お手上げだな
「すごいマナが広がってるなーっと思って来てみれば……まさか、お前があんな風にNPCを助けるなんて思わなかったぞ。でも、うん、すごくいい。あーいうことができるお前は、ゲーマーに向いてるかもしれない」
よくわからない球体や立法体の機械を引き連れたフォースが、黒い尻尾を揺らしつつ、すぐ傍まで歩いてきて言った。
偶然が重なった結果だ。たまたま、切れるカードが手元に揃っていただけ。ついでに、精霊とやらが気に食わなかった。
言おうにも、喉は声を作る力も残っていない。ただ、血の塊を口の端から零すにとどまった。
「とりあえず応急処置だな。ほい」
フォースが倒れている俺に向かって何かを投げた。
首を傾ける程度しか体が動かないこちらは、受け取れる訳もない。
だが、その必要はなかったようだ。
投げつけられたものの正体は、今もフォースの周囲を漂う球体の機械と同じものだった。
人の頭ほどの大きさのそれが、俺の身体に落ちる寸前でひとりでに浮き上がり、軽く変型し、筒が飛び出す。
そして頭上に向かったかと思えば、緑色の光が溢れだし、膜のようなものが張られた。ドーム状の緑光が、倒れている俺を取巻いている。
不思議なことに、それだけで身体に力が戻ってきたような感覚を味わった。
「回復、というやつか」
「ちょっと違う。ま、その中で休めば何とか動ける程度にはなるよ」
すでに、声を出すこともできるようになった。
呟くと、フォースが歩き様に否定しつつ、離れていく。
視線の先には、少しばかりの距離をおいているモンスター。
奇襲からは立ち直ったらしい蜥蜴頭が、無数の目玉を動かして、こちらを見ている。
大木のような巨体は意外に柔軟性に富んでいるのか、圧縮したように曲げられている。手足の代わりに、大地を踏みしめているのは、体から伸びる何本もの蔓だ。見た目に反して膂力は凄まじく、押し付けられた大地には深い亀裂が刻まれていた。
その姿はどこか、獣が敵を威嚇する様に似ている。
今にも襲いかかってきそうに見えるが、来ない。
それなりに知能があるのは間違いない。ダメージから立ち直っても、怒りのままに襲いかかって来ないところからも明らかだ。
不揃いな目玉がねめつけるのは、小柄な黒髪の少女。自分よりも遙かに小さな闖入者を、それでも最大限に警戒している。
相対するフォースは、怪物を前にしているとは思えないのんびりした態度だった。
「んー、植物型の大物だな。リミット、このタイプは戦闘能力が高くない代わりに、辺りにマナの影響を与えるのが早いタイプだよ。地上に出てきたら、優先的かつ迅速に始末するべきモンスターだから、覚えておくように」
まるで勉強会の延長のような口調でそんなことをのたまったかと思えば……指揮者のように腕が振るわれる。
「こんな風に、な――総攻撃」
球体と立方体の機械が、指示に従うように跳ねた。
直後、散らばる機械体たちから、おびただしい量の弾丸による銃撃が展開される。
中空を漂う球体からは、炸裂弾や爆発を伴う高威力攻撃。
地上を進む立方体からは、数に任せた機銃の飽和攻撃。
「おいおい……」
攻撃の苛烈さにも目を瞠ったが、それよりも瞠目すべきは、攻撃対象とされたモンスターだ。
半円上に取り囲まれ、浴びせられる無数の銃撃に対し、応戦している。
巨体から伸びた植物の蔓。人の腕よりも可動域が遥かに広く、長い。
なにより自由自在に動くそれらが、放たれる弾丸たちを防いだり、あまつさえ叩き落としたりしている。
凶声。獣に人の憎しみを植え付けたような吠え越えが響き渡る。
あれだけの攻撃にさらされながら、不気味な目玉の群れは、ただただフォースを睨みつけていた。
「……意外と固いな。植物型にしては強い……。聞いたことない奴だから、称号は持ってないだろうけど……まー、これくらいなら削り倒せるかな」
銃声の合間を縫って、フォースの声が流れて聞こえた。
この化け物はこれで戦闘能力が低いタイプだと言うが……押し止めてこそはいても、押し切れてはいない。
その原因については、俺も思い至ることがある。
「派手なのは結構だが……やっぱり銃だからか」
