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白馬の王子さま

 カイは指示通り王宮の裏門に立っていた。


「セリナ様と来た時は正門からだったな。」


 外套を弄ってあの封筒を取り出した。


「……あった。」


 封筒の裏には黄色の蝋。


 正門と同様にはためく国旗は蝋の模様と一緒だ。


 カイは大きくため息をついた。


 ここまで来たら確かめる他ない。


 だらしなく居眠りをしている門兵に向かって歩く。


――あの時も思ったが……国の中枢だろう。大丈夫か。これで。


 どれだけ近寄っても起きる気配のない兵士に、カイはまた手の封筒を目にした。


「これで本当にミナとリクは解放されるのか?」


 セリナの手前信じると口にしたが、王子の存在が胡散臭くて仕方ない。


 でも確認をしないと次に進めないのも事実だ。


 カイはまた大きくため息をついて兵士に声をかける。


「あの、兵隊さん。もしもーし起きてください。兵隊さん?」


 兵士はいびきをかき続ける。


――コイツよく門兵の癖に、寝ていられるな……薬でも盛られてんのか?リクなら殴るだろうな。やるか?


 ふと握りしめた拳を見つめた。


「……いや、駄目だ。悪手でしかない……」


――次は俺が牢に繋がれる。


 思い直して拳を開いて、仕方なく兵士の体を揺すった。


 揺すられてふと目が開きかけたが、また夢の中へ戻ろうとする兵士。


 そのだらしなさに辟易としながらカイはまた揺する。


「そろそろ起きてもらえません?」


 カイの声に兵士がやっと大きな欠伸を上げる。


「ふぁああ。うるせぇな。なんだ一体?あれ?俺なんで……?」


 仕事を放棄して眠ってたとは思えない発言に、カイは顔を顰めながら封筒を差し出した。


「……ルミエールの遣いのものです。」


 差し出された封筒を渋々見る兵士。その黄色の封蝋を目にして、眉間に皺を寄せた。


「……アウレリオン殿下か。あの人は何度も、何度も。」


 カイは首を掻く。


――反応を見るに……やっぱり碌でもないな。あの王子。


 兵士は封筒の中を確認した。


 便箋の内容を読むほど、兵士は首を傾げ顔を渋める。


 カイは兵士と一緒に首を傾げた。


 暫くそのままでいると、兵士が眉間を押さえて空を仰いだ。


 カイも首を戻した。


 兵士はまた封蝋と便箋を確認した。


 そしてまた首を傾げた。


 その様子にまたカイも首を傾げる。


 流石に兵士も気づいたようだ。


「うわっ!」


 やっと正面から此方を見た。


 カイは穏やかに微笑む。


「そろそろ宜しいですか?此方も暇ではない。」


 兵士は頬を軽く染めつつ、上擦りながら口を開いた。


「待っ待ってくれ!なんだこの内容は?」


 困惑する声にカイは首を摩る。


「内容と言われても……まさか、その書簡が偽物だとでも?」


 その言葉に兵士は慌てる。


「いや!鑑定士でもないが、アウレリオン殿下の書簡だと分かる!」


 そして兵士は肩を落とした。


「正門も裏門も大体警備にまわったら、真っ先にアウレリオン殿下の書簡で苦しむ。何度も見た字だ。」


 思わず口が開いた。


「……不憫だな。」


 兵士の目が潤んだ。


――慰める気はねぇぞ。


「それよりルミエールの侍従を引き渡して貰えると聞いて、ここまで来たんです。そろそろ……ね?」


 カイの言葉にまた兵士はオロオロし始めた。


「知らん!知らんのだ!だからそんな引き渡しが出来るはずもないだろう?」


 嘘をついている様子はない。


「……なるほど。」


――あの王子。いや、落ち着け……


 一息ついて引き下がることにした。


 カイは裏門とは反対に向かって歩き出す。


 門から離れて足を止めた。


「さて戻ってセリナ様の知恵を借りようか。」


――なんか無駄に遠回りした気がする。


 ふと顔を上げた。


 強い風が吹く。


 ヒヒィィーン!!


