第3話 不穏な依頼
のんびりと過ごしていたある日、冒険者ギルドから呼び出しがあった。
「よう。新婚さん。今日もいちゃつきながらの登場か?」
シドがにやにやしながら言った。
「シド、あんたそれが言いたいだけでしょ」
「みなさんおはようございます!」
「おはよう、クレア。みんな揃ったみたいだね」
早速、ギルドの受付カウンターに声を掛けた。
受付嬢のミレイユさんは少し待つように言うと、足早にギルドの奥に消えていった。
数分が経った。
「よう、お前たち!」
奥から出てきたのは、ミレイユさんではなかった。
「ギルドマスター直々にお出ましとは、ろくなことじゃねぇな……」
シドが悪態をついた。
ギルドマスターから呼ばれるときは、やらかして怒られるときか、難しい依頼をされるときと相場が決まっている。
「まぁ、そう邪険にするんじゃねぇよ。といっても今回はあまりいい話ではないんだがな」
「やっぱりじゃねぇか……」
「ただ、考えようによってはお前たちにとってはチャンスでもあるぞ」
僕たちは顔を見合わせて頷いた。
「聞かせてください」
「それでこそ、俺が見込んだやつらだ! ガハハハッ!」
ギルドマスターは機嫌を良くしたのか豪快に笑っていた。
「よし。じゃあまずはお前たちを暫定のCランクに昇格する」
「え……? どういうことですか」
困惑している僕たちをギルドマスターが制した。
「まぁ待て。その理由をこれから話してやるから、あんまり焦るんじゃねぇよ」
「すみません。お願いします」
「お前たちにはとある村の警備をやってもらいたい。だが……これはCランクの案件だ。だから俺の権限で暫定的にCランクに昇格させる」
「いやぁ、だったらCランクパーティーにやらせればいいんじゃねぇの?」
シドがもっともなことを言っている。
たしかに、僕たちじゃなくてもいいはずだ。
「そこなんだよ。今はCランクパーティーのほとんどが出払っていてな。残っているやつらに声は掛けたんだがな……リスクに見合わないから辞退するとよ」
「なによそれ」
ティナが不機嫌そうに吐き捨てた。
「まぁギルドとして強制はできんからな。それに、確かに今回ははっきりしないことが多いんだよ」
「はっきりしない、というのは」
「この依頼、騎士団経由でな。その騎士団も、中央からの指示だとかで詳細がわからんらしい」
ギルドマスターは、そこで一度言葉を切った。
「……正直に言えば、俺は気に入らねぇ。だが村を放っておくわけにもいかねぇんだ」
「依頼、受領します!」
「おい」
シドが呆れた顔をした。それでも、止めはしない。
「……ちょっと」
ティナは何か言いかけたけど、そのまま口をつぐんだ。
クレアだけが、いつも通りにこにこしていた。
「お前ならそう言うと思ったよ」
ギルドマスターは笑って、それから真顔になった。
「おっさんの勘だ。あてにならんかもしれねぇが、嫌な予感がする」
「……はい。気を付けます」
「おう。無事戻ってきたらお前たちは正式にCランクだ。絶対に戻ってくるんだぞ」
そう言って、僕の背中をバンバンと叩いた。
……痛い。
依頼の村へ向かう道中。
「なあ、ライル。今回の依頼どう思うよ」
「どうって?」
「あの村は街道沿いだ。普通なら魔物が出てくるようなところじゃねぇよな。ってことは、山賊か何かなのかと思ってな……」
シドがめずらしく難しい顔をしていた。
「う~ん……どうなんだろうね。でも困っている人がいるなら助けないとね」
「お前に聞いた俺が馬鹿だったわ……」
シドが天を仰いだ。
僕と並んで歩いているティナは、さっきから一言も喋っていなかった。
「ティナ、どうしたの?」
「なんでもないわ。ただ、あのおっさんの言ったことが少し気になるだけ」
「おっさんって……ギルドマスターだから……」
「麗しの奥様は、ことあるごとにギルマスがお前の背中をバンバン叩くのが気に入らないそうでございます」
「ちょ、シド! なんで言うのよ!!」
ティナが顔を真っ赤にして詰め寄った。
「あれは、ギルドマスターなりのやさしさだから。それにすごく痛いわけじゃないよ」
「やっぱり痛いんじゃない!」
「ライルさんはティナさんに愛されていますね~」
相変わらずクレアは楽しそうだ。
コルネ村は、街道からすぐのところにあった。
建物はどれも手入れが行き届いているのに、村の通りに人の姿がない。
窓はほとんどが閉め切られ、子供の声も、犬の鳴き声も聞こえなかった。
「街道沿いの村にしちゃ、静かすぎねぇか?」
シドが眉をひそめた。
僕たちは、まず村長に話を聞くことにした。
「これはこれは、わざわざありがとうございます。この村の村長をしているジルと申します」
出迎えてくれたのは、腰の曲がった小柄な老人だった。
「この村の状況を教えていただけますか?」
「はい。数カ月前、魔物が一匹あらわれましてな。迷い込んだだけだと思い、村の者で追い返したのですが……日に日に数が増えてきまして」
村長は神妙な面持ちで語り始めた。
「この辺りは普段から魔物が出るのかい?」
