第18話 エルデンハイムへようこそ
「ねぇ、クレア。シドも」
「なんだよ。俺はおまけか?」
「二人に相談があるの」
翌朝、同じ部屋に集まっていた。
昨日よりも空気が軽くなっている。
朝方、納屋の山賊が騒いでいたけど、ティナが黙らせたみたいだ。
——「恐怖を植え付けてやったわ!」って言ってたけど、それじゃ魔族じゃなくて悪魔だよ……
「どうしたんですか?」
「私の故郷を見に来てほしいの」
「おい……ティナの故郷って……」
「行きたいです!」
二つ返事で答えたクレアにシドが確認する。
「クレア、ティナの故郷は魔族の国だぞ? わかってんのか?」
「あ……」
クレアが口元を両手で押さえる。
目が泳いでいた。
クレアはティナのことは受け入れてくれたけど、魔族すべてを受け入れてくれたわけではない。
それはわかっているんだけど……
「昨日、クレアが私のことを受け入れてくれて、凄く嬉しかった。だから、クレアには私たちの国も見てほしいの。……あ、シドにもね」
シドは肩をすくめた。
「ティナさんたちの国……ですか」
「うん。私たちの暮らしや、そこに暮らしている人たちを見てもらいたいの」
クレアはまだ迷っているようだった。
「僕も一度行ったことがあって、人間の僕をみんな温かく迎えてくれたんだ。だから僕からもお願いするよ」
「わ、わかりました……行きます!」
クレアは小さく息を吸って、はっきりとした口調で答えた。
ティナは嬉しそうだ。
僕はシドの顔を見る。
「わぁったよ。行けばいいんだろ」
「えっと……それで、ティナさんの故郷にはいつ行きます?」
「今から!」
「え?」
「おいおい……」
僕は苦笑していた。
——ティナらしい。
僕たちは急いで出発の準備をした。
山賊たちは、たまたま街道を通りがかった巡回の兵士に預けた。
押し付けられた兵士たちは困惑していたが……しょうがない。
「それじゃ、みんな手をつないで」
全員で手をつないで輪を作った。
「じゃあ、いくわね」
そう言うとティナの腕輪が光り出す。
光が一気に強くなり、視界が真っ白になった。
次の瞬間……懐かしい景色が目に飛び込んできた。
「え、えぇぇぇ!」
「おい! 説明くらいしてからやれよ!」
シドが抗議の声を上げていた。
ティナが軽く舌を出した。
——可愛い。
ティナの後ろには、綺麗に舗装された道が続いていて、白く美しい橋が架かっていた。
少し先には整然とした街並みが広がり、そのさらに奥に城が見える。
以前、ここに来たときには余裕がなかったけど、こうして見ると本当に美しかった。
「ふたりともようこそ! ここがエルデンハイムよ!」
クレアはまだぽかんとしていた。
信じられないといったようにあたりを見渡している。
「しっかし、便利なもの持ってるんだな。それがあればいつでも帰れるじゃねぇか」
ティナの腕輪を見て、シドが感心したように言う。
「一度使ってしまうと魔力を溜めないといけないから、本当に必要なときにしか使えないの」
「お前の魔力なら、すぐなんじゃねぇの?」
「一日に込められる魔力の量が決まっているの。それ以上やると壊れるわ。ほんと……すぐ壊れるのよ」
そう言って軽く腕輪に触れた。
壊したことがあるんだね……
そうこうしていると、橋の向こうから五人の兵士が走ってきた。
全員が抜き身の剣を持っていて、かなり緊迫した様子だ。
その様子を見たクレアが身構えながらシドの後ろに隠れていた。
兵士たちは僕たちが視界に入ると、力が抜けたように走るのをやめた。
「転移してきた者がいると聞いて、慌てて駆けつけましたが……まさか、姫様でしたか……」
兵士たちは剣を鞘に納めると、揃って肩を落とした。
「……ひ、姫様!?」
シドの背中から、クレアが顔だけ出していた。
「ガレン様に何と報告すればよいのか……」
兵士の一人が困ったような顔で言った。
「私が来たって言えばいいじゃない」
「本当によろしいんですね? また姫様が無断転移をしたとお伝えしても……」
軽く言ったティナに対し、兵士は念を押す。
——あ、ティナが目を逸らした。
「やっぱりだめ! と、とりあえず私たちは、行くところがあるの! 城にはあとで帰るからよろしく!」
ティナは早口でそう言うと、兵士たちを追い返してしまった。
兵士たちは、やれやれといった様子で来た道を引き返していった。
「お城……姫様……ティナさんってお姫様だったんですか!?」
「う、うん」
ティナが気まずそうにしている。
そりゃあ、魔族だって打ち明けられた後にお姫様だもんね。
驚かないわけがないよね。
「すごいです! じゃあ、私はお姫様のお友達なんですね~!」
「「「え?」」」
クレアが目をキラキラさせてティナを見ていた。
——さすがクレアだね。
「あははははっ!」
ティナが涙を浮かべて笑っている。
こんなティナを見るのは久しぶりかもしれない。
「ティナさんがお姫様ということは……ライルさんは王子様なんですか!?」
「ぶっ! ライルが王子様……」
シドが吹き出した。
ティナは笑い転げている。
「いや……僕はただのお婿さんだよ……」
クレアはがっかりしていた。
——いったい何に期待していたんだろう……
「あ~おなか痛い……それじゃ行きましょ! クレアを連れていきたいところがあるの」
そう言うと、ティナはクレアの手を握って歩き出した。
こうして見ると、本当の姉妹みたいだった。
「それじゃ俺たちも行くか。……王子様どうぞこちらへ」
シドがおどけてエスコートしようとする。
「やめてよ……」
