第22話 旅立ちの前に
本話から第二部が始まります。
——王国のとある部屋。
王国騎士団長コンラッドは跪き、うつむいたまま声を絞り出した。
「刺客が全滅いたしました……」
王国の暗部を担う暗殺部隊の……それも精鋭中の精鋭が三十人。
冒険者どもを確実に葬り去り、オーブを回収できるはずだった。
だが、結果は全滅。
屈辱以外の何物でもなかった。
それよりも……それだけの戦力を動かしておきながら収穫はゼロ。
目の前にいる男の目を見ることができなかった。
「困りましたね……」
顔を上げた。
しかしその男は、大して困ったような表情をしていなかった。
冷たい視線で騎士団長を見下ろしている。
「次こそは必ず奴らを始末し、オーブを回収してみせます」
「できるのですか? ほかの方にお願いしてもよいのですが……」
「宰相殿! 次は刺客の数を二倍……いや、三倍にして事に当たらせますので、どうか今一度機会を!」
コンラッドはそう言って深く頭を下げた。
「いいでしょう。次こそはお願いしますよ」
宰相と呼ばれた男は、にやりと笑った。
◇◆◇◆◇
おばばの家で聞いたこと、これから王都に向かうことを義両親に伝えた。
二人とも、僕たちがそうするだろうとわかっていたみたいだ。
「渡したいものがあるから、あとで大広間に来るように」と言われた。
ちなみに、ティナはそのあと、お義母さんに捕まっていた。
僕たちはそれぞれ、出発の準備を整えて大広間に集まった。
すでに大広間には、義両親とオットーさんが待っていた。
お義父さんが頷くと、オットーさんはテーブルに掛けてある布を丁寧にめくる。
布の下にあったのは、畳まれた外套と、長い杖だった。
オットーさんは外套を畳んだまま両の掌に載せ、胸の高さに捧げ持った。
そのままシドの前まで進み出ると、深く一礼する。
「陛下からでございます」
灰色がかった、何の飾りもない外套だった。
裏地にだけ、細い銀糸で見慣れない文様が縫い込まれている。
「お、俺に!?」
シドは戸惑った様子で、お義父さんと僕を交互に見る。
「受け取るがよい」
そう言うと、お義父さんはシドに頷く。
僕も軽く頷いた。
「せっかくだから着てみなさいよ」
ティナが促した。
シドは、恐る恐る外套を羽織る。
その瞬間、シドが消えた……
「なんともないんだが……どういう効果があるんですかね?」
シドの声だけが聞こえた。
よく見ると、シドのいた場所に輪郭だけがぼんやり浮かんでいた。
「すごいね……シド、見えなくなってるよ」
「は? 何言ってんだ?」
「本当に見えなくなってます」
シドがそこにいるのに、気配も感じ取れなかった。
「こちらは、霧織りの外套と申します。ご覧のように相手から見つかりづらくなるほか、足音を消す効果もございます」
そう説明するオットーさんに気を取られていると、不意に肩を叩かれた。
振り返っても誰もいない。
「へぇ……こりゃすげぇや」
少し離れたところでシドの声だけが聞こえた。
たしかに、足音も聞こえなければ、気配も感じない。
ティナが急に後ろに向かって肘を突き出した。
「げほっ……おい!」
「あんたがいたずらしようとするからでしょ」
——ティナにはわかるみたいだ。
「一定の実力者には効果がありませんので、過信なさいませぬよう」
「早く言ってくれよ!」
シドが抗議の声を上げて外套を脱ぐ。
オットーさんが、テーブルの上の杖を両手で持ち上げた。
シャラン——と、音が大広間に響く。
白木の長い柄の先に、銀の輪がいくつも通されている。
輪の中心には、乳白色の宝玉がはめ込まれていた。
オットーさんは杖を捧げ持ったまま、クレアの前に進み出た。
クレアは杖から目を離さず、小さく息をのんだ。
クレアは杖に手を伸ばしかけて、止まった。
その腕には、聖典が抱えられたままだった。
杖と聖典を見比べて、眉を下げる。
「……貸しなさい」
ティナが、クレアの腕から聖典を抜き取った。
「あ……ありがとうございます、ティナさん」
クレアは両手で杖を受け取ると、石突きを床について立てた。
シャラン、と輪が鳴る。
「おお……」
誰からともなく声が漏れた。
杖を立てたクレアの姿に、大聖堂で見た女神像が重なった。
「こちらは、慈愛の錫杖と申します。女神セラフィーナ様の意匠を写した品にございます」
「女神様の……」
クレアは杖を抱きかかえるように持った。
「この杖には、術の魔力を数倍に高める効果がございます」
「へぇ……じゃあ、クレア。何か魔法を使ってみなさいよ」
ティナがそう言うと、クレアは初級の回復魔法を唱え始めた。
その途端、杖から柔らかな白い光が溢れ出す。
「わ、わ、わっ!」
クレアはびっくりして詠唱を止めてしまった。
杖から光が消えていく。
「……とんでもないわね、その杖」
「す、すごいです……ありがとうございます!」
「う、うむ。気にするでない」
なぜかお義父さんが気恥ずかしそうにしていた。
その様子を見て、お義母さんが一歩前へ出る。
「ライルさんにはこれを」
お義母さんが腕に抱えていた包みを解くと、中からカイトシールドと呼ばれる形の盾が現れた。
深い青の地に、銀の曲線文様が縁から縁まで流れている。
その中央に、翼を広げた一羽の鷺の紋章が彫られていた。
今までに見たどの紋章とも違う。
縁には細かな傷がいくつも残っていたけど、どれも丁寧に磨かれていた。
「私が昔使っていたものです。ティナをお願いしますね」
「はい!」
僕は強く頷いた。
次は私の番かと、ティナがそわそわしている。
「これから厳しいことが待ち受けているやもしれぬ。みな気を付け……」
「ちょっと待って! 私のは!?」
お義父さんの言葉をさえぎって、ティナが抗議の声を上げた。
お義母さんがため息をついて、ティナを見た。
「あなたは、すでに持っているでしょう……」
「けち!」
ティナはそっぽを向いてしまった。
「ごほん……みな気を付けるのだぞ」
僕たちはそれぞれお礼を言って城を後にした。
転移の魔法陣の前では、おばばが待っていた。
「準備はええかの」
おばばは僕たちの顔を一人ずつ見て、目を細めた。
「……気を付けて行くのじゃよ」
全員が魔法陣に入ったのを確かめて、おばばが短く呪文を唱えた。
視界がゆがみ、目の前が暗くなる。
目を開けたときには、見覚えのある森の中に立っていた。
◇◆◇◆◇
——ライルたちが旅立ったあと、魔王の居室。
ヴァルドリックは窓辺に立ち、街の外れのほうを見ていた。
「あなた。あの子たちに、私たちのことを伝えなくてよかったのですか?」
フレイヤの問いかけにも、ヴァルドリックは振り返らなかった。
「……まだ、そのときではない」
窓の外に目を向けたまま、ヴァルドリックは続けた。
「ティナとライル、その仲間たちを頼んだぞ」
部屋には二人しかいない。
それでも、返事は窓の上から降ってきた。
「御意」
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