第24話 天才魔術師
「いつ襲撃があってもおかしくない。警戒しながら進もう」
「わかったわ。ただ、これだけ人が多いとね……気配だけじゃ敵かどうかわからないわよ」
「たしかにな……ずいぶん賑やかな街道だ」
行き交う人の列が途切れることはなかった。
荷馬車を何台も連ねた隊商や乗合馬車が、土埃を上げながら進んでいく。
「少し街道から外れよう。ここで襲われたら、周りを巻き込んでしまう。それに僕たちも全力で戦えないからね」
僕たちは街道を離れ、脇の草地を歩き始めた。
「なぁ、あの婆さんの転移魔法で王都まで行けなかったのか?」
「基本的に、転移するには魔法陣が必要なのよ。だから、誰かが王都に行って魔法陣を描かない限り無理ね」
「万能じゃねぇんだな」
「そりゃそうよ」
「そういやぁ、お前の転移の腕輪は使えるようになったのか?」
ティナは手首の腕輪に軽く触れた。
「まだまだね。あと半年はかかるわ……」
それを聞いて、クレアが目を丸くした。
「そんなに貴重なものだったのに、私たちのために……」
そう言って、おろおろしている。
「そ、それはいいのよ! それだけ大事なことだったんだし……」
ティナの声がだんだん小さくなっていく。
その様子をほほえましく見ていると、わき腹を小突かれた。
「なにニヤニヤしてるのよ!」
「おまえら。少し緊張感ってものを……」
シドが言い切る前に、ティナが緊張した声を上げた。
「敵よ! かなりの数が来る!」
それと同時に、いくつもの風を切る音が聞こえてきた。
矢が雨のように降ってくる。
——今度こそ、絶対にみんなを守ってみせる!
そう心に強く思って、僕は盾を構える。
その瞬間、盾から銀色の膜のようなものが広がり、僕たちを覆った。
矢は膜に当たると勢いを失い、地面に落ちた。
「すごいじゃない!」
ティナが嬉しそうだった。
だけど、まだこれからだ。
第二波、第三波と矢が降ってくる。
そのたびに、銀色の膜は薄くなっていく気がした。
地面が震えた。
矢が飛んでくる方向から、騎馬が突撃してきた。
十や二十じゃなかった。
——このままだとまずい。
「ごめん! もう持たないかもしれない!」
「まかせて! 今度は私の番よ!」
そう言ったティナが僕の前に進み出る。
髪が揺れている。
ティナの両手から黒い炎が立ち上っていた。
それを前に突き出す。
黒い炎が迫っていた騎馬に襲い掛かる。
炎は騎士だけを呑み込み、声を上げる間もなく塵に変えた。
主を失った馬たちが、いななきを上げて逃げていった。
炎はその奥の森にも広がっていく。
まるで獲物を探す蛇のように、木々の間を縫いながら敵意のあるものを焼いていく。
やがて炎が消えると、静寂だけが残った。
「おいおい……」
「す、すごいです……私たちの出番なかったですね……」
◇◆◇◆◇
——少し離れた丘の上。
刺客たちが予定通り、襲撃を実行した。
百人近い兵力だ。あっという間に片が付くだろう。
私は、それを眺めているだけのはずだった。
冒険者は最初の矢を何らかの術で完璧に防いでいた。
そして……あの女はいったい何をしたのだ……
女から黒い炎が出たと思ったら、騎士団の奴らが一瞬で消えてしまった。
森に潜伏していた刺客も、一人残らず消えたようだった。
たった四人、いや……一人に百人近い精鋭が全滅させられた……
悪夢でも見ているようだった。
早くコンラッド様にお伝えせねば……
私は震える手で手綱を握り、馬を走らせた。
◇◆◇◆◇
なんとか無事に撃退できた。
ティナがいなかったら無理だっただろう……
僕は背筋に冷たいものを感じた。
すぐに、またあの規模の襲撃が来るとは考えにくいけど、用心するに越したことはない。
「しっかし、ライルもすごかったな。あれは何だったんだ?」
「僕もびっくりしたよ。盾の効果なんだろうけど……お義母さんにちゃんと訊いておけばよかったね」
「ライルなら大丈夫よ!」
ティナのその自信は何なのだろう……
何にせよ、不確かな力に頼ることはできない。
気を引き締めていかなくちゃ。
警戒しながら王都へと歩き続けた。
◇◆◇◆◇
——襲撃から数日後。宰相の部屋。
お終いだ……二度ならず三度も失敗してしまった。
