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嫁が魔王の娘だった件 〜Dランク盾使いの僕ですが、ツンデレで世界最強の妻を一生守り抜くと決めました〜  作者: 神無月 奏
第一部 辺境編

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第8話 魔王が現れた

僕は朝から憂鬱だった。

食事も喉を通らない。


「どうしたの?」


ティナが心配そうに顔を覗き込んだ。

憂鬱の原因は、ある知らせだった。

昨日の夜、ティナのところに一匹の使い魔が飛んできた。

魔法で作られて、召喚者の声を届けることができるらしい。


「儂だ。明日そちらに行く」


短い言葉だった。

それを数回繰り返すと使い魔は消滅した。

問題は、その声の主だ……


「えっと……ティナ。これはお義父さんの声だよね……?」


「そうよ」


「明日来るって言っているけど……」


「そうみたいね。まったくお父様はいつも急なんだから」


——急とかそういう問題ではない気がする。

そして、眠れないまま朝を迎えて今に至っていた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。一度会っているじゃない」


「いやいや、そういう問題じゃないよ!」


「とりあえず朝ごはんを食べたら迎えに行かないとね。もう近くまで来ているみたいよ」


「え……もう来てるの?」


僕は朝食を無理やり口に詰め込んだ。

当然、味なんてわからなかった。


急いで街の入り口へ行くと、旅人のような恰好をした人が立っていた。

所々ほつれた、フード付きの外套を着ていた。


「お父様。早すぎ!というか、オーラが溢れすぎて全然変装できてないわよ……」


「ふむ……どうりで、先ほどからすれ違う人間が避けていくのだな」


確かに、周りにはまったくと言っていいほど人がいなかった。

——そりゃあ、僕でもこの威圧感が分かるんだから、みんな近づかないよね。


「……どれ、こんな感じか?」


「まぁ、さっきよりはましになったんじゃないかしら」


見た目は四十過ぎのおじさんだった。

魔法で外見を変えているのだろう。

だけど……間違いなく、現魔王ヴァルドリックその人だった。


「ご、ご無沙汰しております」


「うむ、久しいな。息災であったか?」


「お父様。普通の人はそんな話し方しないわよ」


「……」


急に考え込んでしまった。

何かを思い出そうとしているようだった。


「……久しぶりだな!元気だったか?」


——言い直さなくても……しかも、なんかぎこちない。

とにかく、早く宿に連れて行こう……


「なかなか栄えている街ではないか」


「そうでしょ!いろいろなお店もあるのよ!」


「ほう。それは楽しみだ」


……あれ、もしかして街を見て回るつもりなの?

しかも、ティナはもう話し方の指摘は諦めたみたいだし……


「見事な品だな」


アクセサリーを売っている露店で足を止めた。

首飾りを手に取って眺めていた。

なぜか店主は落ち着かない様子だった。


「ほんと、綺麗ね!」


ティナは、お義父さんが手に取っていた首飾りを横から覗き込んだ。

その様子を見た露店の店主が、ティナに気づいて声を掛けた。


「……ティナちゃん。こちらはお知り合いかい?」


「うん。私のお父さんよ」


「そうだったのかい。いやぁ~どこかの高貴なお貴族様かと思って冷や冷やしたよ」


「……そんなわけないじゃない。普通のおじさんよ」


——どう見たって普通じゃないもんね。


「お父さん、お目が高いね。これは先日仕入れたばかりの一点物でしてね!絶対お嬢さんにお似合いだと思いますよ!」


商売がうまい……


「そうか!ではこれをもらおうか」


そう言って革袋から金貨を鷲掴みにして店主に渡した。


「……!」


僕も店主も一瞬、言葉を失ってしまった。


「いやいや!その首飾りは銀貨五枚ですよ!いくらなんでも多すぎますよ!!」


「ふむ……そうなのか。それは失礼した」


そして、受け取った首飾りをティナに手渡した。


「お父様。ありがとう!」


「せっかくだ。着けて見せてくれんか」


「もちろん!ライル、着けて!」


僕は首飾りを受け取ってティナに着けてあげた。

なんかお義父さんの視線が怖い。


「どうかな?」


「うむ!よいではないか。似合っておるぞ」


——ただの親バカだった……


その後も色々なお店に寄って、ティナが気に入ったものを買ってあげていた。


「む……これはうまそうだな」


「でしょ!これ私大好きなの!」


いつもの串焼き屋だった。

ティナの好物と聞いて、お義父さんが三十本頼んでいた。

もちろん、ティナは目を輝かせていた。


「うまいではないか!」


「そうなの!何本でもいけるわよね!」


あっという間に三十本を平らげてしまった。

僕も二本貰うことができた。

お義父さんから一本、ティナから一本だ。


「ティナの好物か……では、あの人間を連れて帰るとしよう。少々交渉してくるので、ここで待て」


「ちょっと!だめよ!そんなことしたら、この街で串焼きが食べられなくなるじゃない!」


「む……それもそうだな。すまん、すまん」


——いや、そういう問題じゃないと思う……

なんだか、胃が痛くなってきた。


「ライル、どうしたの?顔色悪いわよ」


「いかんな……婿殿、大丈夫か?」


——二人のせいだよ……


なんとか宿に戻ってくることができた。

ティナが宿の女将さんにお義父さんを紹介していた。


「父のヴァルと申す。娘がいつも世話になっておる」


「あら!ティナちゃんのお父さんかい!いやだよ~。こちらこそいつもお世話になってるのよ~」


そう言って、女将さんはお義父さんの背中をバンバン叩いていた。

——ちょっと女将さん!その人、魔王だよ!

