宝石を添える恋文
「殿下は何をお考えか?!」
セルジュは何度も瞬きを繰り返しながら鼻を膨らませる。
「セルジュ〜。深・呼・吸。」
アウルは軽く手を振る。
苛立ちながらもセルジュは鼻から大きく息を吸い、口からゆっくり吐き出した。
アウルはその様子を静かに見つめる。
――三つで足りるか。
セルジュの瞬きが僅かに減る。
「はい。もういっか〜い。」
文句を言いたげだが、セルジュは同様に繰り返す。
先程より呼吸は深い。瞬きの間隔も少し伸びた。
「はい。もういっか〜い。」
アウルが悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。
「何回させるつもりか?!」
我慢できずセルジュは鼻を膨らませて怒る。
「あはは!セルジュ!せっかく落ち着いたのに、鼻がまた大きくなるぞ?」
アウルの言葉にセルジュは鼻を隠す様に軽く覆う。
「誰のせいですか!だ・れ・の!」
ワナワナと声を震わすセルジュの姿に声を上げて笑った。
鼻息を荒くしながらもセルジュは続ける。
「そんなことより、何故ルミエールの申し出を蹴ったのですか?」
セルジュの声は真剣だ。
「ノクティス殿下の派閥が活気付いている今。あれは申し分ない話でした。ルミエールは男爵家といえど、かなり有力な貴族とも親交がある。最近ではヴァレンティアまで……なのに!殿下ときたら!」
アウルの表情は変わらない。
――ノクティスを慕ってではないだろう。それにルミエールは……
「……あれはハッタリだよ。」
ストン、と。アウルの言葉が部屋に落ちた。
セルジュは目を瞬く。
「実に商人らしい豪胆さ。さすがルミエールの令嬢だよ。自分たちの価値をチラつかせて、私の反応を見ていたんだな。」
アウルの顔から笑顔が剥がれ落ちた。
「王位に興味がないと――分かっての提案だ。」
興味がないという言葉に、セルジュは大きく肩を落とした。
「……そんな、殿下。貴方様ほど相応しい方はおりません。」
落胆を滲ませつつも、いつもの様に嗜める。
「心配するな。私が居なくとも……ノクティスが居るだろう?」
その言葉にセルジュは大きく首を振る。
「ノクティス殿下に王の器はございません!」
アウルがすかさず口を出す。
「それを決めるのはお前ではない。」
セルジュは口を噤んだ。
長い沈黙の後、セルジュが問う。
「セリナ嬢の件どうするおつもりで?」
セルジュの目は窓の外に向いた。
「王宮内で今回の件は噂程度ですが出回ってます。ノクティス殿下の宮の一角や地下牢で、拘束中の民間人が居るのは確かです。」
アウルの視線も窓へ移る。
「ですが所詮は平民。どうしようが、ノクティス殿下の罪にはなり得ません。そして困った事に、快く解放する様な方ではございませんぞ。それをなんの利も無しに、安請け合いをして。」
アウルは軽く頷いた。
「だろうな。寛容さなんて持ち合わせて無い。」
セルジュは口をポカンと開けてアウルを見やる。だがアウルの視界に入りもしなかった。
――利がなければ、解放なんてしないだろう。私が持っている価値のないモノの中で、ノクティスが欲しがるモノ……か。
アウルの目がぱっと輝いてセルジュを見た。セルジュの肩が僅かに跳ねる。
――あるじゃないか。喜べノクティス。この兄がピッタリのモノを用意してやろう……
「……良いことを思いついたぞ!セルジュ!」
その顔にセルジュは一抹の不安を覚えた。
「……良いこととは?」
おずおずとセルジュが問いかける。
「内緒〜。だがノクティスは必ず私の話に喰らいつくさ。父上にもそろそろ諦めて貰わないとなぁ。」
その愉しげな姿を、不安気にセルジュは見つめた。
その不安を逆撫でるように扉は叩かれた。音が響く。
「入って〜。」
アウルが促すと一人の侍女が入った。恭しく礼をとる。
皺一つない真っ黒な衣。胸元のパイナップルリリーを模したブローチが目を引く。
「女官長……」セルジュは軽く呟きアウルを見る。
不安が沸々と怒りに変わっていくようだ。