しばらく歩くと街の入口に着いた。
僕が来たときよりも活気に溢れているようだった。
たくさんの店が通りに並び、さまざまな人たちが行き交っている。
八百屋の店主だろう。
角の生えたおじさんに、人間の女性が値段交渉をしている。
酒場の前のテーブルでは、ドワーフたちがジョッキをぶつけ合っている。
獣人の女性と人間の男性が手をつないで歩いていた。
クレアは足を止めて、その様子を食い入るように見つめていた。
「クレア、どうしたの?」
突然足を止めたクレアをティナが振り返った。
「すごいです……」
ティナが首を傾げた。
「私……魔族の国って、もっと暗くて、怖いところだと思っていました」
通りの向こうで、獣人の子供が笑い声をあげて走っていく。
「……でも、みんな、笑っています」
「でしょ! でも、まだこれだけじゃないのよ! 行きましょ!」
ティナはまたクレアの手を引いて歩き始めた。
「なんだありゃ! 勝手に水が出るのか!?」
シドが水道を見て驚いた。
僕は、シドに水道のことや街灯のことなどを説明してあげた。
——シドが知らないことを知っている。それがちょっと嬉しかった。
街の通りを抜けて、ひとつの大きな建物の前で足を止めた。
綺麗に整えられた生垣で囲われた敷地の中に、石造りの真っ白な建物が建っている。
庭では、たくさんの子供たちが楽しそうに遊んでいた。
「ティナさん、ここは?」
「王の家。人間でいうところの孤児院みたいなところよ」
「王……の家?」
クレアが不思議そうに尋ねた。
その様子を見てティナが続ける。
「病気や事故なんかで親を亡くした子たちのための施設よ。でも、私たちはこの子たちを孤児とは呼ばないの」
「え?」
「親を亡くした子は、この国では王の子になるの。だから王の家。お父様はここの子たちの名前を全部覚えているわ」
ティナが誇らしげに言う。
「後見人ってやつか。しかし、王が後見人になるなんて、すげぇな」
「……」
クレアは何か考えているのか、子供たちの方を見たまま口を開かなかった。
その子供たちがティナの存在に気付いた。
「ひめさまだ~」
「ひめさま~」
一斉に子供たちがティナのもとへ駆け寄ってきた。
ティナはその子供たち一人ひとりの頭を撫でる。
「あんたたち、少し大きくなったんじゃない?」
子供たちは嬉しそうにティナを囲んでいた。
「これこれ……そんなにはしゃいではいけませんよ」
エプロンで手を拭きながら、魔族の女性がゆっくりと歩いてきた。
口調そのままの、おっとりとした人だ。
「マーサ、ただいま!」
「おかえりなさい、姫様。また無断で転移なさったみたいですね」
「あいつら~」
ティナが拳を握りしめている。
その様子を見た子供たちが口々に騒ぎ立てた。
「ひめさまが怒った~」
「ひめさまが怖い顔してる!」
ティナはバツの悪そうな顔をしていた。
さすがの彼女も子供には勝てないみたいだ。
「そうだ、姫様。もうすぐお昼ですので、みなさんとご一緒にいかがですか?」
「いいわね! じゃあご馳走になろうかしら」
そう言うと、子供たちを引き連れて建物の中に入っていく。
僕たちもあとに続いた。
——驚いた。
床は綺麗に磨かれ、真っ白な壁が光を反射していた。
天窓からは光が差し込んでいて、室内なのにとても明るい。
ひび割れた箇所など皆無で、しっかりと手入れされていることが一目でわかった。
「お掃除は子供たちがしているんですよ。みな進んでやってくれるんです」
驚く僕たちを見て、マーサさんが嬉しそうに言った。
ごみひとつ落ちていない廊下を進んで食堂に入る。
食堂にはすでに子供たちがトレーを持って列を作っていた。
その中に、ティナもまじっている。
子供たちは落ち着いて順番を待っているのに、ティナのほうがソワソワしていた。
僕たちも列に並んだ。
驚いたことに、配膳も子供たちが行っていた。
列が進むと、僕のトレーにパンが配られる。
そして、次に肉のたっぷり入ったシチューが配られた。
それを見たクレアが隣にいた子供に尋ねる。
「ここでは毎日、お肉が出るのですか?」
「はい! お肉も、お魚も出ますよ。とっても美味しいんですよ」
「そうですか……」
クレアは、また考え込んでしまった。
全員が席に着くと、子供たちが一斉に手を合わせた。
短い祈りの言葉が、食堂に揃って響く。
クレアも一緒に祈っている。
祈り終えた後、はっとしてティナの顔を見た。
ティナは何も言わずにクレアに微笑み返しただけだった。
「午後は勉強の時間なのよ! 少し見ていかない?」
食事が終わると、ティナがクレアに声を掛けた。
「お勉強の時間があるんですか!? 見てみたいです」
「じゃあ、行きましょ!」
教室では、子供たちが机に向かっていた。
角のある子と人間の子が、同じ石板を覗き込んでいる。
年上の子が、年下の子に何かを教えていた。
「あの先生もここで育った子なのよ」
ティナが誇らしげに言った。
クレアは教室を見たまま、何も言わなかった。
「じゃあ、次はこっち!」
施設を後にした僕たちは次の場所に向かっていた。
ティナの目が生き生きしている。
街の外れに着くと、そこにはひときわ高い建物があった。
白い石を積んだ壁が空に向かって細くなり、その先端に鐘が吊るされている。
壁には美しい色硝子の窓が並び、午後の光を受けて足元の石畳に模様を落としていた。
クレアが信じられないといった表情で足を止めた。
「ティナさん……これ……」
「クレアに一番見せたかったのは、ここよ」
——大聖堂だった。




