↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫁が魔王の娘だった件 〜Dランク盾使いの僕ですが、ツンデレで世界最強の妻を一生守り抜くと決めました〜  作者: 神無月 奏
第一部 辺境編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/33

第19話 私が信じるもの

開け放たれた扉をくぐった。

色とりどりの光が差し込み、白い床を染めていた。

奥には長椅子が並んでいて、たくさんの人たちが午後の祈りを捧げていた。

祈りの声が天井でこだましている。

蜜蝋だろうか、少し甘い香りが漂っていた。


「すげぇな……」


シドが感嘆の声を上げた。


クレアは大聖堂に入った瞬間、言葉を失っていた。

天井を見上げ、あたりを見渡す。

そして、祭壇の上の一点を凝視したまま動かなくなった。


そこには、よく似た二体の女神像が並んでいた。

右の像は剣と盾を、左の像は錫杖を持っている。


「……女神様がなんでここに……」


クレアの視線は右の像に向いている。


祭壇の奥から、生成りの法衣を着た老人がゆっくりと歩いてきた。

法衣は洗い晒しで、裾が擦り切れて短くなっている。


「姫様。お城には顔を出されましたかな」


「……まだ。というか、なんでみんな知ってるの!?」


老人が困った顔になる。


「神の前では嘘はつけませんな……また姫様が無断転移されたので気を付けるように……と。姫様が立ち寄りそうな場所に回っておるようです」


「あいつら……! しかも、気を付けるようにってなによ!」


彼は、そう言うティナを横目に、クレアに視線を合わせた。


「これは珍しい……その神官服はアウレリアの……でしたかな?」


「……はい! あ、あの……なぜ、ここの女神像は二体あるのでしょうか」


「本来、女神様は双子なのです。右がアストレイヤ様、左がその姉君のセラフィーナ様です」


そう言って、一瞬、物憂げな表情をした。


「……え? 双子? 私が教えられたのは、アストレイヤ様だけで、唯一神だと……」


クレアは右の像と左の像を、何度も見比べていた。

僕から見たら、持っているものが違うくらいで、どちらも同じに見えてしまう……


「あ、そうだ。この人は大司祭のヨアヒム。教会の一番偉い人よ」


雑な紹介に、ヨアヒムと呼ばれた老人が苦笑していた。

ティナとは対照的に、クレアが緊張した様子でかしこまる。

ぎゅっと自分の神官服の裾を握りしめていた。


「だ、大司祭様!? 失礼いたしました!」


「いえいえ、そう固くならず。こちらの教会は、それほど身分に厳しくありませんので」


ヨアヒムさんはそう言って、柔らかい笑顔を見せる。

そして、またティナの方に向きなおった。


「姫様は、こちらに何か御用があったのでは?」


「そうね。クレアにこっちの聖典を見せてあげてほしいの」


「……なるほど。かしこまりました。ではどうぞこちらへ」


ヨアヒムさんは祭壇の脇に立つ木の台へ、クレアを促した。

台の上には、革表紙の厚い本が置かれていた。


「どうぞ。ここでは誰でも読めます」


クレアは、聖典に手を伸ばしたままためらっていた。


◇◆◇◆◇


ティナさんにこの国に連れてきてもらってから、びっくりの連続です。

見たこともない便利なもので溢れ、みんなが笑顔でした。

教会では魔族の国は暗く、瘴気が立ち込めていて、人は立ち入れないと教わりました。


王の家では、お腹をすかせている子が一人もいませんでした。

貴族でなくても勉強を教えてもらっていました。

——私たちの孤児院で同じことができるでしょうか。


魔族ってもっと怖いものだと思っていました。

だけど、私が見た人たちは全然違いました。


それに、あの食堂での祈りの言葉……

あれは、私が毎日唱えているものとほとんど同じでした。


今、私の目の前には魔族の聖典があります。

とても丁寧に扱われているのが一目でわかります。

これを開いてしまうと、今まで信じてきたものが嘘になってしまう気がしました。


ためらっていると、大司祭様が声を掛けてくださいました。


「大丈夫です。ここに何が書いてあっても、何を信じるのかはあなた次第です」


私は小さく頷くと、重い表紙をゆっくりと開きました。

目に入ってきたのは、見慣れた文字でした。

なぜ、魔族の聖典が人間の文字で書かれているのでしょうか……


最初の一行は、私が毎朝唱えている祈りの句でした。

一字も違いません。

次のページも、その次のページも同じでした。


手が止まったのは、女神様について書かれた箇所です。

私の持っている聖典にはこうあります。


『女神は一つなり。慈愛と勇気の女神アストレイヤ、剣と盾をもて弱き者を守りたり』


ですが、こちらには——


『女神は双(ふた)つなり。姉は慈愛の女神セラフィーナ、錫杖をもて傷つきし者を癒やしたり。妹は勇気の女神アストレイヤ、剣と盾をもて弱き者を守りたり』


大司祭様のおっしゃったとおりでした。

私が毎日祈ってきた「慈愛」は、お姉様のものだったのでしょうか。


ページをめくります。

そこから先は、また同じでした。

床に落ちていた色硝子の模様が、いつの間にか赤く長く伸びています。

祈りの声も、もう聞こえません。

それでも、手を止められませんでした。


「え……」


シルウェニアという国について書かれた箇所でした。

私の聖典では、こうです。


『シルウェニアに魔族あらわれ、国は一夜にして滅びたり。聖王国アウレリア、救いの兵を発すれども、間に合わず』


ですが——


『シルウェニアに叛(そむ)く者あり、国は二つに割れたり。エルデンハイムの王、救いの兵を発すれども、間に合わず。かくてシルウェニアは滅び、叛(そむ)きし者ら、南に下りて国を建て、これを聖王国と名づけたり』


聖王国。

私の国の名前です。

シルウェニアという国は魔族に滅ぼされたのではないのですか……魔族が救いの兵を送った?

反乱を起こした人たちがアウレリアを造った……?


もう訳がわかりません……

私が今まで教えられてきたことは何だったのでしょうか。

何を信じればいいのでしょうか。

なぜでしょう……涙が止まりません……


「クレア……大丈夫?」


ティナさんが声を掛けてくれました。

全然、大丈夫ではありません……

ティナさんが抱きしめてくれました。

だめです……


◇◆◇◆◇


「うわぁぁん!」


すでに陽が傾いていた大聖堂にクレアの泣き声だけが響いている。

抱きしめているティナも目に涙を浮かべていた。


「ごめんね、クレア。辛かったよね。でも、ちゃんと知っておいてほしかったの……」


「わ、私は……何を、信じだら……いいのでしょうか……」


その様子を見ていたヨアヒムさんが二人にそっと声を掛けた。


「聖典も所詮は誰かが書いたものです。途中で書き換えられているかもしれません。ですので、鵜呑みにする必要はありません」


二人は静かにヨアヒムさんへ視線を向けた。


「真実を知っている方から聞くのが一番かと。幸い、私はその方を知っております」


真実を知っている人。

——なぜだろう……僕の頭の中で「ひっひっひ」という笑い声が響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここまで読ませて頂きました。 普段あまり感想を書くことがないので上手く伝えられないのですが、とても丁寧に書かれていて、情景が自然と思い浮かびました。 読んでいて、こちらも背筋が伸びるような気持ちになり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。