第9話 里帰り
僕はシドに詰められていた。
「おい!お前とティナが特別な関係だってのも知ってる。ティナが魔族だってことも、親父さんが魔王だってことも知ってるけどよ。本物を連れてくるんじゃねぇよ!」
「いや……僕が連れてきたわけじゃないんだけど……」
「ティナを連れて帰ってきたときも、その半年後に結婚して、その相手が魔王の娘だったって聞かされたときもだが!」
シドは大きなため息をついた。
「今まで大抵のことは飲み込んできたがよ。今回ばっかりは度が過ぎてるぜ。……まぁ、お前のせいじゃないんだろうけどな」
「……ごめん」
シドに結婚の報告をしたときもこんな感じだったな。
ティナが魔王の娘だったって打ち明けたときも、ものすごく怒っていた。
だけど、最終的には認めてくれたんだったよな。
僕だってティナとの結婚式のとき、あんなことになるとは思ってなかったんだよね——
一年くらい前……
「あのね、ライル……」
珍しくティナが言いにくそうにモジモジしていた。
「どうしたの?」
「えっとね……私たち結婚することにしたじゃない」
「うん、すごくうれしいよ」
「そうじゃなくて!お父様が呼んでるの!ライルを連れて戻ってこいって」
ティナが魔族だっていうことは聞いていたけど、そういえばお父さんってどういう人なんだろう。
でも、結婚の挨拶はしておかなきゃだよね。
「うん、わかった!じゃあ、いつ行こうか」
「今……かな」
「え?」
「もう迎えがきてるのよ……本当にお父様って!」
——さすがに心の準備ができていないよ……
ティナの故郷まで、きっと長い道のりになるだろう。
色々と準備しないと。
「とりあえず、一時間だけ待ってもらえるかな……」
「そうね。準備しないとだもんね。あ、そうだ!みんなにお土産買っていかなくちゃ!」
「え……?うん……そうだね」
確かに手土産は必要だね。
とりあえず、少しは時間が稼げたみたいだ。
シドにも出かけること伝えておかないと。
シドを探したが、あいにく出かけているみたいだった。
あまり時間がない……僕は冒険者ギルドにシドへの手紙を預けることにした。
どのくらいの行程になるんだろう。
ちゃんと訊いておけばよかった。
僕は一ヶ月分の食料や物資を急いで買い集めて宿に戻った。
ティナも、すでにお土産を買って戻ってきていた。
「あんた、その荷物どうしたの?」
「どうしたのって……これからティナのお父さんのところに行くんだよね?」
「……あ、ごめん。言ってなかったわね。……まぁいいわ!行きましょう!」
——説明するの面倒になったんだよね?
ティナに連れられて、街の外にある森に着いた。
そこには、一人の老婆がちょこんと切り株に座っていた。
「おばば、おまたせ!」
よっこらしょっという感じで、おばばと言われた老婆は立ち上がった。
立ち上がってもさっきとあまり背が変わらなかった。
「はじめまして。ライルと申します」
「こちらが姫様の彼氏かね!ひっひっひ……いい男じゃの。ところでその大荷物はどうしたのじゃ?」
「……」
ティナは聞こえないふりをしていた。
——姫?魔族でも貴族とかいるのかな。ティナは貴族の娘さんかなにかなのかな。
「それじゃ行きますぞ。お二人ともこの魔法陣の中に入ってくだされ」
老婆の足元には、魔法陣が描かれていた。
ティナが魔法陣の中に入る。
「なにしてるのよ!はやくしなさいよ!」
戸惑っていた僕の腕をつかんで魔法陣の中へ引きこんだ。
老婆は、全員が中に入ったのを確認して短く呪文を唱えた。
その瞬間、視界がゆがんだと思ったら、目の前が真っ暗になった。
思わず目をつぶってしまった。
そして、目を開けたときには、まったく見たことのない景色が広がっていた。
「ようこそ!エルデンハイムへ!」
ティナが誇らしげに言った。
「エルデンハイム?」
聞いたことのない名前だった。
「ひっひっひ。知らないのも無理はないですじゃ。ここは隔絶された地。人間の世界からは到底たどり着けぬゆえ」
「そうなのですか。ちなみに、ここはどのあたりにあるのですか?」
「……あんだって?」
聞こえなかったのだろうか。
僕は少し大きな声で言ってみた。
「ここは、どのあたりにあるんですか?」
「……あんだって?」
だめだ……
「一瞬で移動できるなんて、すごいですね……ありがとうございます」
「うむ。気にするでないぞ」
聞こえてるよね……
しばらくすると、迎えがきた。
騎士のような人たちが三人、執事風の人が一人。
騎士のうち一人は見上げるほどの巨体だった。
ギルドマスターと比べても頭ひとつどころか、二つ分は大きい。
「姫様!よく戻られました!」
大男がそう言うと、ほかの騎士は直立不動の姿勢を取った。
「ガレン、ありがと。出迎えなんていらないのに」
「そうはいきません。しかも今回は大事な客人を連れて帰るとのこと。粗相があっては陛下に叱られてしまいます」
執事風の人はそう言うと、うやうやしく礼をした。
——陛下?陛下って王様とかのことだよね?