 嘶く声とともに激しい蹄の音に本能的に後退る。


 目の前で前足が振り下ろされて息が止まった。


 足踏みを数度重ね馬が立つ。


 その背で影が動いた。


「下手に動くと危ないぞ?わざとギリギリで調整したんだから。」


 その声は聞き覚えがある。


 馬の手綱を持ちながら片手を差し出される。その手にカイはまた一歩後退った。


「え〜と?あっそうだ!黒曜石!」


 その呼び方にカイの眉間に皺が寄る。


「あはは!合ってた!よかった〜わざわざ戻ってきて。」


 理解できずにいると、アウルは更に身を乗り出した。


「一緒に来い!」


 カイは心底迷惑そうに目を細めた。


「……いえ、所用がありまして。」


 後ろで先程の兵士がざわつき始めている。


 アウルの存在に気づいたようだ。


――さっさっと連れ戻せ。


 厄介な存在をこのままやり過ごそうとした。そんなカイを見透かすようにアウルは微笑む。


「良いのか?宝石たちは囚われのままだぞ?」


 瞬発的に手が伸びた。


 すかさず手を引かれカイは馬上に上がる。


 その瞬間路地裏から太陽を反射する光が見えた。


 矢尻だ。


「……危ない。」


――狙われている。


 その言葉にアウルは手綱を引いた。


 馬が反り立ち、その前足を高らかに上げて嘶く。


 浮遊する体に逆らうようにカイはアウルの背を掴みしがみついた。


 そのまま馬は走り出す。


 異質な光が逸れ、矢は放たれなかった。


 だが馬が駆けると同時に、射手も駆け出した。


 また矢尻を此方に合わせ馬上で構えている。


 振り落とされないようにカイはアウルの腰に手を回してその矢を食い入るように見る。


 いつ飛んできてもおかしくはない。


 頭の中で義兄妹やセリナの顔がパッと浮かんで消えた。


――今は死ねない!


「まだ狙ってる!どうすんだ!」


 蹄の音に負けないように腹の底から声を張り上げた。


「え〜黒曜石がダラダラ、うだうだしてるから追いつかれたんじゃん。私が聞きたいくらいだ。」


 その発言が心底腹が立った。


「一国の王子が白昼堂々狙撃に遭ってるなんて……誰が思うか!」


 自分がこんなに大声を出せることに驚いた。


「大丈夫!また撒いてやるさ!私は王国一の騎手だ!」

 

 アウルは得意気だ。


「誰が信用するか!詐欺師!」


 そう叫んだ後で違和感を覚え、目線を下げた。


 レンガでできた階段を馬が駆け上がっていた。


――おい。待て。待て。待て!何考えてやがる?


 背中を汗が伝った。この後起こることを瞬時に察してしまう自分が嫌になる。


 カイは顔を上げて叫ぶ。


「頭イカれてんのか?!馬鹿王子ぃー!」


 その瞬間体が跳ねて上空に軽く放り出された。


 腰を掴む手に力が入る。途端に今度は重力に引っ張られ馬の背に引き戻された。


 カイは体勢を立て直しながら後ろを見た。


 弓使いがまさかの動きに対応できず体勢を崩したようだ。


 それはただの偶然に過ぎない。


 体勢を崩し弓を引く手が緩んだ。


――まずい!来る!


 誤射だ。まっすぐ飛べば頭を射抜かれる。


 カイはアウルの肩を掴み、一緒に体を逸らした。


 一瞬だった。放たれた矢が僅かに耳を掠めて通り過ぎた。


 耳に残る熱を感じながら体勢を起こす。


「落馬したいの〜?急に引っ張るのやめてくれる?」


 心臓が跳ねる音も、湧き上がる苛立ちも全て煩わしい。


「俺は俺の大事な者のためなら死ねる……」


 アウルが片耳に手を添える。


「えっなんて?」


 舌打ちを一つして大きく叫んだ。


「お前なんぞと心中なんて、糞喰らえだ!」


 アウルは笑う。


「えっ?なんかさ。さっきから酷くない?」


 後ろを見るとまた弓を構えて此方に狙いを定めている。


 その後方にも顔を隠した刺客が連なっているようだ。


「一体どれだけいんだよ?」


 カイはアウルの肩を掴んだ。


「王国一なんだろ!?さっさと撒きやがれ!この愚図が!」


 愚図と言われたことが気に食わなかったようだ。アウルが手綱を持ち直した。


「私が愚図……言ってくれたね?じゃあ見せてあげるよ!」


 馬は速度を上げる。


 カイは歯を食いしばった。


 刺客から距離を引き離していく。


――王国一か。まぁこんな暴れ馬の手綱握ってるだけでも認めるべきか。にしても、荒過ぎるだろ?


 視界が駆け巡る中、それはほんの瞬きの合間に見えた。町民の中に混じる灰青色。


――ジャン。


 音が遠のいた。


――今更……もう解放してくれ。


 ハッと息を吐き出す。少しずつ音が戻る。 


 早鐘を打つ心臓の音がけたたましく耳元で鳴る。


 ガクンと上体が前に引っ張られる。


 馬の速度が緩やかに落ちていくと思った途端に、横に重心が触れる。


「うわっ!」


 馬は方向を変えて路地裏に入った。


 なんとかしがみついたところに、急にアウルが動いた。


 腰にまわったカイの手を上から力強く握り、手綱を手放した。


――嘘だろ?


