

「ううっ、面目ありましぇん……」


 リーフィラの完璧なフォローに助けられ、なんとか最悪の事態は免れた。

 その代わり――


 ピュリステラ・ハーティアは、しばらくの間、リーフィラに頭が上がらなくなってしまった。





 ピュリステラ・ハーティアは、改めて蹴り飛ばしたヘビ型の侵魔の方へと向き直った。

 先ほどまではわずかに身じろぎしており、起き上がる気配を見せていた。だが今はもう、動きは完全に止まっている。黒い染みのようなものを周囲に散らしながら、その輪郭は徐々に薄れ、まるで現実から溶け落ちていくかのように消えかかっていた。


「あれっ、倒した……? もう終わり?」


 戦闘に備えて気合を入れ直した直後だっただけに、拍子抜けした声が思わず口からこぼれ落ちる。肩に入れていた力が、行き場を失ってふっと抜けていく感覚があった。


「そんなわけないでしょ。ほら、新手が来るわよ!」

「うわっ! ホントだっ!」


 リーフィラの冷静な声に促され、視線を奥へ向ける。

 暗がりの向こうから、ぬるりとした動きで姿を現したのは、先ほどと同じヘビ型の侵魔だった。ただし、今度は二匹。大きさはひと回り小さいが、その分、正確に攻撃を当てる必要がある。


「ハーティアは初めて見る侵魔ね。あの侵魔の名前は――」

「待って!」


 いつもの流れで、リーフィラが名前や特徴を説明しようとした、その瞬間。ピュリステラ・ハーティアは、ぴしっと手のひらを向けて制止をかけた。


「わたしだって何度も侵魔と戦ってきたんだから、もう分かってるよ! いつまでもリーフィラに頼りっぱなしじゃないんだから!」

「そう? ふふっ」


 自信満々に胸を張る。

 ついさっき松丘の件でフォローしてもらって、なんとなくバツが悪い。だからこそ、ここで一度〝格好良いヒーロー〟らしいところを見せて、面目を取り戻したかった。


「そう! あの侵魔の名前は……ずばり!」


 一拍置いて、得意げに指を突き出す。


「ヘビギーだ――」

「スネーギーよ」





 あまりにも即座で、あまりにも淡々とした訂正だった。


「…………」


 一瞬、言葉を失う。

 空気が、ほんの一拍だけ止まった。


「……かっ、覚悟してよねっ! ヘビギーたち――」

「だからスネーギーよ」


 二度目の訂正。しかも声の調子は一切変わらない。


「……なっ、なんでぇ!?」


 思わず振り返り、リーフィラを見上げる。

 指をぷるぷると震わせ、必死の形相で言葉を紡ぐ。


「ヘビじゃん! どう見てもヘビじゃん! だったらヘビギーで合ってるでしょ!」

「ヘビだから英語で〝Snake〟でしょ。なにもおかしくないわ」


 理路整然とした返答に、反論の糸口が見つからない。

 残念なことに、愛奈は英語の成績も芳しくなかった。


「だいたい侵魔って、異世界から来たんだよね! だったらなんで英語なの! おかしいよっ!」

「それは私に言われても困るわ。最初に名付けた人に言ってちょうだい」


 リーフィラは、これ以上取り合う価値はないと判断したのか、軽く肩をすくめるだけだった。

 二匹のスネーギーは、そんなやり取りなど意にも介さない様子で、ずるりと身体をうねらせ、じわじわと距離を詰めてくる。


「も~っ! わっ、わたしが来たからには、あなたたちヘビギーの好きにはさせないんだからねっ!」


 ピュリステラ・ハーティアはスネーギーたちをビシッと指さして宣言する。だが、その声は妙に上擦っており、語尾がほんの少し震えていた。そのため、無理やり言い放ったものであることが簡単にうかがえた。


「あくまでもその呼び方にこだわるのね……ま、好きになさい」


 リーフィラは呆れた顔で、訂正することを諦めた。


「ちなみにあのスネー……ヘビギーは下級の侵魔だけど、見た目通り硬い鱗で覆われているわ」


 リーフィラは途中まで口に出たが、〝ヘビギー〟呼びに合わせあげるように言いなおした。


「あなたなら、鱗ごと切り裂くこともできるでしょうけれど……力を入れる必要がある分、隙ができる可能性があるわ。斬りやすいのは腹部よ。体勢を起こすことが多いから、十分狙えるわ」


 どうやら、今は正しい呼び方にこだわるよりも、実戦的な情報を伝える方が優先だと判断したらしい。


「そっか! ありがとっ、リーフィラ!」


 一瞬、素直に感心した声を上げたピュリステラ・ハーティアだったが――


「……あっ! わっ、わたしも同じこと考えてたよ! ヘビだもんね! お腹の方が柔らかいよねっ!」


 慌てて胸を張り、いかにも〝最初から分かっていました〟と言わんばかりの顔を作る。

 その様子を、リーフィラは半目で見つめた。


「はいはいそうね。あなたは優秀だわ」

「ゆ、優秀っ!?」


 その言葉がピュリステラ・ハーティアの脳内で繰り返し響き渡り、ゆっくりと染み込んでいく。

 そして――


「ふっ、ふふふ……リーフィラも分かってるじゃん!」


 照れと喜びが入り混じった、実に分かりやすい反応だった。


「うわっ、ちょろっ……!」


 思わずリーフィラは本音を漏らしてしまった。

 適当に口先だけで褒めたつもりが、言葉通りに受け取られて照れられてしまった。こんな調子で今後大丈夫か別の意味で心配になってしまう。


「よーっし! わたしの優秀ぶりをリーフィラにも見せてあげるんだから!」


 ピュリステラ・ハーティアの表情がやる気に満ち溢れる。片手を前に突き出し、手のひらを広げて魔力を込める。集められた魔力は魔法となりて光を放つ。


「来てっ!」


 一瞬の光が収まった後、その手にはステッキが握られている。先端に星と翼が形どられた短いステッキ。

 魔結界に強引に侵入するため一度しまったステッキを呼び出した。


「はあああぁぁっ!」


 気合とともに魔力を注ぎ込む。呼応するようにステッキが震え始める。

 星が回り、翼が羽ばたく。桃色の粒子が連続して煌めく。その輝きの中から桜色の光が伸びていく。

 桜色の光はやがて一本の刃となり、確かな存在感をもって固定される。


 〝星光の剣(ステラキャリバー)〟


 この武器を今日、再び握りしめる。


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