第6話 黒い聖具
貴族の騒動から数日後、僕たちは冒険者ギルドの一室に集まっていた。
この部屋は人に聞かれたくない話をするときに使える。
使えるのはCランク以上のパーティーだけで、僕たちがこの部屋を使うのは初めてだった。
窓がなく、石壁にランプの明かりだけの、狭い部屋だ。
「ずいぶんと頑丈な扉なんだな」
シドが部屋の入口の扉を見て感心していた。
全体を金属で補強してある、いかにも頑丈そうな扉だった。
「どれだけ丈夫なのか試してみる?」
「あ、見てみたいです~」
ティナが不穏な発言をして、クレアは目をキラキラさせていた……
「……お願いだからやめて。本当に壊れるから」
「お前ら、馬鹿なこと言ってねぇでさっさと本題に入るぞ」
「シドが言い出したんでしょう!」
——なんだかんだで、いつも通りだ。
今回この部屋を使うことになったのは、先日の貴族の件でシドが情報を仕入れてきたからだった。
シドは冒険者のほかに、情報屋としての顔も持っていた。
冒険者の依頼がないときは、情報を仕入れに走り回っているらしいが、本人曰く、趣味の一環とのことだ。
「この前の貴族の紋章、どこかで見たことがあると思って調べてみたんだが……」
シドはもったいぶったように一度言葉を区切った。
「あの紋章はな、地方貴族の紋章だった」
「もったいぶるようなことじゃないじゃない……」
ティナの指摘はもっともだ。貴族なら必ず自分の家の紋章がある。
「まぁ、慌てんなって。そのお貴族様だが、北の国境沿いの領主様らしい」
北の国境沿い。その言葉に引っかかった。
孤児院の院長が言っていた、村が魔族に襲われているという土地だ。
「地方領主ってほかの街に出かけたりするものなの?」
「自分の領地内ならあるだろうが、この街はあの領主の領地じゃねぇ。貴族同士の会談にしたって、あんな街はずれでやるわけねぇしな……」
ティナとクレアはよくわからないといった表情だった。
「それと、その領主は宰相派なんだよ」
「派閥ってやつ? それの何が問題なの?」
「まず、このリンドルの領主様は宰相派じゃない。そして北にあるその領主は宰相派、南の王都も宰相派ってわけだ」
「挟まれているってこと? 別にいいじゃない」
「……まぁ、普通ならな。その別の派閥の領主の街はずれで、こそこそしてたってのが問題なんだよ」
ティナが難しい顔をしていた。
「あぁ……あれだ、例えばお前たちが家を買ったとする。その敷地であの騎士団長がこそこそしてたらどうよ?」
「絶対いやだわ! ぶっとばす!」
「だろ? 別の派閥の領内で行動するってのはそれだけリスクがあるんだよ」
「なるほど……むかつくってことね」
シドがジト目で僕を見ていた。
どうにかしろってことなんだろう……
「あのね、ティナ。他所の領地で怪しいことをしていたら、つかまるかもしれないし、下手をすると戦争になるんだ。それでもあそこに来てたってことが、おかしいんだよ」
「ふ~ん」
——なんとなく理解してくれたのかな……
クレアは相変わらずにこにこしていた。
「えっと……クレアも大丈夫かな?」
「全然わからないです!」
……僕とシドは天を仰いだ。
僕たちが会議室から出ると、ミレイユさんに声を掛けられた。
「ちょうどよかったわ。あなたたちのパーティーに依頼がきているんだけど」
「……僕たちに依頼ですか?」
「そう。北の領主様からあなたたちのパーティーを指名しての依頼なの」
こんな偶然があるのだろうか。
僕とシドは顔を見合わせて、うなずき合った。
「依頼内容を聞かせてもらえますか?」
「ええ、これなんだけど。北の領主様から国境近くにある村の警備依頼ね」
そう言うと、ミレイユさんは一枚の依頼書をカウンターの上に置いた。
依頼書に描かれた紋章に見覚えがあった。
——数日前、泥だらけで逃げていったあの馬車と、同じものだ。
シドも目を細めていた。
「警備する期間も半月だし、依頼内容はCランクではよくある依頼ね」
「なんで僕たちが指名されたんでしょうか」