「して、こちらが……」
「はじめまして!ライルと申します!」
僕は慌てて自己紹介をした。
騎士の一人が僕の大荷物をじっと見つめていた。
「えっと……いります?」
僕は、荷物の中からさっき買ったばかりの食料を取り出した。
「我々にも土産を持ってきていただけるとは!心配り、感服いたしますぞ!」
ガレンと呼ばれた大男が嬉しそうに声をあげた。
「それにしても、姫様がご結婚とは。感無量ですぞ……」
ガレンさんは今度は泣きそうな顔をしていた。
「幼少のころより、守り役としてお仕えしておりますが……あのお転婆な姫様が、婿殿を連れて帰ってこられるとは……もう思い残すことはありませぬ」
「ちょっと!やめてよ!大げさなんだから……なんであんたも頷いてるのよ!」
なぜか、僕もうんうんと頷いてしまっていた。
「では、参りましょう。お荷物は、私がお持ちします」
執事風の人はそう言うと、僕の荷物をひょいっと持ち上げた。
僕は周りを見渡してみた。
道は綺麗に舗装されていて、等間隔で街灯が設けられていた。
街灯自体は、リンドルの街の貴族街でも見たことはある。
たしか、火をつけたろうそくを入れていた。
だけど、ここの街灯は火が入っている様子がない。
それなのに、ものすごく明るかった。
「ねぇ、ティナ。あの街灯、なんでろうそくが入っていないのに光っているの?」
「ん?あれは魔法の力で光っているのよ」
「そうなんだ……」
家の前にいる人にふと目がいった。
桶を持った人が、金属の筒の前で何かをしていた。
その筒の上に手をかざした瞬間、筒から勢いよく水が出てきた。
その様子を食い入るように見ていた僕にティナが教えてくれた。
「あれは、水道っていうのよ。大抵、どこの家にもあるのよ」
ティナはちょっと誇らしそうだった。
この街の技術力は僕たちの世界とは比べ物にならなかった。
そして、この街には様々な人が住んでいるようだった。
ガレンさんたちみたいな魔族の人や、獣人、ドワーフのような人……
僕たちが住んでいる聖王国アウレリアは人間至上主義のため、街ではほとんど他種族の人を見ることはない。
見たとしても、獣人の奴隷などだ。
この国では、僕のような人間が歩いていても、奇異の目を向けてくる人はいなかった。
「色々な人がいるんですね」
僕はガレンさんに声を掛けた。
「昔、とある国が滅んだときに保護した者や、その子孫などがおりますので」
「そうだったんですか」
でも、彼らの表情はとても明るかった。
「姫様!おかえりなさい!」
「わぁ!姫様だ~」
ティナは街のみんなから慕われているようだった。
「ティナは人気者なんだね」
「ふふん」
「みな姫様のいたずらの被害者ですな!わはは!」
得意そうなティナを横目に、ガレンさんが豪快に笑っていた。
「なによ!あれは子供の頃なんだからしょうがないでしょ!」
ティナが顔を赤くして抗議していた。
とてもいい街だ。
僕はあたりを見回して、遠くにある大きな城を見つけた。
「ねぇ、ティナ。あの大きなお城は?」
「私の家よ」
「は?」
「え?」
僕は絶句して、ティナはきょとんとしていた。
実際に城の前まで来てみると、その大きさと荘厳さに圧倒されてしまった。
王都の城を見たことはあるが、比べ物にならなかった。
「ねぇ……ティナ」
「なに?」
「本当にここに入るの?」
「あたりまえでしょ。何言ってるのよ」
——僕はとんでもなく場違いなところに来てしまったのではないだろうか。
城に入ると応接室に通された。
こういう応接室って装飾品でギラギラしているイメージがあったんだけど、そんなことはなかった。
かといって質素とか、地味とかそういう感じでもなかった。
「まもなく陛下が謁見されます。謁見の間にご案内しますので、しばらくはこちらでおくつろぎくださいませ」
案内してくれた執事風の人がそう言って、部屋を出ていった。
名前はオットーというそうだ。
——陛下で、謁見の間。……帰りたくなってきた。
しばらくしてオットーさんが迎えに来た。
重い足取りでついていくと、明らかにほかとは異なる扉の前で立ち止まった。
衛兵だろうか。
屈強そうな兵士が扉の左右を固めていた。
そして重い音を立てて扉が開いた。
怖くてまっすぐ前を向けなかった。
僕はうつむいたままだったが、ティナが手を握ってくれた。
ティナに導かれるまま、王座の前に進んでひざまずいた。
ティナも軽くお辞儀をしていた。
「面をあげよ」
腹の底まで響くような声だった。
僕は言われるがまま顔を上げた。
「ティナよ、よく戻ってきた」
ティナは軽く会釈をして返した。
「そして、そのほう。よくぞ来た」
射貫くような視線に、僕はただただ震えていた。
「儂がヴァルドリック・ヴェル・グレイヴァルト。この国の国王であり魔王と呼ばれておる……」