「いえ、この村は街道沿いですので、魔物なぞ滅多に出ません。それが今では、隊商も旅人も寄り付かず……」
村長は通りを見渡して、静かに首を振った。
「街の騎士団には何度も使いを出しました。ですが、良い返事はもらえず、村はずれの家畜にも被害が出ております。やっとあなた様たちに来ていただけて、本当に……」
声が少し詰まった。
僕たちは一通りの話を聞くと、拠点となる場所を村長に相談することにした。
「村長さん、この村に宿屋があったら紹介してほしいのですが」
「おぉ、そういうことでしたら、お貴族様に休んでいただくための屋敷がございます。少し前には視察にこられた騎士団長様もお泊りいただきました」
「いや、それは……」
断ろうとしたところで、ティナが割って入った。
「いいじゃない! おじいちゃん、そこに泊まるわ!」
案内されたのは、村の外れに建つ屋敷だった。
木と土壁の家が並ぶ中で、その家だけが切り出した石を積んだ二階建てで、鉄の門扉が鈍く輝いている。
庭は手入れされていて、玄関までは綺麗に石畳で舗装されていた。
まるで、ここだけが別世界のようだった。
「こりゃあすげぇな……」
「立派なお家ですね~」
クレアは屋敷を見上げてぽかんと口を開けていた。
「本当にお借りしてもいいのですか?」
「もちろん。ぜひ使ってくだされ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言った瞬間、ティナが真っ先に屋敷に駆けていった。
魔物の襲撃もなく、見回りをしたり村の人たちに聞き込みをしたりする日が続いた。
三日目の朝、クレアが不思議なものを持ってきた。
「ライルさん。見てください。凄くきれいな石を見つけたんです」
クレアが手にしていたのは、拳ほどの大きさの黒い球だった。
すべての光を吸い込むような黒。
表面には細かい文様が彫り込まれている。
僕が手を伸ばしかけたところで、横から伸びてきた手が球をさらっていった。
「……石、じゃなさそうだな」
そう言って、シドは球を手のひらで転がしながら、眉を寄せた。
「見た目よりも軽いな。それに、妙に冷てぇ」
「……ちょっと」
ティナが黒い球を覗き込んで、顔をしかめた。
そして、手を後ろに組んで半歩下がった。
「どうしたんです?」
クレアが不思議そうにティナに尋ねた。
「……なんでもないわ。それより、こんなものどこで見つけたの?」
「部屋のお掃除をしていたら床板がカタカタ鳴っていて、気になって外してみたら床下にこれが」
「前に泊まった人が落としちゃったのかな? とりあえず、村長さんに預けるのがよさそうだね」
「それじゃ、俺が行ってきてやるよ」
そう言うと、シドは球を布で無造作に包み、村長の所に行ってしまった。
今日は少し離れた場所にある丘から周りを見てみる予定だ。
僕たちは村の出口に向かいながらシドと合流した。
「村長さんは何か言ってた?」
「ああ、きっと騎士団長の忘れ物だろうってよ」
「届けてあげてよかったですね~」
小高い丘の上に到着した。後ろには村と街道、眼下には広大な森が広がっている。
その森から何かが走り出てきたが遠くてわからない。
「ゴブリンね。七匹いるわ」
「……あんな遠くのものよく見えるな」
シドが驚いていた。
確かに、ここからでは、まだ豆粒くらいにしか見えない。
「みんな、迎撃態勢! シドは周りを警戒。クレアは援護を。僕とティナで迎え撃つ」
ゴブリン程度なら僕たちでも余裕で対処できる。
飛び掛かってきたゴブリンを盾で受け止め、体勢が崩れたところを斬り伏せた。
身体を戻す反動で、もう一匹を盾で弾き飛ばす。
その間にティナは残りのゴブリンをすべて殴り倒していた。
「余裕ね!」
「また来るぜ!」
シドが警戒の声をあげた。
今度はコボルドも交じっているようだった。
しかもさっきより数が多い。
「ティナ! あまり無理しないようにね」
「あんたね……それは私のセ・リ・フよ!!」
そう言うと、ティナは魔物の群れに突っ込んでいった。
さっきよりも数が多かったはずなのに、一瞬で片づけてしまった。
「お二人さん。じゃれ合ってる場合じゃねぇぞ。まだ出てきやがる」
おかしい……あれだけ圧倒すれば普通の魔物は逃げていくはずだ。
だけど、次から次へと森から出てきている。
「くそ! キリがねぇな!」
シドの投げナイフが魔物の喉を貫いた。
ナイフを引き抜くと、そのまま戦線に加わる。
僕たちの背後にはあの村がある。
絶対に抜かれるわけにはいかない。
足元が、震えた。
低い音が近づいてくる。
地響きだ。
森が揺れ、鳥が一斉に飛び立った。
木々の間からにじみ出た黒いものが、みるみる膨れ上がる。
そして、一気に溢れ出した。
ゴブリン、コボルド。その頭越しに、ひときわ大きな影が見えた。
オークだ。さらに奥に、木をなぎ倒しながら進むオーガの姿。
十匹や二十匹なんてものじゃない。
桁が違う。
「おい……嘘だろ……」
「みんな! 逃げろ!」
僕は無我夢中で盾を構えていた——
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