第5話 みんなで決めたこと
僕たちは街に着くと、すぐに冒険者ギルドへ依頼の報告に向かった。
ミレイユさんに依頼の完了と経緯を説明して引き上げようとしたのだが——
「お前たち、また何かやりやがったのか!?」
僕たちに気づいたギルドマスターが奥から出てきた。
心外だ……僕たちは何もしていない。
……いや、結構やったかな。
「いや、何もしていないですよ」
やりましたとは言えないので、無難に答えておく。
「それならいいが……騎士団がお前たちの身元照会をしてきたぞ」
「え? なんでですか?」
「俺が知るわけないだろ。だから、またお前たちが何かやらかしたのかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
僕とシドは顔を見合わせた。
ティナが魔物の群れを殲滅したところを見られていたとしたら、面倒なことになる。
あのときの騎士団長の様子からすると、それはなさそうだったんだけど……
ティナも一瞬不安な表情をした。
僕は無言でうなずいた。
その後、もう一度同じ話をギルドマスターに繰り返すことになった。
「で、村では何もなかったか?」
僕は一瞬言葉に詰まった。
そんな僕の様子を見たシドが代わりに答える。
「なにもなかったぜ。いたのはゴブリンとコボルドくらいのもんだった。余裕だな」
「そうか……それならよかった」
ギルドマスターはそれ以上は何も聞いてこなかった。
「とにかくだ、お前たちは正式にCランク冒険者だ。よく無事に戻ってきた」
ギルドマスターは嬉しいような悲しいような、何とも言えない表情をしていた。
「ありがとうございます」
「ランクが上がればそれだけで目立つ。騎士団に目をつけられているみたいだし、あまり無茶するんじゃねぇぞ」
「はい……気を付けます」
「それから、これは今回の報酬だ」
そう言うと、ギルドマスターが金貨五枚をカウンターの上に置いた。
Cランクの依頼とはいえ破格の報酬だった。
「え!? 多くないですか?」
「半分は俺からの昇格祝いだ。とっておけ」
「すげぇな……やっぱりDランクの依頼とは報酬も桁違いだな」
冴えない表情をしていたティナの顔がぱぁと明るくなった。
「串焼き二千五百本ね!」
「……もう覚えなくていいよ、その計算」
——ティナの中では串焼きが基準になったようだ。
ギルドへ報告に行った次の日、僕とティナ、シドの三人は街の外れにある孤児院を訪ねた。
クレアは幼いときに戦災孤児となって、この孤児院に連れてこられたそうだ。
冒険者になってからも、孤児院の子供たちの面倒を見るために、ここで一緒に生活している。
僕たちは外で子供たちと遊んでいるクレアを見つけ声を掛けた。
「おはよう。クレア」
「え……おはようございます! どうしたんですか?」
「ちょっとね。孤児院長さんと話したいんだけど大丈夫かな?」
きょとんとしたクレアだったが、すぐにいつもの感じに戻った。
「はい。院長室にいると思いますので、ご案内しますね」
「え~、クレアねえちゃん! もっと遊ぼうよ!」
男の子がクレアの足にしがみついていた。
「私たちが先にクレアおねえちゃんと遊んでいたのに~」
子供たちから一斉に抗議の声が上がる。
「じゃあ、私が遊んであげるわ!」
ティナの意外な一言だった。
「うん! おねえちゃん、遊ぼう!」
「いいわよ! 何して遊ぶ?」
子供たちは新しい遊び相手を見つけて楽しそうにしていた。
「じゃあ、騎士団ごっこ!」
「……えっと、何それ?」
ティナの顔が若干ひきつっていた。
ティナにとっての騎士団は、あの騎士団長のイメージしかない……
ティナが不敵な笑みを浮かべ始めた。
——ダメだよティナ。騎士団を倒す遊びじゃないからね。
僕とシドはクレアの案内で孤児院長室に通された。
クレアがパーティーに加入してから、何度かここに顔を出したことがある。
「ライル様、シド様。ようこそおいでくださいました」
部屋へ入ると六十歳を超えているであろう女性が、柔和な笑顔で出迎えてくれた。
「おひさしぶりです。お元気そうで何よりです」
「クレアさんが手伝ってくれているおかげで、私もこうして楽をさせていただいております」
「院長ったら、またそういうことを言って……私はちょっとお手伝いしているだけですよ」
クレアがいつもよりも饒舌だった。
僕はクレアに小さな革袋を手渡した。
「クレア。これを院長さんに渡してくれるかな?」
「はい。……あの、これは?」
「中を見てみて」
クレアは革袋の口を開けて中を覗き込んだ。
「……え! 金貨!? しかもこんなにたくさん……」
クレアは目を見開いて固まっていた。
「うん、この前の依頼の報酬。シドとティナ、僕の分だよ。みんなでここに寄付しようって決めたんだ」
「みんなって、お前が言い出したんだろうが。俺はその話に乗っただけだぜ」
クレアの目にみるみる涙が溜まっていった。
「えへへ……そんな風にされたら嬉しすぎるじゃないですか」
涙を流しながら、とびっきりの笑顔を見せてくれた。
そして、革袋を院長に手渡した。
院長はその中身を見て、深く目を瞑った。
「本当にありがとうございます。最近では北の国境で、村が魔族に襲撃されるということが頻発しているようで……」
院長はここでいったん言葉を切った。
「……魔族が村を襲っているのですか?」