 そのまま片足をあげるアウルによって、カイの体も引っ張られる。


 路上に叩きつけられる――そう覚悟した瞬間、身体が布の山へ沈み込んだ。


 仕立て屋の裏口脇に積まれていた布束だった。


 麻布が裂け、染料の匂いが鼻を刺して顔を顰めた。


 アウルが離さないため抱えるような姿勢で転がる。だが勢いを殺しきれず木枠へ肩をぶつけ、鈍い痛みが走った。


 音に驚いたのか馬は二人を置いて勢いをつけ走りぬけて行ってしまった。


 音が遠のく。


 再び騒音が通り抜けた。刺客が横を突っ切って追いかけて行ったようだ。


 アウルの手が離れる。


 カイの顔の両側に手をついてアウルが高笑いを上げながら上体を起こした。


 太陽の光を浴びて眩く白金の髪が揺れる。


 一頻り笑ったアウルは得意気に見下ろしてくる。


「王国一だって言っただろう?」


 そしてパッと両手を広げた。


「ほらな!私は無傷だ!」


 肩が軋んだが、カイはその額に向かって掌を伸ばした。


「えっ?」


 アウルの困惑も気にせず力一杯掴む。


「誰のおかげだ……こっちはてめぇのせいで死にかけたんだぞ?ふざけんな!」


 アウルがカイの手を掴んで叩く。


「待て待て!ちょっ痛い!痛い!」


 舌打ちをついて手を離した。


 アウルは自分の額を撫でながら「助けてやったろ〜?」とぼやく。


――殴れば良かったな。いや待て……こいつはこれでも王子だ。


 苛立ちは収まらないが諦めてカイは微笑んだ。


「……では王子様、そろそろ退いてくれません?」


 アウルは尚も額を気にして動かない。


「痛〜い。絶対赤くなってるぞ?どうしてくれるんだ。私の顔は国宝なんだぞ?」


 カイは微笑んだままもう一度口を開いた。


「さっさと肥溜めに帰れって言ってんだよ。汚ねぇな。」


 口をついて出てしまった。


 これには流石に反応するアウル。


「忘れてそうだから、教えてやるが……王子だぞ?」


 頰が引きつく。


――自分で言うな……


 そんな中、足音が近づいた。


 カイはアウルの肩を掴み起き上がろうとするも、全身が軋んでまた布の上に沈んだ。


「……くっそ……」


 まともに動けずカイは苛立ちを溢す。


 足音の主が口を開いた。


「ちょっと、ちょっと、困るよ。何してんのあんたたち。」


 その声にカイは安堵した。刺客ではないらしい。


――それは俺が一番聞きたい。


 アウルは笑う。


「すまん。すまん。今退くさ。」


 アウルが離れた。カイはゆっくり布の山から身を起こす。


 ふらつきながらも立ち上がった。


 店主は不満気だ。店主の服装を見るに、平民向けの店のようだ。


 外套の中に手を伸ばし、目当てのそれを取り出した。


 カイは店主に向かってそれを指で飛ばした。


 店主はパンッと手を叩く。


 だがその手に収まらず爪で弾かれてまた宙を舞う。


 また音を立てて両手を叩く。今度はちゃんと収まったようだ。


 両手を開いた店主が歓喜の声を上げる。


「銀貨だ!」


 カイは穏やかに口を開く。


「迷惑をかけて申し訳ない。迷惑ついでに我々のことは忘れていただきたい。」


 店主は大きく首を縦に振る。


「ああそうだ。あと小汚い売れ残りで良い。外套を用意して貰いたい。顔が隠れるフード付きで、丈は長めのものが良い。頼みますよ。」


 カイの要求に店主は銀貨を握りしめ店に走った。


「誰が着るんだ?」


 アウルの問いに苛立ちながらカイは向き合った。


 アウルを足元から頭の先まで見る。


 流石にゴテゴテにした指輪は外し、服も黒の目立たない色を選んだようだ。だが平民に紛れるには仕立てが良すぎる。


 そのうえ白金髪に紫の瞳。


「目立ちすぎ……ます。」


 アウルは頬を掻きながら、目を逸らす。


「照れるじゃないか……」


 その反応に背筋がゾワッとした。


「照れるな気持ち悪い。」


 そうして店主が外套を手に戻ってきた。


 言った通りちょうど良いくたびれ具合の外套だ。


「では着てください。」


 カイがその外套を摘んでアウルに差し出す。


「嫌だ。」


 カイは眉を吊り上げる。


「はっ?」


 アウルはカイを指差す。


「交換しよう。」


 カイは首を傾げる。


「その小汚いのを着るくらいなら、お前の外套の方が良い。交換してくれ。」


 カイは呆れて小さく笑った。


 そして手の外套をアウルに向かって投げた。


「うわぁ?!」


 頭の上から落ちた外套にアウルが騒ぐ。


 気にせずカイは店主に「ありがとう。もう一度言うが我々のことは?」と問う。


 店主は上擦りながら答える。


「忘れます!はい!綺麗さっぱり!」


 カイは満足気に微笑んだ。


 店主は慌てて店に戻っていく。


 横ではアウルがぶつくさ文句を垂れながら袖を通していた。


「着たぞ。」


 見ると前を開けっぴろげにしている。


 カイはフードに手をかけ深く被せ、前を閉める。


「ちょっと待ってくれ。そんな……私の美しい顔を隠すなんて。ああ!!」


 アウルは酷く辛そうに項垂れた。


 思わずその頭を叩いた。


「黙って隠せ。脳内花畑王子……さま。」


 アウルは叩かれた頭を抑えて戸惑う。叩かれたのは初めてのようだ。


 腐っても王子なのだろう。


――これ以上巻き込まれてたまるか。


 カイはまた大きく舌打ちをした。

 

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