第31話 死ぬなよ
僕は思わずティナを見た。
ティナは唇を噛んで、ギデオンさんの背中を見つめている。
クレアが、ティナの袖をそっと握った。
ギデオンさんは振り返りもせず、男への問いを続けた。
「宰相は、教会と手を組んでいるのか」
「……はい。地下の施設は、教会のものです。宰相閣下は、魔族を……根絶やしにすると……」
ギデオンさんはそこで質問を止め、ゆっくりとこちらを向いた。
その目が、ティナを見る。
ティナは目を伏せていた。
「まぁ、そうだろうとは思ってたがな」
「え……?」
「あれだけの魔力量だ。普通の人間じゃないことはわかるだろ。それに、知り合いに似たようなやつもいるしな。正直、どうでもいいんだよ」
ギデオンさんは、心底どうでもよさそうに頭をかいた。
「へぇ~、そうだったんすか。まぁ、あの馬鹿力見たあとなら納得っす」
ピアさんが、ひらひらと手を振る。
ティナの肩から、ふっと力が抜けた。
「さて、と」
ギデオンさんは、もう一度ギルドマスターの額に指先を当てた。
今度は、さっきよりも強い光がにじむ。
男の頭が、かくりと前に落ちた。
「……何をしたんですか?」
「ここ数時間のことを、きれいさっぱり忘れてもらった。ギルドを襲われたことも、ここで喋ったこともな」
「数時間だけ、なんですか?」
「まぁな。それ以上は天才の俺でも無理だな」
ギデオンさんは男の首根っこをつかむと、ひょいと肩に担ぎ上げた。
「ちょっと捨ててくる」
「捨てるって……」
「冒険者ギルドの裏口にな。朝になったら、酔いつぶれてたとでも思うだろうよ」
そう言うと、ギデオンさんは本当に男を担いだまま出ていってしまった。
「……マスター、絶対楽しんでるっす」
ピアさんが呆れたように呟いた。
しばらくして戻ってきたギデオンさんに、僕は革袋から黒い球を取り出して見せた。
地下の部屋で見つけた、文様のない球だ。
「地下で見つけました。ピアさんがギデオンさんに調べてもらおうって」
ギデオンさんは球を受け取ると、灯りにかざして目を細めた。
「……ほう。俺たちが使う魔道具とは違うみたいだな」
指先で表面をなぞる。
その目が、さっきまでとはまるで違っていた。
新しいおもちゃを見つけた子どもみたいだ。
「こいつは預かっとく。何かわかったら知らせてやるよ」
「お願いします」
僕は、みんなの顔を見回した。
ずっと考えていたことを、口にする。
「……王都を出よう」
誰も、驚いた顔はしなかった。
「向こうにティナのことを知られてしまった。教会や騎士団も僕たちを探しにくるはずだ。それに、このまま王都にいたらギデオンさんたちまで巻き込んでしまう」
「ま、それが賢明だな」
シドが頷いた。
ティナも、黙って僕を見ている。
クレアだけが、うつむいていた。
錫杖を握る手に、力がこもっている。
「まさか、教会が加担しているなんて……」
「そうだね。でも、教会すべてがそうとは限らないよ」
クレアは、しばらく黙っていた。
それから、小さく、でもはっきりと頷いた。
「……はい。私は教会を変えたいと思っています」
「だからこそ、今はいったん王都から離れたほうがいいと思うんだ」
ギデオンさんが、腕を組んだまま口を開いた。
「出るなら、明日の朝一番だ。門の審査はきつくなってるだろうが、俺が付いていく。門番の何人かに、ちょっと忘れてもらえば済む話だ」
「また忘れさせるんすか……」
「便利だろう?」
◇◆◇◆◇
翌朝。
まだ薄暗い王都の門の前には、すでに長い列ができていた。
鎧を着込んだ兵士たちが、一人ずつ荷物を改めている。
いつもより、ずっと人数が多い。
ギデオンさんは列を無視して、門番の詰め所へまっすぐ歩いていった。
しばらくして戻ってくると、親指で門の外を示した。
「行け。止められやしねぇよ」
門をくぐるとき、門番の一人と目が合った。
門番は、僕たちを見ても何の反応もしなかった。
門の外で、僕たちは振り返った。
「ギデオンさん、ピアさん。本当にお世話になりました」
「バルドにつけておくって伝えてくれ」
ギデオンさんはそっぽを向いて、頭をかいた。
「みなさん、気を付けて帰るっすよ~! また遊びに来てくださいっす!」
ピアさんが、大きく手を振っている。
「……死ぬなよ」
最後にギデオンさんが、ぼそりと言った。
僕たちは頷いて、王都に背を向けた。
◇◆◇◆◇
——教会での事件の翌日、宰相の部屋。
部屋には宰相のほか、教皇とコンラッドがいた。
教皇は、真っ白な法衣に身を包んだ痩せた老人だった。
組んだ両手の指には、大粒の宝石をはめた指輪がいくつも光っている。
全員が、深刻な顔をしていた。
「まさか、生き延びるとは……」
コンラッドが苦々しい顔でつぶやいた。
「……今回は、対魔族用の儀式の効果が確認できただけで良しとしましょう」
宰相は静かにそう言うと、教皇に目を向けた。
「教皇殿。ここは、勇者の出番ではありませんか」
教皇は、指輪の一つをゆっくりと撫でた。
「そうですな。そろそろ、働いてもらわねばなりますまい」
教皇が控えていた従者に目配せをすると、従者は一礼して部屋を出ていった。
しばらくして、扉が叩かれた。
ゆっくりと扉が開く。
現れたのは、勇者イーサンその人だった。
長い髪を後ろで束ね、整った顔立ちに穏やかな笑みを浮かべている。
腰には、使い込まれた剣を一振り提げていた。
イーサンは三人の前に進み出ると、胸に手を当てて深く一礼した。
「お呼びと伺いました。どのようなご用件でしょうか」
「昨夜、東の外れの教会が崩れ落ちたことは、聞いておりますかな」
「はい。幸い、怪我人は出なかったと伺っております」
「あれは、事故ではありません」
教皇の声が、わずかに低くなった。
「あの教会を潰したのは、リンドルから来た冒険者どもです。それも、魔族を連れた者たちでしてな」
「魔族を……?」
イーサンの眉が、かすかに動いた。
宰相が、静かに言葉を継ぐ。
「すでに、コンラッド殿の配下が何人も命を落としています。王国騎士団の者も含めてです」
コンラッドが、黙って頷いた。
「放っておけば、この国に災いをもたらすでしょう。ですが、相手は魔族です。並の兵では歯が立ちません」
教皇が、イーサンをまっすぐに見据えた。
「そこで、勇者であるあなたに命じます。その冒険者どもを、討ちなさい」
「……その冒険者の名は」
「リンドルの冒険者、ライルという男の一行です」
イーサンの顔から、穏やかな笑みが消えた。




