第26話 罠
ティナは振り下ろされた石の拳を軽々と受け止めた。
続けざまに二撃、三撃。
ティナはそのすべてを片手で受け止めている。
「……まじか。少し見てみるか……」
「いや、ギデオンさん、止めてください! 壊されちゃいますよ!?」
「む……しょうがない。おい! 止まれ!」
ギデオンさんの声が響いた。
振りかぶった腕がぴたりと止まる。
石の人型は、何事もなかったように部屋の隅へ戻っていった。
「ちょっと! どういうことよ!?」
ティナが抗議の声を上げる。
「だから、勝手に入るなって言っただろうが」
「気配なんて全然なかったわよ!」
「そりゃそうだ。あいつは生き物じゃねぇからな。……しかし、こいつの攻撃を軽々と受け止めるとはな……もう少し強化しないとだめか……」
ギデオンさんは考え込んで独り言のように呟き始めた。
「いや……今のままで大丈夫だと思いますよ……」
「そうか?」
そう言うと、さっきの板と同じものを四枚取り出した。
「こいつはここの鍵だ。これを持っていないやつは侵入者とみなされて、さっきのようになる。しかも、持ち主の魔力を登録してある。盗まれても、本人以外が持ってりゃ襲われる」
「すげぇな……」
「はっは! 天才だからな。ほら、一人ずつ握って、魔力を流せ」
「えっと……僕とシドは魔法が使えないんですけど……」
「大丈夫だ。誰でも少しくらいは魔力を持っている。握って板に意識を集中しろ」
僕は言われた通りに板を握りしめて、意識を集中する。
僅かだけど、僕の手から板に何かが流れている感じがする。
文様がかすかに光った。
シドとクレアも、同じように登録を済ませた。
最後にティナが板を握った。
その途端、板が激しく光り、ばらばらに砕けた。
ギデオンさんが、片眉を上げた。
「……おい、魔力を込めすぎだ。お前、どんだけ魔力が多いんだよ。ほんの少し流す感じでやってみろ」
僕とシドは、思わず顔を見合わせた。
ギデオンさんは懐からもう一枚、板を取り出した。
「ご、ごめんなさい……」
ティナが目を逸らしながら謝る。
ギデオンさんはしばらくティナを見ていたけど、それ以上は何も言わなかった。
ティナが恐る恐る板を握った。
今度はうまくいったようだ。
ティナも安堵した表情をしていた。
「よし。じゃあ、俺は戻るからな。この隠れ家にあるものは自由に使ってかまわん。何かあったらギルドに来い」
「ありがとうございます」
ギデオンさんはそう言うと、ひらひらと手を振って出ていった。
それから五日間、僕たちは王都を歩き回り、黒い球や教会についての噂を集めた。
だけど、一向にめぼしい情報は得られなかった。
「なぁ、ライル。ここからは俺一人で動かせてくれ。四人で歩いてたら目立ってしかたねぇ」
「でも……一人で大丈夫なの?」
「ああ、この外套があれば大丈夫だろ」
「……わかった。ただ気をつけてよ。その外套が効かない人もいるみたいだからね」
「わかってるって。情報屋をなめんなよ」
そう言うと、外套を羽織って街に消えていった。
それから毎日、シドは一人で街へ出かけていった。
四日目の夕方、隠れ家に戻ってきたシドは、珍しく真剣な顔をしていた。
「……ちょっと面白ぇ話を拾ってきたぜ」
シドは椅子にどかっと腰を下ろした。
「東の外れにある、古い教会だ。最近、夜になると地下に人が出入りしてるらしい。しかも、そいつらが黒い球を抱えてるのを見たって奴がいる」
「黒い球を……!」
「ただな……」
シドは腕を組んだ。
「何日も何も出てこなかったのに、今日になって急に、あっちこっちで同じ話を聞いた。できすぎてる気がしねぇでもねぇ」
「罠……という可能性もあるのかな」
「わからねぇが、注意しとくに越したことはねぇな」
「かといって、このまま見過ごすわけにもいかないね。まずはギデオンさんに相談してみよう」
僕たちは魔術師ギルドに向かうことにした。
日が沈みかけた頃、魔術師ギルドに着いた。
昼間は本を読む魔術師たちで埋まっていた机も、今はがらんとしている。
カウンターでは、ピアさんが帳面を片付けていて、その横でギデオンさんが退屈そうに頬杖をついていた。
「あれ~? 皆さん、こんな時間にどうしたんすか?」
シドが聞いてきた話を、カウンター越しにギデオンさんへ伝える。
ギデオンさんは頬杖をやめ、最後まで黙って聞いていた。
そして、話が終わるなり、短く言い切った。
「罠だな」
「だよな……」
シドも相槌を打っている。
「でも何か手掛かりがあるかもしれないです。黒い球がそこで扱われているならほうっておけません」
「おいシド……こいつはいつもこんななのか?」
ギデオンさんは、僕を横目に見ながらシドに尋ねる。
「まぁ、大体こんな感じだな……」
シドはそう言ってため息をついた。
ティナも首を横に振っている。
「私はライルさんに賛成です!」
クレアがギデオンさんをまっすぐに見てそう言った。
「まったく、馬鹿ばっかりだな……しょうがねぇ。おいピア、お前も付いていってやれ」
「へ? 受付はどうするんすか? っていうかマスターが行けばいいじゃないっすか~」
「俺はやることがあるんだよ。受付はゴーレムにでもやらせとけ!」
「さぼりっすね~。しょうがないな~。カモン! ごーれむちゃん!」
ピアさんがそう言って杖を掲げると、飾りだと思っていた人形が動き出す。
隠れ家にいるゴーレムよりも二回りくらい小さかった。
「オハヨウゴザイマス」
ゴーレムはカウンターまでゆっくりと歩いてきて、おもむろに声を発した。
——口がないのにどこから声を出しているんだろう。
「クソマスターハ、イマハフザイデス。ズットカエッテコナイカモシレマセン」
「あ……リセットしとくの忘れたっす……」
ゴンッ!
デコピンじゃなくてゲンコツだった。
僕たちは夜になるのを待って、古い教会に忍び込んだ。
教会の中を調べたが、地下へ通じる道らしいものは見当たらなかった。
「……あれ?」
クレアが祭壇の前で足を止めた。
「祭壇が、女神様の真下からずれてます。教会の祭壇は、必ず女神様の正面に置くものなんです」
言われて見ると、床の石に弧を描くような擦れた跡がある。
何度も動かされた跡だ。
シドが祭壇に手をかけて押すと、重い音を立てて横に滑り、下から石の階段が現れた。
「……あっさり見つかりすぎだな」
シドが小さく呟いた。
階段の先は真っ暗で何も見えない。
「何も見えないっすね~。ちょっと待っててくださいっす」
ピアさんが杖を軽く振ると、小さな光の玉がふわふわと浮かんだ。
その光が僕の周りをくるくる回っている。
僕はみんなの顔を見て頷き、階段を降りていった。
階段を降り切ると、そこは長い通路だった。
壁に等間隔で埋め込まれた石が、緑がかった淡い光を放っていた。
ピアさんが杖を振ると、光の玉がすっと消えた。
「こりゃ、灯りは要らないっすね」
僕たちは、まっすぐに延びる通路を奥へと進んだ。
しばらく歩いたところで、後ろから、重い石が擦れる音がかすかに響いた。
振り向くと、緑がかった光の続く通路の先、降りてきた階段のあたりにだけ、白い月明かりが落ちていた。
その白い光が、細くなっていく。
月明かりは一本の線になり、そして、消えた。
ゴン——
「閉じ込められた!?」




