第7話 迷い猫
グレンツの村から戻った僕たちは、しばらく黒い球について調べていた。
だけど、なんの手掛かりもなく行き詰まっていた。
そんな中、僕は一人で冒険者ギルドにいた。
「本当にこの依頼でいいんだな?」
ギルドマスターが念を押した。
「はい。お願いします」
「もう一度言うが……絶対にやめておいた方がいいぞ」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
ギルドマスターはしぶしぶといった感じで依頼書を手渡してくれた。
——僕は、みんなを集めて依頼の説明をした。
「は?」
「おいおい……」
「わぁ~!」
反応が面白かった。
「ライルよぉ。迷い猫の捜索と保護ってなんだよ。俺たちの受ける依頼か?」
「あはは……最近、張り詰めた依頼ばっかりだったから、たまにはこういうのもいいかなと思って」
「お前が言うならやるけどよ……」
シドはしぶしぶだが了承してくれたようだ。
「しょうがないわね……ま、猫を捕まえるなんて簡単じゃない! さっさと終わらせちゃうわよ」
「猫ちゃんですか~可愛いですよね~」
ティナとクレアも一応やる気になってくれたみたいだ。
依頼内容は、迷子になってしまった猫の保護。
三毛猫で赤い首輪をしているそうだ。
保護して、ギルドに引き渡すまでが僕たちの仕事だった。
僕とティナ、シドとクレアの二組に分かれて捜索することにした。
「こういうことならまかせなさい!」
ティナが得意げに言った。
「このあたりだと猫の気配は……三匹ね。こっちから行ってみるわよ」
そう言うと、一気に走り出した。
「あたり! やっぱりこの依頼、余裕だったわね!」
一発目で対象を見つけてしまった。さすがだ……
だけど、その猫はティナを見た瞬間、ものすごい勢いで逃げ出した。
「なによ、あの猫! 私を見るなり逃げ出すって失礼じゃない!」
「ティナ、すっごく怖い顔をしてたからね……」
「なんか言った!?」
「……なにも」
猫は必死に逃げている。
狭い路地に入り、建物の屋根を走る。
ティナもそれに遅れることなく付いていく。
——だめだ、追いつけない。
ティナの姿がどんどん小さくなっていき……見失ってしまった。
とりあえず大通りに出ることにした。
しばらく歩いたけど、ティナはだいぶ遠くまで追いかけていったようだ。
「ライル殿ではないですか!」
聞き覚えのある声だった。
「イーサン殿……?」
「覚えていてくださいましたか! イーサンでいいですよ」
「この街にいらしてたとは、驚きました」
「コルネ村での駐留が終わったので、王都に帰る途中です」
僕は無意識に身構えてしまった。
「ははっ! 団長殿は来ていないですよ。騎士団は先に王都に戻りました」
「そうですか……」
見透かされてしまったようだ。
「それより、ライル殿は誰かをお探しでしたか?」
「いえ、ギルドの依頼中でして……」
僕は、依頼で猫を探していること、その猫の特徴をイーサンに伝えた。
「それなら、私も協力させてください!」
「え?」
「ライル殿たちにコルネ村でのお礼ができればと、この街に立ち寄ったのです。お会いできただけでも幸運なのに、その機会までいただけるとは!」
「お礼をされるようなことしましたっけ……?」
「何をおっしゃいます! あの魔物の大群から村を守ってくれたではありませんか!」
「……!」
僕は言葉を失ってしまった。
——あれを見られていたのか? だとしたら……
「これでも一応、勇者と呼ばれております。あの状況を見れば、大量の魔物が出たことくらいはわかりますよ」
「そう……ですか」
「どのように魔物を排除したのか気にはなりますが、怪我人が出なかったことが何よりです」
——見られたわけではないようだった。
「さて、それではさっそく探してきます」
そう言うと、イーサンは街の中へ消えていった。
入れ替わるように、ティナが戻ってきた。
「ちょっと、あんた何サボってるのよ!」
「いや……サボっているわけじゃないんだけど」
「あの猫、思ったよりもすばしっこいわね! どうしてくれようかしら……」
そのとき、建物の上からあの猫が顔をのぞかせていた。
挑発するようにこちらを見下ろしている。
「……」
「ニャ」
「あんの猫! もう許さないわ!」
——あれ……なんか魔法を使おうとしてない?