僕の心配をよそに、お義父さんはまったく気にしていない様子だった。


やっとのことで、宿の二階にある僕たちの部屋へと帰ってきた。

お義父さんに席を勧めて、ティナがお茶を入れてくれた。


「さて、儂は婿殿と少し話がある」


「えっと……ティナもですよね?」


「ティナは向こうの部屋で待っておれ」


お義父さんと二人きり……


「ちょっとお父様、ライルに変なことしないでよね」


「わかっておる。少し話があるだけだ」


ティナはしぶしぶ隣の部屋へ行き、ぱたんとドアを閉めた。

……いかないで。


「婿殿とこうして話すのはいつ以来かの」


「一年くらい前かと……」


「そう緊張するでない」


そう言われても、緊張しないほうがおかしいと思う。


「ティナはどうだ?うまくやっておるのか?」


「はい。仲良くさせていただいています……」


「報告では死にかけたこともあったとかなかったとか」


——ワイバーンのときのことかな……誰から聞いたんだろう。


「は、はい……」


「よもや、あのときの約束を忘れたわけではあるまいな……」


お義父さんの目が、すうっと細められた。


「もちろんです!絶対にあの約束は守ります!」


僕はお義父さんの目を正面から見て、はっきりと答えた。


「もし約束をたがえるようなことがあれば、この世界ごと滅ぼすので覚悟せい!」


先ほどまで抑えていたオーラが、ぶわっと大きくなるのを感じた。

——そのとき。


バァン!とティナが勢いよくドアを蹴り開けて入ってきた。


「お父様!なんでライルを脅しているのよ!お母様に報告するからね!!」


お義父さんの顔色が急に変わった。


「ま、待て。お母さんには言ってはいかん!せ、世界の危機になるぞ……」


「お父様の危機なだけでしょ。お父様がライルに酷いことをしたら言うようにって、お母様に言われているんだからね!」


「わかった!もう言わん!」


——お義父さんが恐れるって、お義母さんって……

僕は背筋が寒くなった。


「ごほん……ちょうどティナもいることだし、もう一つの用件を済ませてしまおうか」


「まだなにかあったの?」


ティナが怪訝な顔をしていた。


「二人とも、魔物の大発生に遭遇しているであろう」


「うん。よく知っているわね」


「まぁ、いろいろと目があるのでな……」


ずいぶんと含んだ言い方だった。


「昔、魔物に滅ぼされた国があるのは知っておるか?」


「名前だけなら聞いたことがあるわ……」


「シルウェニアという国だ……」


……北の村でスコットさんに聞いた名前だ。


「ずいぶんと栄えた国だったが、ひと月で滅んでしまった……」


「国がひと月で……ですか?」


「うむ。似ておるのだよ。あのときも魔物の大量発生が続いておってな。それが徐々に増えていき、一気に溢れたのだ」


お義父さんはそこで一度言葉を止めて僕たちを見据えた。


「最近、こちら側では不穏な動きがあるようだ。くれぐれも注意するのだぞ」


「はい」


「わかったわ」


「うむ。では、今日はここに泊まっていくとするかの」


「……え?」


それからは、父娘で買い物をしたり、食事をしたりして楽しんでいた。

もちろん、僕も連れていかれた。


——翌日、お義父さんが僕たちの仲間にも会っておきたいと言うので、いつもの店に集まってもらうことにした。


「急に呼び出して、何かあったか?」


「みなさん、おはようございます~」


みんな揃ったところで、お義父さんに仲間を紹介し、ティナがお義父さんを紹介した。


「私の父よ」


——それだけ!?

ただ、その一言でも、シドには十分に伝わったみたいだった。

みるみる顔が青ざめていった。


「ちょっと待て……ティナの親父さんなんだよな……てことは……」


「うむ。娘がいつも世話になっておる」


「わぁ~ティナさんのお父さんですか。ティナさんに似ていて、すごくかっこいいです~」


「に、似ておるか!?そうか!クレア殿だったな。そなた、見る目があるな!」


お義父さんが嬉しそうだった。


「えへへ」


クレアも嬉しそうだった。

シドだけが無言だった。

凄く恨めしい目で僕たちを見ていた……

——気持ちはわかるよ……


それから数時間、僕たちは食事をしながらとりとめのない話をした。

シドは最後まで無口だった。


「さて、儂はそろそろ行くとするか」


「え~もう帰っちゃうんですか~」


クレアが引き留めている……


「儂も忙しくてな、戻らんと色々とな……」


「お父様、もしかしてまた抜け出してきたの……?」


「……」


お義父さんはくるりと背を向けると颯爽と歩いていった。


「さらばだ!また来るぞ」


あっという間に見えなくなった。


「おい、ライル。ちょっと来てもらおうか……」


——そして僕はシドに連れていかれた。

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