「はい、その影響でこの院にも孤児が増えております。教会の援助もありますが、なかなかに苦しい状況でしたので、本当に助かります」
「本当に魔族ですか? 魔物とかではなく?」
院長は不思議そうな顔をした。
「魔族と魔物は同じではないのですか?」
クレアもきょとんとしていた。
——魔族は魔物とは違う。
少なくとも僕が見た限り、理由もなく村を襲うような人たちじゃなかった。
「教会の教えでは同じでしたね……ただ、これは聞いた話ですが、魔族と魔物は違うようですよ」
「そうでしたか……」
院長はしばらく黙っていた。
「やはり、ここにいるだけでは見識が狭まってしまいますね」
院長はクレアをまっすぐ見据えていた。
「クレアさん」
「は、はい!」
「私がこんなことを言ってはいけないのですが……教会の教えがすべてではありません。ライル様たちと共に様々なものを見て学んでください」
泣きはらした目にはもう涙はなかった。
そして、クレアは強くうなずいた。
そのあとは、僕たちもティナと合流して子供たちとの時間を過ごした。
シドが一番子供たちに人気だったのは意外だった。
椅子に腰かけて、ティナやシドが子供たちと遊ぶ姿をなんとなく眺めていた。
いつの間にか横にクレアが座っていた。
「ライルさん。本当にありがとうございます」
「ううん。みんなで頑張った結果だよ。もちろんクレアもね」
「いつか、このような場所が必要なくなる日は来るのでしょうか……」
「来るといいね……僕たちもできる限りのことをしよう」
僕はそう言うことしかできなかった。
「ちょっとライル! なに自分だけのんびり座っているのよ!」
ティナが向こうの方から声をかけてきた。
「そーだ、そーだ!」
子供たちもいつの間にかティナに同調している。
小さいティナがいっぱいいるみたいだ……
クレアもそんな子供たちを見て、いつもの笑顔に戻っていた。
それから小一時間、子供たちとたっぷり遊んで孤児院を後にした。
郊外から街に戻る途中、声が聞こえた。
「どうかお許しください!」
母親らしき人が悲痛な声で懇願していた。
その先には、従者を連れた貴族が、小さな女の子の髪を掴んでわめいていた。
脂ぎった太い首、指という指に宝石の指輪をはめている。
女の子は必死に泣き叫んでいた。
「痛いよぉ! お母さぁんたすけてぇ!」
「うるさいわ!! 平民風情がぶつかってきおって! 服が汚れたではないか!」
貴族相手だ、母親は許しを請うことしかできない……
「……あれも貴族なの?」
ティナが心底嫌なものを見るような目で貴族を見ていた。
「貴族みたいだね……」
そう言うと、僕は貴族と母親の間に割って入った。
女の子の髪を掴んでいる腕を強く握る。
たまりかねた貴族は女の子の髪から手を放し顔を真っ赤にしていた。
……シドが頭を抱えたのは言うまでもない。
「い、痛い! なんだ貴様は! 無礼であろう!」
「申し訳ございません……ですが、なにぶん小さな子供ですので……」
「そんなもの関係ないわ! 冒険者風情が指図するか!」
「いえ、そんなつもりは……」
こちらが下手に出たことで少し冷静になったのか、今度は嫌らしい顔つきに変わっていた。
「金貨五十枚だ」
「……金貨五十枚!?」
「服が汚れたのだ。それくらい払うのが当然であろう」
僕も女の子の母親もあまりの金額に絶句した。
「払えないのであれば、地に頭を擦り付けて許しを乞え! その後ろの女もだ!」
僕の後ろに、いつの間にかティナが立っていた。
——僕一人が頭を下げて済むならいくらでも下げてやる。
だけどティナにそんなことはさせられない。
そのとき……不意に貴族のズボンがずり落ちた。
見ると腰の紐がほどけているようだ。
「な、なんだ!?」
貴族は慌ててズボンをたくし上げ紐を結びなおした。
……またズボンがずり落ちた。
「なんなのだ!!」
貴族は突然のことにたじたじになっていた。
後ろの従者の何人かは、肩を震わせていた。
騒ぎを聞きつけたのか、街の人たちも集まりだしていた。
「お貴族様。ここは一度、お戻りになられたほうがよろしいかと」
通りすがりを装ったシドが声を掛けた。
「う、うむ……貴様ら、覚えておけよ!」
そう言うと、ズボンをおさえたまま立ち去ろうとした。
今まで踏み固められた地面だったところが、ぬかるんでいた。
しかも、貴族の足元だけ……
ただ、誰も気づいていないようだ。
泥に足を取られた貴族は、豪快に転んで泥だらけになる。
立ち上がっては足を取られて転ぶ……それを何度も繰り返していた。
周りからは笑いが起こった。
貴族はなんとか馬車にたどり着き、逃げるように消えていった。
「……ティナ、何かした?」
「な、何もしてないわよ。きっとバチがあたったのね」
否定しているが、顔がすごく楽しそうだった。
先ほどまで絡まれていた親子は抱き合いながら涙を流していた。
よほど怖かったのだろう。
「シド、ありがとう」
僕は、機転を利かせてくれたシドにお礼を言った。
「ああ……」
「どうしたの?」
シドは何か考え込んでいるようだった。
「いや、あの馬車の紋章……見覚えがあるんだよ。それに、貴族がこんな街はずれにいるなんて変だと思ってな」
たしかに、街の中心や貴族街ではなく、こんなところに何の用があったのだろう。
「ちょっくら調べてくるわ」
シドはそう言うと、街の中に消えていった。