「ちょっと、ティナ落ち着いて! 猫の保護が目的だからね!」
「……待ちなさーい!!」
また追いかけっこが始まった。
どれくらいの時間がたっただろうか。
ティナが疲れた様子で戻ってきた。
「作戦変更よ!」
「え?」
「あいつ、私が近づくと気配だけで逃げるみたい。居場所はわかっているから、あんたが捕まえなさい」
やっぱり動物の勘は鋭いのだろうか。
かといって、ティナに捕まえられないものを僕が捕まえられるのだろうか……
ティナの指示した方向へ歩いていくと、開けたテラスのような場所に出た。
建物の隙間から光が差し込んでいた。
そこにはあの猫と、それを撫でているイーサンの姿があった。
僕は目を疑った。
あれだけ逃げていた猫が、警戒した様子も見せずに仰向けになって、されるがままになっていた。
その横にはクレアがいて、イーサンと楽しそうに話している。
「すごいです。この子、こんなにリラックスして。イーサンさんって動物がお好きなんですね」
「私は田舎の出身でして。子供の頃はよく森で動物たちと触れ合っていました」
「うらやましいです。私はずっと孤児院でしたので」
クレアは少しだけ寂しそうな表情をした。
「そうでしたか……では、いつか私が故郷の森を案内させていただきますよ」
「本当ですか! うれしいです」
クレアとイーサンはずいぶんと打ち解けているようだった。
「本当にこの子はおとなしいですね」
イーサンが猫を撫でながら顔を上げる。
「きっと優しい人のことがわかるんですよ」
僕はチラッと、ティナのことを見てしまった……
「な、なによ!」
「いや、ティナも本当は優しいのになって……」
「ば、ばっかじゃないの!? こんなときに何を言っているのよ!」
ティナの顔が赤くなった。
「……あんなに苦労したのに、こんな簡単に捕まえられるって勇者の能力か何かなの?」
——そんな能力はないと思うけど。
イーサンも苦笑していた。
「そういえば、シドもクレアもよくここがわかったね」
少し離れた壁にもたれかかっていたシドに声をかけた。
「そりゃあ、俺は情報網をフル活用したからな。情報屋をなめんなよ」
「私は街の人たちに教えてもらいました~。みなさんから色々いただいちゃいました」
クレアの荷袋がパンパンになっていた。
イーサンはひとしきり撫でたあと、その猫をクレアに託した。
「クレアさん。あとはお願いします」
「はい! お預かりしますね」
そう言うとクレアは猫を抱きかかえた。
だいぶ人に慣れている猫なんだろうか、おとなしく抱えられていた。
僕も猫を撫でようとしたんだけど、なぜかシャーって言われた……
ティナがちょっと嬉しそうだった。
「では、私はこれで。またお会いしましょう」
「はい。ありがとうございました」
イーサンは颯爽と去っていった。
——ああいう人が勇者なら、この国も安泰なのかな。
僕たちは、保護した猫を連れて冒険者ギルドに戻ってきた。
猫を冒険者ギルドに預ければ依頼完了だ。
預けられた猫は、あとで飼い主さんが引き取りに来るそうだ。
そういえば、なんでギルドマスターは、この依頼を出し渋っていたのだろう……
かなり引き留められた気がするけど、捕まえるのが大変なのをわかってたのかな。
ギルドの中に入ると、ちょうどギルドマスターがいた。
「依頼の猫を保護してきました。引き取りをお願いします」
そう言って、クレアに猫を渡してもらおうとした。
なぜか、ギルドマスターは不機嫌だった。
「……」
「どうしたんですか?」
「おい、こっちに近づけるんじゃねぇ!」
少しずつ後ずさっていく。
「この子すごく可愛いんですよ。バルドさんも撫でてあげてくださいよ~」
「やめろ! おい! ミレイユ、なんとかしろ!」
カウンターの向こう側で見ていたミレイユさんがため息をついた。
「はぁ……まったく。バルドは昔から猫がだめよね……」
「しょうがねぇだろ! 苦手なもんは苦手なんだ! おい、クレアやめろ! そいつの顔を近づけるんじゃねぇ!」
ティナもシドも、すごく悪い顔をしていた。
「いやぁ、面白ぇもんがみれたな。この依頼やってよかったわ」
「本当ね! あんなギルドマスターはじめて見たわ。今度から猫を連れて歩こうかしら」
「おまえら、覚えとけよ!」
「はいはい。バルドは役に立たないからあっちで受付でもしてなさい」
——なんだかんだで忙しい一日だったけど、こういう日もいいよね。