「ん~、それはわからないけど。あなたたち最近ではちょっとした有名人なのよ?」
「え?」
僕たちはその意味がよくわからなかったが、ティナだけは誇らしそうにしていた。
「二年ちょっとでCランクよ? しかもワイバーンまで討伐しちゃって」
ミレイユさんは楽しそうに笑った。
「そりゃあ、目立つわよ」
「そういうものですか……とりあえず依頼は受けます」
「おい、ライル……」
「わかってる……でも誰であろうと、助けを求めているなら行かなくちゃ」
シドはそれ以上何も言わなかった。
「それじゃあ、依頼書を渡しておくわね。気を付けてね」
翌日、僕たちは依頼の村へ向かった。
道中、ほとんど人とすれ違わなかった。
三日目の昼すぎ、ようやくグレンツの村が見えてきた。
村の周りは空堀と、しっかりとした柵で囲われていた。国境に近いということなのだろう。
「誰もいないわね。本当に人が住んでるのかしら」
村に入るとティナが呟いた。
村の通りには誰一人歩いておらず、子供たちが遊ぶ声も聞こえなかった。
道や建物も手入れされておらず、長い年月で所々傷んでいた。
僕たちは兵士の詰め所を訪れ、依頼書を見せた。
出迎えてくれたのは、兵士長のスコットさんだった。
白髪交じりの髪を短く刈った、日に焼けた男だ。鎧は古いが、よく手入れされている。
「噂は聞き及んでおります。辺境のため何も用意できませんが、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします。村には何人の兵士の方がいるのですか?」
「兵は私を入れて三人です。何かあれば門を閉ざし、援軍が来るまで持ちこたえる。……そういう手はずになっております」
スコットさんは案内の途中、門の閂を叩いてみせた。
「太い樫で、三人がかりで落とします。これさえ落ちれば、ゴブリン程度なら朝まで持ちます」
村の中心には小さな教会があった。
司祭は数年前に亡くなり、今は村人がたまに訪れる程度だという。
クレアは扉の前で足を止め、埃の積もった祭壇を長いこと見ていた。
それから数日後、一回目の襲撃があった。
ゴブリンが十匹、国境方面から村に向かってきた。
前回の教訓で、今回は柵の外に一歩も出なかった。
僕とシド、スコットさんたちの弓矢だけで対処できた。
その後も数日おきに同じくらいの襲撃があったが、難なく撃退できた。
正直、拍子抜けするくらいだった。
ティナもよほど退屈したのか、どこからか拾ってきた石を投げてゴブリンを仕留めていた。
十日も経つと、村の空気が変わってきた。
「ティナちゃん! これ持っていきな!」
パン屋のおばちゃんが、かごいっぱいの焼き立てパンを押しつけてくる。
ティナはその場で三つ平らげて、おばちゃんに大笑いされていた。
「クレアおねえちゃん。またお話聞かせて!」
クレアの周りには、いつの間にか子供たちが集まるようになった。
一番小さいリタという女の子は、クレアの神官服の裾を握って離さない。
見張り台の兵士が手を振り、スコットさんが「賑やかになりました」と言って目を細めた。
——不安はあったけど来てよかった。
その日の午後、クレアは教会の様子を見てくると言って出かけて行った。
しばらくして、僕たちも何か手伝えることはないかと教会に向かった。
「あ、ライルさん。これを見てください……」
教会の中で、クレアがじっと一点を見つめていた。
いつもの笑顔はなく、不安と緊張が入り混じった顔だった。
クレアが指差した先には、見覚えのある黒い球が祀られていた。
「なんでこんなところに……」
「どう見たって神聖なものじゃねぇよな」
嫌な記憶が蘇って、背筋を冷たいものが伝っていった。
ティナも何も言わず、球から距離を置いている。
「とりあえず、スコットさんに聞いてみよう。あの人なら何か事情を知っているかも」
僕たちは詰め所を訪ねた。
ちょうど巡回後だったようで、スコットさんともう一人の兵士が休憩していた。
僕たちと同い年くらいだろうか、若い男だった。