「聞こえてるぞ、こらぁっ!」
それを口にした途端、フォースが即座に反応し、あまつさえすぐ傍まで駆け戻ってきた。
あれほど絶え間なく響く銃撃音の中で、よく聞こえたものだ。
いやそれよりも、敵を見ていなくていいのか? 自立兵器たちの銃撃こそは続いているが。
人の心配をよそに、フォースは緑のドームの中に座る俺を見下ろして叫んだ。
「うるさいなっ! 好きなんだから、いいだろ! こんなたくさんの銃、外じゃ所有どころか触ることすらできないんだぞ!」
「……ああ、わかったわかったって」
言いたいことは分かる。分かるが、問題はそこじゃないだろ……。
ネックはやはり火力不足な点だ。
派手だが、火力不足。それが、銃を始めとした火器全般の兵器的特徴であった。
見る限り、その点はゲームと言えど変わらないらしい。
あれほどの攻撃の苛烈さに比して、モンスターに通っているダメージは明らかに少なく見える。
人が積み重ねてきた戦争史において、かつて銃火器という兵器は一世を風靡した。と、それは遥か古代の話。
電脳世界で展開される現代戦争においては、派手だが火力の低い兵器という評価を受けている。
ついでに言えば、限られたリソースを奪い合うはずの戦争で、派手にリソースを食い散らかして戦う本末転倒な兵器でもある。
そんなものを戦場に担いでやってくるのは、単に派手好きで目立ちたがり屋な馬鹿か。
――消費するリソースに見合う戦果を生み出す、本物の化け物かのどちらかだけだ。
まぁ、戦場で自らが使うことは想像できないが、見ているだけ分には妙な面白さがある兵器であることは認める。
俺がそんな風に感じる以上に、一定数の根強いファンがいる兵器であることも事実だ……目の前のパートナー殿のようにな。
ただ、リソース上の問題で、銃を規制しているサーバーは多い。フォースの言う通り、余人にはおいそれと扱えない代物なのだ。
だからこそ、ゲームとしてはそこにビジネスチャンスがある。
銃撃戦を命題としたゲームが、人気ジャンルの一つとして確固たる地位を築いているほどだ。
FPSだったか。
銃火器を用いて、自分以外のプレイヤーを全て皆殺しにしたり、あるいはチーム戦で敵対チームを皆殺しにしたり。
そうして勝敗を競うゲームだそうだ。戦争の縮図のようなもので、俺としては実に分かりやすいゲームジャンルだった。
頻繁に大会が開かれていたり、その中でプロゲーマーが活躍していたり。見世物としても一流なゲームジャンルらしい。
それはいいとして。このゲームの銃火器は、よく観察してみると、少し不可思議な点がある。
「少し、威力が高いか?」
かつて戦場で目にした銃火器のそれと比べて、機械群がモンスターに浴びせている銃撃は威力が高いように見える。
その奇妙さは、思い返せばあのメイド女。アイスが扱っていた重火器においてもそうだ。
あれは威力というよりも、弾速が実際のものを上回っていたように思える。
ゲームだとこういう物なんだろうか。あるいは、ただの勘違いか。
「お、気づいたか。よしよし、続けろ。勉強会の成果を今ここに示す時だぞっ」
不機嫌そうな表情から一転。フォースが悪戯っぽく笑う。
そう言うということは、ただの錯覚ではなく、何かしらゲームの要素……それも、このテルオンのシステムに基づいた処理の結果というわけか。
「あれは……」
弾丸を吐き出し続ける機械の群れを見ていて、気が付いた。
ごく僅かだが、奴らが備える銃身から弾丸がばら撒かれる度、緑の粒子がまるで火花のように飛び散っている。
見覚えのある光だ。ここに至るまで、このゲームの世界で似たような光を何度か目にしている。
それは、今目の前にも。
俺を覆っているドームの緑光は、色合いからして同じものに思える。
属性ごとのエーテルは、それに応じた色を持つ、だったか。
緑色のエーテル。回復かと思った俺に、フォースは違うといった。つまり。
「強化の性質。木属性か」
「正解!」
フォースが笑って、褒めるように緑光のドームを手のひらで叩く。
「よしよし、きちんと身になっているみたいだな。この調子なら、いっぱしのゲーマーになれる日も近いぞっ」