監視者からその話を聞いたとき、私は耳を疑った。
一人の人間……それも女が、百人近い刺客を全滅させた。
しかも、今回は騎士団まで動かしているのだ……
申し開きなどできるはずもなく、私は宰相殿に監視者からの報告内容をそのまま伝えた。
「コンラッド殿、顔を上げてください」
平身低頭で跪く私に、宰相殿が声をかけた。
「誠に申し訳ございません……」
「いえ、これは予想外でした。報告にあった黒い炎……三百年前に我らを襲った魔族の記述と一致します……」
「魔族!?」
たしかに……コルネ村での大規模戦闘の跡、刺客の全滅……
「魔族がこの国に侵入しているとは……これは、教会の失態ですね……相手が魔族であれば戦い方を変えねばなりません」
宰相殿が思案顔になる。
そして、何かを思いついたようだった。
「ちょうどいい。あれを試してみますか……」
◇◆◇◆◇
その後、襲撃は一度もなかった。
それでも、僕たちは交代で見張りを立てながら、野営を続けた。
あれだけの数を失えば、すぐには手を出してこないだろう……そう思いたかった。
リンドルを発って十五日目の昼過ぎ。
丘を越えたところで、シドが足を止めた。
「おい、見えてきたぞ」
平原の先に、灰色の城壁が長く横たわっていた。
その向こうに、尖った屋根がいくつも重なっている。
一番奥で、城の塔が陽を受けていた。
エルデンハイムの城を見たあとだと、ずいぶんと小さく見える。
門の前には、荷馬車と人の列が続いていた。
街に入るための審査が行われているようだった。
半刻ほど並んで、ようやく門をくぐる。
石畳の大通りには、露店がぎっしりと並んでいた。
果物を山のように積んだ屋台に、鍋を叩いて客を呼ぶ金物屋。
呼び込みの声が、あちこちから飛んでくる。
「さすが王都だ。リンドルとは人の数が違うな」
シドはあたりを見回しながら、どこか楽しそうだった。
クレアが女性向けの小物を売っている露店を見つけた。
「ティナさん! あれ見てください! 可愛いですよ」
そう言って、ティナの手を引っ張って連れて行ってしまった。
クレアもなんだか嬉しそうだ。
しばらくして、二人が戻ってくるとティナが宣言した。
「まずは串焼き屋にいくわよ!」
「いや……ティナ。まずは魔術師ギルドに行かないと。次に宿を探して、串焼き屋はそのあとだね」
「なんですって!?」
ティナが絶望したように膝から崩れ落ちた。
——そこまでなの?
猛抗議するティナを何とか説得して、魔術師ギルドに向かった。
魔術師ギルドの扉を開ける。
冒険者ギルドと違って喧噪はなかった。
壁一面に魔導書などの本がぎっしり詰まっていた。
部屋は魔法の光に照らされて明るかった。
エルデンハイムの街の灯りに似ている気がした。
受付に座っている女の子に声を掛けた。
「すみません。ギルドマスターにお会いしたいのですが」
「はーい! いらっしゃいませ!」
弾むような声が、静かな部屋に響き渡った。
奥の机で本を読んでいた魔術師たちが、一斉にこちらを振り返る。
女の子は気にした様子もなく、ぴょんと椅子から飛び降りた。
頭の後ろで結んだ髪が、ぴょこんと揺れる。
「ギルドマスターですか? ご用件はなんでしょう!」
「リンドルの冒険者ギルドから、紹介状を預かってきました」
紹介状を差し出すと、女の子は封蝋を見て首をかしげた。
「こちらのギルドマスターに、それを見せればわかると言われました」
「わっかりました~! じゃあちょっと待っててくださいね~」
そう言うと、紹介状を胸に抱えて、奥の階段を駆け上がっていった。
ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。
「マスタ~! おっ客さんですよ~!」
大声と共に、ドンドンと扉を叩く音が聞こえる。
——ここから呼んでも聞こえたんじゃないかな……
「うるせぇ!」
バァンという扉を開ける音が響く。
しばらくすると、さっきの少女と一緒に、けだるそうな男が階段を下りてきた。
その男は、僕たちの前に来るとバサッとマントを翻した。
「よく来たな。俺が天才魔術師のギデオン様だ!!」