「スコットさん。教会の祭壇に祀られている黒い球なのですが……」
「あの球ですか。なんでも王都の教会で清めてもらった聖具だそうで、半月ほど前に王都から赴任された方が、無人の教会を見て、せめてもと奉納してくださいました」
「へぇ、王都から……ここに赴任ってのは結構あるもんなのかい?」
何かが引っ掛かったのか、シドがスコットさんに問いかけた。
「いえ、こんな辺境の地です。人も物資も割り当ててもらえません。なので、本当に助かっています。しかも大変優秀な方で、今は副長をつとめておられます」
横の兵士も頷いていた。
そして、不意に立ち上がる。
「私は定時報告があるので失礼します」
スコットさんが空を見上げた。
「今日は少し早いんじゃないか?」
「いつ魔物の襲撃があるかわからないので、早めに済ませておこうと思いまして……」
「そうか。では頼む」
そう言われると、若い兵士は馬に乗って駆けていった。
僕たちはスコットさんに勧められてお茶をご馳走になっていた。
北の地での暮らしや、国境周辺の話などを聞かせてもらった。
以前、国境の北側にはシルウェニアという国があって、一夜にして滅んでしまったそうだ。
日が傾きかけた頃、先ほどの兵士が帰ってきた。
ただ、一人ではなかった。
二十人ほどの兵士を連れている。
シドはそれを見て、なぜか険しい顔をしていた。
スコットさんは先頭の男に声を掛けた。
随分と顔色が悪い人だ。
「これは副長。どうされました。それにこの兵たちは?」
「なに、最近襲撃が続いているというのでな。増援を、と思ってな」
「そうでしたか。助かります」
そう言うと、副長と呼ばれた男は連れてきた兵士に次々に指示を出していく。
指示を出し終わると、村の中央に向かって歩き出した。
「副長、どこへ行かれるのですか」
「少々教会へ。司祭様がいなくなってから気になっていてな」
「俺たちも付いて行っていいですかね?」
唐突にシドが副長に尋ねた。
「……かまわんよ」
副長は教会に入ると、祭壇の前に立った。
そして、あの黒い球を両手で大事そうに拾い上げ、祈りの言葉のようなものを球に向かって唱えていた。
それを見たクレアが不思議そうな顔をしていた。
「これはもう一度、王都の教会で洗礼をしてもらわねばならん」
そう言って黒い球を革の袋に丁寧にしまい込んだ。
それを見届けたクレアが声を掛けた。
「あの……先ほど唱えていたお祈りは、どういったものなのですか? 私は聞いたことがなかったもので」
「……これは、神官の方でしたか。先ほどの祈りはこの地方独自のものでして。知らないのも無理はありません」
「そうでしたか」
クレアは納得したようだ。
その会話を聞いていたシドは怪訝な表情を隠さなかった。
そして、教会から立ち去ろうとした副長に声を掛ける。
「その球はいったい何なんですかね?」
副長の目がすうっと細められた。
「……あまり詮索をしないほうがよいこともあるぞ」
「……そうですかい」
その日を境に襲撃がぴたりと止んだ。
僕たちは違和感を覚えたが、平和になったのなら、願ってもないことだ。
村の人たちとの交流を楽しんで、依頼終了の日を迎えた。
「皆さんには感謝しきれません。村がこんなに明るくなりました」
スコットさんが見送ってくれた。
「また困ったことがあったら言ってくださいね。リンドルのギルドに手紙を出せば、僕たちに伝わるはずです」
「わかりました。みなさんお気をつけて」
「また来るんだよ~!」
「クレアおねえちゃんまたね!」
パン屋のおばちゃんも子供たちも、村の人みんなが手を振ってくれていた。
リタが走ってきてクレアの足にしがみついた。
クレアはリタをそっと抱きしめた。
「リタちゃん、またね」
帰る途中——
「なぁ、ライル。嫌味な騎士団長に会ったときのこと覚えているか?」
「うん、それがどうかしたの?」
「ここの副長、そのときに騎士団長の後ろにいたやつにそっくりだったぜ」
みんなの視線がシドに集まる。
「あの黒い球、少し調べたほうがいいかもな……」