そんな物になるつもりは毛頭無いが……まあ、言わぬが花か。
身になっていると言えば、俺が物にした知識に照らし合わせると、目の前で展開されている光景には、可笑しな点がいくつかある。
「木属性による強化は、自身の肉体や所持している兵装に対してしか効果が無いんじゃなかったか?」
有り体に言えば、能力の行使者が触れている物限定、だったはずだ。
そのため、飛び道具を強化して運用するのは難易度が高い、という話を覚えている。
今目の前で繰り広げられている光景。威力を木属性で強化しているところまでは察せられたが、後は別だ。
自律的に動き回って攻撃する機械群が、銃口から緑の光を迸らせる様は、属性が持つ制約を色々と踏み超えているようにしか見えない。
「ふふっ。ふふふっ! そこも気づいたか! 本当に身になってるな。おねーさんは嬉しいぞ」
誰がおねーさんだ。そういう台詞はもう少しスタイル豊かになってから――
「どーした、リミット? 何か言いたそうだナ?」
「なんでもない」
俺は口を噤んだ……緑のドーム越しに、黒い筒がこちらを覗き込んでいる。
笑顔で拳銃を構えるフォースからは、俺の台詞如何によって、ためらいなく引き金が引かれる空気を感じた。
無礼なことを考えていたのがバレたようだ。なんでバレた。というか、このゲームにログインしてから、何かと銃口を突き付ける機会に恵まれ過ぎている。
銃器を扱う奴が、こういう奴ばかりということなのかもしれない。よほど撃ちたいという渇望の表れか。撃ってこその兵器なので、ある意味正しい使い方と言えなくもないが。
呆れたように銃を腰のホルスターに収めつつ、フォースが尋ねてくる。
「ったく……それで、リミット。あれの仕組みについては、分からないか?」
「お手上げだな」
肩をすくめた。
地表や上空を動き回っては、モンスターに攻撃を続ける機械群を眺めていても、やはりどういう理屈で強化が成立しているのか分からない。
未だ俺を強化の光で包んでいるこの球体機械も、同じ原理だとは思うが、近くで見たところ何が分かるわけでもない。
わかったことと言えば。
モンスターが弾丸の雨の中、その巨体をちょっとずつ前に推し進めているということだけだ。
威力が強化されているのだとしても、銃撃の効果は、やはり見た目ほどに高くない。
いつまでも呑気にクイズをやっていられはしないだろう。
「それより、フォース。ネームドの動きが」
「お手上げか! やっぱりまだまだだな。仕方ないから、テルオンのクローズド時代から活動している古参プレイヤーのあたしが! 直々に指導してやろうっ」
俺の台詞を遮って、フォースが偉そうに腰に両手をあてて胸を張る。
クローズド。オンラインゲームにおける、正式なサービス前に設けられるテスト期間のことを多くはそう呼ぶ。
選定され、限られたプレイヤーだけがゲームをプレイできる期間だ。
クローズドプレイヤーだったのか……さすがにゲームが趣味だと自他ともに認めるだけあるな。
そして、ゲームにログインする前の事前調査で膨大な資料を送ってきたのも、勉強会で多大な知識を詰め込んできたのも、このパートナー殿だ。
何かにつけて教えたがりな様子を見せるフォースは、本当に俺をゲーマーとやらに仕立て上げようとしているのかもしれない。
仕事をする上で、ゲームの必要な情報を教えてもらえるのは助かると言えば助かるが。
しかし今は、そんなことより、だ。
「教えを乞えるのはありがたいが、それどころじゃないようだぞ」
「えっ」
フォースが間の抜けた声を漏らした直後。一際大きな、モンスターの咆哮が届く。
モンスター自身が大きくとっていた彼我の距離は、いつの間にかそれなりに縮まっていた。
機械群の攻撃は弾切れという概念を持たないかのように続いていたが、それでもモンスターの進行は止まっていない。
ついには、射程距離に入ったのだろう。
苛烈な攻撃に晒されながらも、一時進行を止めたモンスターの巨体が震えるのが見えた。
防御に回って弾丸を防いでいる蔦とは、更に別の蔦が、モンスターの体から伸びる。
