第30話 馬鹿なんすか?
「少しは加減しろよな!」
「知らないわよ! 壁が脆すぎるのがいけないの!」
「こんなところで死にたくないっすよ~!」
僕たちは地下施設の出口に向かって全力で走っていた。
すぐ後ろで、天井の岩が次々と床に叩きつけられる。
振り返る余裕なんてない。
砕けた石の破片が、背中にばらばらと当たった。
「ティナ! 先に行って、入口の祭壇を壊してきて!」
「まかせて!」
言い終わるより早く、銀色の髪が通路の先へ消えていった。
——速い。
さっきまで立っているのもやっとだったのが、嘘みたいだ。
儀式の部屋を抜けると、入口の鉄格子が外側にひしゃげて、通路の壁にめり込んでいた。
その先の一本道を、僕たちは必死に駆け戻る。
ずっと先のほうで、ドォン、と重い音が響いた。
やがて、通路の突き当たりに、白い光が見えてきた。
階段の上から、月明かりが差し込んでいる。
階段を駆け上がると、祭壇は跡形もなく吹き飛んでいた。
砕けた石の向こうで、ティナが待っている。
「早く!」
礼拝堂を一気に駆け抜け、扉を蹴り開けて外へ飛び出す。
夜の冷たい空気が、肺に流れ込んだ。
その直後、背後で地鳴りがした。
振り返ると、教会の尖塔がゆっくりと傾いていく。
壁が、屋根が、足元に吸い込まれるように沈んでいき——
最後に、大きな土煙が月を隠した。
あたりに人の気配はなかった。
東の外れの古い教会で、本当によかったと思う。
「け、結果的にやつらの施設を壊滅させられたんだから問題ないわね!」
「問題あるだろ!」
クレアが小さく祈りを捧げていた。
「とりあえず、ここを離れようか……」
人目を避けながら、僕たちは魔術師ギルドへ戻った。
夜も更けているというのに、ギルドの窓には灯りがついていた。
扉を開けると、カウンターの前で、受付のゴーレムがぎこちなく頭を下げる。
「オカエリナサイマセ」
その奥で、ギデオンさんが腕を組んで立っていた。
「……東の外れの教会が、丸ごと地面に沈んだって話だ」
低い声だった。
「お前ら、何をやった」
僕たちは顔を見合わせた。
ティナがそっと目を逸らす。
「えっと……地下の施設が、その……崩れまして……」
「馬鹿野郎! 明日には王都中の噂だ。教会の連中が、血眼になってやったやつを探し始める」
ギデオンさんは額を押さえて、大きく息を吐いた。
「ったく……派手にやりすぎだ」
「……すみません」
「みんな無事だったんだから問題ないっす」
ピアさんが、カウンターに寄りかかりながら言った。
「問題大ありだ!」
ベチン!
ピアさんがおでこを押さえてうずくまる。
ギデオンさんはもう一度大きく息を吐くと、顎で奥の扉を示した。
「まぁいい。こっちも収穫があった。来い」
奥の部屋に入ると、椅子に一人の男が縛りつけられていた。
立派な身なりの、恰幅のいい中年の男だ。
目隠しをされ、口には布を噛まされている。
「……誰ですか、この人」
「王都の冒険者ギルドのギルドマスターだ」
一瞬、部屋が静まり返った。
「……は?」
「お前らが教会で暴れてる間に、冒険者ギルドに乗り込んで、ちょいとさらってきた」
ギデオンさんは、何でもないことのように言った。
「ギルドにいた連中は全員ぶちのめした。心配すんな。証拠は消してきたぞ」
ピアさんが、ゆっくりとギデオンさんのほうを向いた。
「……馬鹿なんすか?」
「あ?」
「いや、馬鹿だろ!」
「よそのギルドマスターをさらってくるとか、何考えてんすか! バレたらどうすんだ、この馬鹿マスター!」
僕は、思わず頭を抱えたくなった。
——僕らは一応、冒険者ギルド所属なんだけどな……
これから王都で活動できるのか心配だ。
「とりあえず、証拠隠滅で消しとくっすか……」
それを聞いたギルドマスターが涙目になってモゴモゴ言っている。
「お前の方がよっぽどやばいだろ……」
ギデオンさんはそう言ったあと、なぜかニヤリと笑った。
「その前に、こいつには話してもらうことがあるからな。消すのはそれが済んでからだ」
そして、ギルドマスターの口に噛ませていた布を外した。
「き、貴様ら……! 私を誰だと思っている! 王都の冒険者ギルドのギルドマスターだぞ! こんなことをして、ただで済むと——」
「済むさ」
ギデオンさんは、男の額に指先を当てた。
「お前は、何も覚えちゃいないんだからな」
指先から、淡い光がにじむ。
男の言葉が、ぷつりと途切れた。
張り上げていた肩から、すうっと力が抜けていく。
「……さて。最近、東の外れの教会の噂を流したのは、お前だな」
「……はい。私です」
さっきまでの怒鳴り声が嘘のような、感情のない声だった。
「誰の指示だ」
「……宰相閣下です」
一瞬、誰も声を出せなかった。
「さ、宰相って……この国で、王様の次に偉い人ですよね……?」
クレアの声が震えていた。
——騎士団長どころじゃない。
僕たちが相手にしていたのは、この国の中枢そのものだった。
「……北の領主も、王都も宰相派だよな」
シドが低く呟いた。
ギデオンさんはあまり驚いた様子もなく尋問を続けた。
「何のために噂を流した」
「……冒険者を、四人……あの教会の地下へ誘い込むためです。その中に、魔族の女がいる、と……」
部屋の空気が、凍りついた。




