第25話 天才か変人か
「……ライル、帰りましょ」
そう言うとティナは僕の腕を掴んで出口に向かった。
「おい! 待て待て! この俺様を無視するな!」
ギデオンと名乗った男が抗議の声を上げた。
ティナとクレアがジト目で彼を見ている。
「へ、変人さんですか!?」
「ぷっ!」
クレアの言葉に、受付の少女が思わず吹き出す。
「かなりの変人っすよ~! だから友達いないの~」
「いるわ!」
——面白い二人だ……
「っと、馬鹿はこれくらいにして……」
ギデオンさんは急に真顔になり、紹介状の封蝋に目を落とした。
「おまえら、バルドの紹介だな。しかも個人的な頼みのようだ」
封を切って目を通すと、静かに目を閉じた。
「そうか……」
僕たちは自己紹介を済ませた。
「あの、うちのギルドマスターとはどういったお知り合いなんですか?」
「ん? ああ、昔のパーティーメンバーだ。ちなみにミレイユもだぞ」
「じゃあ、三人パーティーだったの?」
ティナが尋ねると、ギデオンさんの顔が曇った。
「……いや、四人だった……」
何か訊いてはいけない質問だったのだろうか。
空気が重くなった。
「あ、あの。パーティー名とかあったんですか?」
「ああ、紅蓮の剣だ」
「紅蓮の剣ってSランクパーティーじゃねぇか! まじかよ……」
「俺様がいたんだ。あたりまえだろ」
まさか、ギルドマスターとミレイユさんもSランク冒険者だったなんて……
「まぁた、マスターの自慢が始まった~」
「うるせぇ! 馬鹿は黙ってろ」
「馬鹿っていう方が馬鹿なんですぅ~! ば~か! ば~か!」
ベチン! ギデオンさんのデコピンが受付の少女に炸裂した。
「ぎゃ! 幼女虐待!!」
「幼女じゃねぇだろ! とりあえず、ピアは黙ってろ……」
——魔術師ギルドってみんなこんな感じなのかな……
「で、だ……お前ら、この街での拠点は決まったのか?」
「いえ、これからです。このあと、宿屋を探そうかと」
ギデオンさんは呆れた表情になった。
そして、声を落とす。
「あのなぁ、宿屋になんか泊まったら、相手に狙ってくださいって言っているようなもんだぞ。お前ら、馬鹿なのか?」
「あ~! また馬鹿って言っ——」
ベチン!
ピアさんはおでこを押さえてうずくまる。
「拠点はこっちで用意してやる。お前らは、まず街の地理を頭に入れてこい」
「わかったわ!!」
ティナがガッツポーズをしていた。
「おい……この子はどうしたんだ?」
「あ……気にしないでください……ちなみに、串焼き屋ってどこですか?」
「……は?」
ティナの足取りが軽い。
というか、めちゃくちゃ早足だ。
「ちょっと、あんたたち早くしなさいよ!」
ギデオンさんから串焼き屋の場所を聞いたティナは目的地へ一直線に向かっていた。
市場の一角に差しかかったところで、香ばしい匂いが漂ってきた。
ティナがそれに気づいて駆け出す。
そして、一軒の露店の前で立ち止まった。
店先で串を返している男の顔に、見覚えがある気がした。
——リンドルの店主にそっくりだ。
串焼きをギラギラした目で見つめるティナに、店主がちょっと引いている。
「い、いらっしゃい……」
「リンドルのお兄さんから紹介されて——」
僕は、店主に事情を説明する。
「そうかい! 兄貴の紹介か。嬉しいねぇ! せっかく来てくれたんだ、一本ずつサービスだ。食べてみてくれよ」
「ほんと!?」
ティナの勢いが止まらない。
僕も店主から串を受け取り、さっそく一口かじった。
甘辛いタレの味は、リンドルのものとまったく同じだった。
だけど、飲み込んだあとに、舌の奥がぴりっと熱くなる。
「……あれ? ちょっと辛い?」
「わかるかい? こっちじゃ香辛料が安く手に入るんでな。兄貴のとこより、少しだけ利かせてるんだ」
横を見ると、ティナはもう二本目に手を伸ばしていた。
「どっちもおいしいわ! リンドルのも好きだけど、こっちも好き!」
「二本目からはお代をもらうよ」
「全部で二十本ちょうだい!」
——結局、そうなるんだね……
ティナをなんとか串焼き屋から引き剥がした僕たちは、王都を回ることにした。
「どこで誰が見ているかわからない。しばらくは全員で動こう」
大通りは、入ってきた南門からまっすぐ城まで延びていた。
一本裏に入ると、道は急に細くなり、家と家の間を縫うように曲がりくねっている。
行き止まりも多かった。
——追われたら、大通りより裏道のほうが撒きやすい。でも、迷い込んだら逃げ場がないな……
僕は、角を曲がるたびに目印になりそうなものを探した。
井戸のある小さな広場。猫の看板を掲げた雑貨屋。魔術師ギルドの屋根にある、青い風見鶏。
「ライル、そういうのは俺にまかせとけ」
「え?」
「王都に入ってからずっとピリついてるじゃねぇか。それじゃ持たねぇぞ」
シドはそう言って僕の肩を叩いた。
張りつめていた肩から、ふっと力が抜けた。
一通り王都を回って魔術師ギルドに戻ると、ギデオンさんが受付のカウンターに頬杖をついて待っていた。
「遅ぇぞ」
「あ、マスターは、皆さんが中々帰ってこないから心配してたっすよ~」
「うるせぇ!」
ピアさんはギデオンさんのデコピンをシュッとかわす。
「へっへ~ん。そう何度もくら——」
ベチン!
「行くぞ! ピアは受付しとけよ」
ギデオンさんに連れられて、街の中を進む。
やがて、猫の看板がある雑貨屋の前で、ギデオンさんが足を止めた。
そして、その先の角を曲がった。
——たしかその先は行き止まりじゃなかったかな……
「ギデオンさん、そっちは行き止まりじゃ……」
「だろ? 見て驚け!」
ギデオンさんは突き当たりまで行くと、壁に手をかざした。
その途端、壁がゆがんで扉が現れた。
扉には赤い宝玉のようなものがはめ込まれていた。
懐から細かな文様が刻まれた小さな板を取り出し、宝玉にかざす。
すると、赤かった宝玉が青に変わった。
扉がゆっくりと奥に開いていく。
「すげぇな。どんな仕組みなんだ!?」
「ふっ、天才だからな」
「……早く入りましょ!」
「待て待て! 勝手に入るな!!」
さっさと中に入ろうとしたティナを、慌てて止めようとする。
止める声も聞かず、ティナは扉の中へ足を踏み入れた。
その瞬間、部屋の隅で何かが動いた。
石でできた人型が、音もなく立ち上がる。
僕の胸ほどの背丈しかないのに、腕は丸太のように太い。
胸の中心で、青い宝玉が光っていた。
石の腕が、ティナめがけて振り下ろされる。
「なによこれ!」