他の蔦に比べて一際太く長い。それが、この距離でも聞こえるほどの風切り音を伴い、大きく周囲を薙いだ。
巻き込まれた機械群が一瞬でスクラップになる。約半数ってところか。
半壊した球体機械が一つ、ここまで転がってきた。
「うあ、あ。マジか……」
壊れた球体機械は、すぐに金色の粒子となって消えていった。それを目の前にしたフォースが愕然としている。
モンスターは再び動き出している。数を減らされた機械群では、もはや牽制にすらなっていない。
唸りを上げて蔦が振るわれる度に、金色の粒子が舞い踊り、銃撃の数が減っていく。
「お手上げか?」
「……悪い。ちょっと舐めてた」
声をかけると、小さな呟きが返ってきた。逃げる用意をしたほうが良さそうだな。
もとより、あれは一人二人で倒せるような類の化け物じゃなかったってことだ。
そう思って立ち上がろうとしたところ。緑のドーム越しに、小柄な背中が映る。
「フォース?」
「こっから少し真面目に戦いに入る。悪いけど、それ、ちょっと外すぞ」
言うが早いか、俺を覆っていた強化の緑光が消え失せた。
途端に体が重くなったように感じる。
身体強化による底上げは、傷の治りを早くしたり、マナの侵食もある程度防ぐ効果があるらしい。
それが外されたことで、頭痛が再発し、同時に体の各所に痛みが戻ってくる。
強化が効いていたいた最中に、多少の傷は治ったようで、少しはマシになっているが。
「あー……ちょっとだけ耐えてくれ――すぐに終わらせる」
「できるのか?」
気遣わしげにこちらを振り返ったフォースに尋ねる。
対して、悪戯っぽい笑みに変わった表情が口を開いた。
「答え合わせだよ、リミット。そもそも、この機械って何だと思う?」
一機。先ほどまで緑光の強化ドームを作っていた球体型の機体が、フォースの元へ飛んでいき、その手の平の上に収まった。
人の頭ほどの大きさで自立行動し、主に銃撃を以て自動攻撃を行う機械。
ゲームを始めたばかりの俺には縁も無いようなゲームアイテムか何かじゃないのか。
「今から諸々の答えを見せてやる。ちょうど、いいタイミングだ」
その時、大量の金色粒子が流れてきた。
ネームドが、残っていた機械群を一掃したらしい。高らかに、まるで勝利を謳うように響き渡る、甲高く不快な吠え声。
思わず顔をしかめたくなる俺とは違って、フォースはむしろ楽し気で――しかしふと、その表情が真面目な物に変わる。
「そうだ、リミット……これはゲーマーじゃなく仕事仲間として言わせてもらうけど、このゲームはただのゲームじゃない。その辺りはもう、実感したか?」
「……ああ、そうだな」
屠るべき敵としてこちらを見定め、迫り来るモンスターを見やる。
俺が頷き返すと、フォースは楽し気な表情に立ち返って笑う。
「だったら、良しっ。言いたいことは一つだけ。このゲームを舐めるな。それで以て、いずれはお前もこれくらいは出来るようになってもらわなきゃいけねーんだからな。よーく、見とけ」
フォースが、一機だけ手元に残っていた球体型の機体を両手で捧げるような恰好をとった。
機体はすぐに、金色の光の粒へと変わり、辺りを漂う同じ光に混じっていく。
気が付いた。
光が、消えない。金色の光は、渦を巻くようにフォースの周囲を漂っている。
思い出した。金色のエーテル。製造の性質を持つ金属性。
思い出すと同時に、フォースが操っているらしい金属性の光が変化する。
寄り集まって形を成し、遂には色すら変わっていく。
そうして、鋼色の六面体が生まれ出でる。球体や立方体だった機体よりも、攻撃意志が高いように感じる形だ。
「自身の属性を突き詰めて、あたし自身が設計した、あたしだけの能力だ。属性特化能力。このゲームの醍醐味の一つだよ。リミット、お前もこの位はやれるようになってもらうからな」
「金属性の能力で作り出したのか……俺は金属性だとは限らないんだが」
俺の種族、機人は闇属性だからな。俺自身の得意属性は、邪魔が入ったせいで未だ分かっていない。
あとは、弾丸をばら撒く機械というのも趣味じゃない……とは言わないでおく。
