第29話 間に合え
——ライルたちと別れたあと。
「ピア、どっちだ!」
「このまま真っすぐっす!」
さっきまでの一本道と違って、通路は入り組んだ迷路のようになっていた。
俺は、ピアを抱えて走っている。
「ところで、おまえ、さっきから何やってんだ?」
ピアは杖を上にかざして何かをしている。
おかげで走りづれぇことこの上ない。
「あ、空気中の魔力を吸ってるっす。これで回復するっすよ」
「じゃあ、もう歩けるんじゃねぇのか?」
「いやいや~。空気中の魔力は微々たる量なので、少しずつしか回復しないっす。だから、このまま運ぶっすよ、シドさん!」
「お前のところのギルドマスターの苦労がわかるわ……」
「なんか言ったっすか?」
「……なんでもねぇ」
ピアの指示で通路を進んでいく。
——急がねぇと……
「止まるっす! この先に誰かいるっす」
ピアが小声で言った。
「それに……魔力の流れが、あそこに全部集まってるっす」
俺はピアを壁際に下ろし、外套を羽織った。
「不思議な物を持ってるっすね。魔力は感じるのに見えないっす」
——この外套大丈夫か?
部屋の入口からそっと中を覗いた。
だだっ広い部屋の真ん中に、人の背丈ほどの水晶の柱が立っていた。
通路の床を這ってきた紫の光の線が、何本も柱の根元に吸い込まれている。
柱は、まるで心臓みたいにゆっくりと明滅を繰り返していた。
柱の周りには、ローブ姿の男が三人。
暇そうに壁にもたれているのが二人、柱の前で何かを見張っているのが一人だ。
——三人か。やれねぇことはねぇ。
まずは壁際の一人。
背後に回り、短剣の柄で首の後ろを打つ。
男は声も上げずに崩れ落ちた。
倒れる身体を受け止めて、そっと床に寝かせる。
二人目も同じように片付けた。
「……おい、今、何か音がしなかったか?」
柱の前の男が振り返った。
その目が、床に転がる二人の仲間を捉える。
「なっ——」
男は声を上げようとしたが、もう遅い。
すでに後ろに回り込んでいた俺は、柄を首の後ろに叩き込んだ。
三人目が床に転がる。
「ピア!」
物陰から、ピアが駆けてきた。
柱を見上げ、ぐるりと一周して、根元を指さす。
「ここっす! 光が全部ここに集まってるっす。ここにひびを入れれば、流れが止まるっす!」
「よし、どいてろ」
俺は見張りの男の腰から剣を引き抜き、思い切り水晶の根元に叩きつけた。
キィン、と高い音が響く。
根元に、細いひびが一本走った。
二撃目で、ひびは柱の上へと枝分かれしていく。
三撃目。
水晶の柱が、内側から弾けるように砕け散った。
紫の光が、ふっと消える。
床を走っていた光の線が、来た道をさかのぼるように、通路の奥へと消えていった。
——間に合ってくれよ、ライル。
◇◆◇◆◇
——逃げるわけにはいかない。今度は、僕が守る番だ。
振り上げられていた魔物の拳が、僕めがけて振り下ろされた。
僕はそれを盾で受ける。
「ぐっ……」
盾は砕けるどころか傷ひとつ付いていない。
だけど、衝撃を受け止めることはできなかった。
僕の腕が裂けて、血が噴き出る。
腕の感覚がなくなっていく……
「癒しをこの者に与えたまえ!」
クレアの回復魔法が腕の傷を塞ぐ。
腕の感覚が戻ってくる。
そのとき、僕の後ろから銀色の髪がなびいた。
ティナだった。
「ティナ!?」
「ごめん! ライル、もう大丈夫!!」
そう言って、魔物を殴り飛ばす。
巨大化した魔物が、後ろにいた刺客ごと部屋の中央まで吹き飛んでいった。
刺客たちはそのまま動かなくなる。
気づけば、通路の床を走っていた紫の光が消えていた。
だが、魔物は怒りの咆哮を上げて立ち上がった。
「ライル! 大丈夫か!?」
後ろからシドの声が聞こえた。
振り返ると、二人がこちらに向かって走ってくる。
「な、なんすかあれ……だいぶ大きくなっている気がするんすけど……」
「魔力を吸収して大きくなったんです」
「魔法が使えないっすか……困ったっすね……」
そのときだった。
「よくもライルを傷つけたわね!!」
怒りに燃えるティナが、立ち上がった魔物に飛びかかった。
魔物は腕を上げ、ティナの拳を防ごうとするが、その腕ごと吹き飛ばされた。
魔物の身体が、壁に叩きつけられる。
だが、ちぎれた腕の付け根から、肉が盛り上がるように新しい腕が生えてきた。
「なんだありゃ……不死身なのか?」
「たぶん、トロールの身体もつなぎ合わせてるっすね……トロールは、腕を落としてもすぐ生えてくるって言われてるっす」
「魔法も使えないし、物理攻撃も効かないってことだね……」
「関係ないわ!」
ティナは魔物が再生するそばから拳を叩きつけている。
——あの魔物が少し可哀想になってきた……
「しっつこいわね!!」
何度攻撃しても再生する魔物にティナが痺れを切らした。
腰を落とし力を溜める。
その力を一気に魔物に叩きつけた。
魔物の上半身が、いくつもの部屋の壁を突き抜けて飛んでいった。
その場に残された下半身が、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
ちぎれた断面は、いつまで経っても、ぴくりとも動かなかった。
ピアさんが、ぽかんと口を開けていた。
そのとき、頭の上から、ぱらぱらと砂が落ちてきた。
見上げると、魔物が突き抜けていった壁から天井にかけて、大きなひびが走っている。
ひびは、みしみしと音を立てながら広がっていく。
「あ……」
ティナが困った顔をした。
足元が、大きく揺れる。
「みんな、入口まで走って!!」