「違うって。同じことする必要なんてない。言っただろ、自分だけの能力だって。自分の使える属性から、組み立てて自由に能力を作るんだよ。あ、でも言っとくけど、この段階まで出来るプレイヤーってまだまだ少ないんだからなっ」
そういうことか。自分だけの能力、ね。
そういった創造性を求められるような分野は、正直なところあまり得意じゃない。
戦場で振るう武器に拘るようなものだろう。あいにく俺はその辺りのことを悩んだ経験がない。
鋼色の六面体の数は、すぐに揃った。
フォースが両手から金色のエーテルをあふれ出させ、それが瞬く間に六面体へと変じ、宙を漂う。
気が付けば、ネームドがその動きを鈍くしている姿が目に映った。
こちらへの進行は限りなく鈍く、無数の目玉が忙しなく、数を増す六面体の姿を追っている。
気おされている? 無理もないかもしれない。
ようやく機械群を全滅させたかと思えば、すぐに数を揃えて復帰――それも、より攻撃に特化したような形で、だ。
そんなモンスターの様子を眺めながら、フォースが満足げに宣言する。
「さ、準備は整ったぞ。さっきのように行くと思うなよ。この形は、あたしが作るマシーンの中でも、一番の攻撃型だからな」
得意げな表情が、今度は俺の方へと向いた。
「あたしの属性特化能力は、工人の金属性をベースに、得意属性の木属性を組み合わせてる。見ての通り、タイプの違う機械兵器を作る能力だ。加えて、自分が能力で作った機械たちには、木属性による強化がほぼ自動的に働く。これが答えだ」
なるほど。自由に作る能力は、属性が持つその辺りの制限を踏み倒すことが出来るみたいだな。
これは、重要な情報だろう。
頷く俺に、しかしフォースが注意事項のように付け足した。
「とは言え、なんでもかんでも自由に出来るわけじゃないぞ。あっちを立てればこっちが立たずとは良く言ったものでな……能力作るのにも制限とかルールとかいろいろあるんだよ。あたしの能力にも当然あるし……まぁ、その辺りを考えて調整するのも楽しいんだけどなっ」
実に楽しそうで結構なことだ。ゲーム好きの名に恥じないようで何より。
「それじゃ、リミットの治療もあるし、ここらでお開きにしようか」
改めて、巨大なモンスターへと向き直ったフォースが、軽々と口にする。
指揮者のように腕が振るわれ、機械群が動き出すところは、球体と立方体を従えていた時と同じ。
二種類から、六面体の一種類のみに統一された機械の群れ。
だが、その攻撃力は――まるで別次元だった。
例によって変形し、機銃を掃射し始める六面体。
その弾丸一発一発が、ネームドの巨体を容赦なく削っている。
迸る木属性の緑光も、心なしか勢いがあるように見える。
勢いを増した弾幕は、こちらに近づくことも、ましてや逃げることも許さなかった。遂にはモンスターの巨体が地に伏せるのに、数分とかかっていない。
悲鳴すら響かない。あげていたとしても、轟音に等しい機銃の咆哮にかき消され、まるで聞こえなかったことだろう。
あっけない。
相対して死すらも連想した相手が、あっという間に煙を上げるだけの肉塊になる様は、なんだか虚無感のようなものを感じさせた。
その感覚諸共吹き散らすように、穴だらけの巨体が、灰色の塵となって消えていく。
それをバックに、少女の姿をしたプレイヤーが喝采を上げた。
「完全勝利っ! 言っとくけど、こんな大物を単身で倒せるプレイヤーって限られてるんだからな」
妙なポーズを決めつつ、機械群を引き連れたフォースが、かつてないほどに得意げな顔で笑う。
そうか。このパートナー殿はやはり、ゲーム内においても上から数えたほうが早い強者なのか。
それでなくても……サイバーポリスだしな。もちろん、外の力は使えないだろうし、ゲームを心の底から楽しんでいる様子からは、まったくそうは見えないが。
「とりあえず大物は倒したけど、この辺りの始末は後だ。まだ戦いも終わってないだろうしな」
「他所は今、どうなっているんだろうな」
大物はこうして出会い、始末するに至ったが、蔓延っていると言われた雑魚はその姿をほとんど見ていない。
「ここに来る途中で見かけた雑魚は軒並み散らしたけど、あとは前線の方に集中してるみたいだな。途中でうろついてたプレイヤーに会って聞いたぞ。そういえば、前線の方にも実体化した奴がいるらしいってな」
思わずため息をつきかけた。なんて嫌な情報だ。
この類の化け物が、もう一体いるっていうのか。そもそも、フォースがここに居て他所の戦線は成り立っているのか。
「んな顔する必要ねーよ。実体化って言っても、聞いた限りじゃ成りたてっぽかったし。たぶん、こっちの大物に引きずられて生まれたばかりの奴だろ。なんでも逃げ隠れするのが上手い感じのヤツらしくて、そのプレイヤーもソイツのこと探してる最中に会ったんだ。戦いっていうより、かくれんぼやってるみたいだったな」
「……そうか」
そういう手合いこそ、戦場で一番恐ろしい敵になりうると思うのは俺だけだろうか。
戦場において逃げ隠れすることが上手いというのは、この上ない才覚だ。
が、フォースは特に気を払った様子もない。
「とにかくあっちの司令部に行くか。マナ障害を治療できるプレイヤーもいるはずだから、今から行けばお前も間に合う」
「ああ」
フォースが歩き出し、六面体の機体がそれに続いていく。
内一体が球体に変形し、緑光を漏らしながら俺の方へと近づいてきた。マナに対する処置として、また強化を施してくれるらしい。
――その向こう、歪んだ街並みの一角で、何かが光を放ったように見えた。
フォース。声は遅かった。
俺が気づいて、声を出そうと考えた直後に、フォースが気が付いた様子を見せた。
俺が声を出すよりも早くに、フォースと、機械群が動いていた。
俺は、どこまでも遅かった。
伏兵。奇襲。言葉が脳裏を過る。雑魚ではないモンスターには、知性が見える。
それをよく知ったばかりだ。奴らは戦術を執るし、戦略を練る。ここが戦場ならば、そう考えて然るべきだというのに。
敵が図り、仕掛けてきたタイミングは完璧だった。
それに反応したフォースも、さすがは古参だと胸を張るプレイヤーだった。
光る物が、恐ろしい速度で飛来する。
凶器だ。かろうじてそう認識できる何か。
しっかりとフォースを狙って放たれたそれに対し、六面体が幾つも固まって、ブロックに入る。
……そのブロックがまとめて貫かれ、飛来物はフォースに直撃した。
少女が被っていた、頭巾のような防具が弾けて、宙を舞う。
「っ」
飛来した何かが生んだ風圧に押され、俺は声を飲み込みつつ、地を転がる。
そのまま手を地面について体を更に転がし、吹き飛んだ小柄な体へと追いついた。
「フォース」
「……ん、あ……あ」
抱き上げる。腹部に大きな裂傷。口の端から血を零しているが、生きている。
生きてはいるが、意識は失っている。宙に浮いていた機械群が、軒並み金色の粒子に変わって消え失せた。
フォースの意識が途切れると、さすがに持続はされないものだったらしい。
「これは」
フォースの傷の具合を確認しながら、彼女を傷つけた凶器の正体を知る。
弧を描いた特徴的な刃に、用途に投擲を意識した造りとなっている長めの柄。
フランシスカ、と呼ばれる種類の斧だ。
見覚えがある。俺がフォースの倉庫から拝借し、能力行使の代償として、街角に放置するに至った斧だ。
投擲に適した武器ではあるが、あの速度と威力は、並みの人間……プレイヤーの手によるものとは思えない。
「嫌な予想通り、だな」
下手人は、厄介な敵は既に排除できたものと判断したのだろう。
あとに残るのは、餌のみ、だと。
フォースと強敵の戦いによって更に荒れ果てた屋敷の跡地に響く、新たな足音。
あっさりと姿を見せ、屋敷の残骸を踏み砕きながら、大柄な体が歩み進んでくる。
二足歩行でこそあるが、明らかに人間種でも妖精種でもない。
赤く、長い毛並みに覆われた体は、見上げるほどにデカい。あの植物型と称された怪物ほどではないが、常人の二倍は下らない背丈だ。加えて、人の胴体ほどの太さはあろう腕が、四本。
舌なめずりする獣の顔は、長い鼻と裂けた口を持ち、狼と獅子を掛け合わせたようなもの。
そこに蠢く四つの瞳が、目前の餌……俺とフォースを捉えていた。