「いつもいつも!コソコソと!一体、私の預かり知らぬところで何をなさっておいでか?」
セルジュの苛立ちを無視してアウルは笑う。
「リディナと逢引〜。邪魔をしないでくれ。」
その軽口にセルジュは開いた口が塞がらない。
リディナはくすくすと笑いながら否定する。
「こんなおばさん相手に何を仰います。」
そしてリディナは部屋の中へ歩を進め、セルジュを静かに見下ろした。
表情は穏やかだが圧倒されるものがあった。
「セルジュ様。確かに相談事がありよくアウル様の下を訪れますが、それだけにございます。心配する様な危険はありません。あってもわたくしがお守りします。」
リディナはブローチに軽く手を添える。
「この王宮筆頭女官リディナにお任せ下さいな。」
そのパイナップルリリーが見せた虚像だろうか。
一瞬、リディナの顔に別人の面影が重なって見えて、アウルは顔を背けた。
それを横目にセルジュは扉に向かって歩き出した。まだ納得はしていない様子だが、陛下の覚えも愛たい女官長相手に詰め寄っても仕方ないと悟ったのだろう。
「仕方ありますまい。老骨は退散すると致しましょう。」
セルジュは溜息混じりに部屋を後にした。
その背が消えるのを待ってリディナがアウルを見た。
「セルジュ様には、ああ申しましたが……アウル様のお考え以上に事は深刻です。この際、セルジュ様にもお伝えすべきでは?」
諌めるような声。
気にする素振りもなく、アウルは首を振る。
「却下だね。セルジュに伝えたら最後……私を王にしようと躍起になるじゃないか。」と煩わしそうに答えた。
だが「成れば宜しい。」と間髪を入れずに返される。
その言葉にアウルは目を細めた。
「それはあの人のためか?」
リディナの顔が一瞬固まった。
返答に困ったのだろう。眉を僅かに垂れながら、重たい口を開いた。
「王妃様もそれをお望みだとは思いますが……今の発言は私の一存でございます。」
アウルは鼻で笑う。
「はっ、どうだか……」
そしてブローチを睨む。
「……未だにそれを手放さないくせに。」
責めるような言動がリディナに刺さる。
瞳が少し潤んだように見えた。
先程と同じように、リディナはそっとブローチに手を添えた。
「……これは私の誇りで戒めでございます。」
アウルの視線が逸れた。
「わたくしを信用できずとも宜しい。ですがあの方の代わりに、お二人を守るのがわたくしの使命でございます。」
アウルは窓の外を眺める。
外には夕日が差し込んでいた。
リディナは続ける。
「アウル様。此方を。」
リディナは上着の内ポケットから、ハンカチを取り出した。
何が出てくるのかアウルには分かっていた。
だから見る必要もなかった。
その行動がリディナには現実逃避に見えたのかもしれない。
「もうこれ以上――庇いきれません。」
ハンカチの上に露わになった小瓶を見つめ、リディナは冷淡に告げる。
それでもアウルは表情を崩さない。
「いや、今後も庇ってもらわないと。ノクティスを王にしないと……困るんだ。私が。」
リディナは大きくため息をつく。
それを無視して続ける。
「私は暫く王宮を離れる。いつ戻るかは分からない。だからリディナ。後のことは任せるよ。」
リディナは手の中の小瓶を握りしめた。
「いけません。こんな状況下で王宮を離れるなんて。」
そして小瓶を持つ手を前に差し出した。
「アウル様が居なければ、余計に歯止めが効かなくなってしまいます。」
その切実な訴えを無視して、アウルは机に向かって歩く。小さな机の上にインクと硝子ペンが並んでいた。
「居たところで止まらないよ。それに私が居るせいで歯止めが効かないんじゃないか?だから邪魔者が消えてやるのさ。そしたら馬鹿なこともやめるだろう?」
リディナは首を振るが、アウルは気にせず机の中の紙と便箋を取り出す。
インクの蓋を外し硝子ペンを浸す。
紙に試し書きをして、便箋に書き連ねる。
「……それは?」
リディナは眉を顰める。
「恋文さ。宝石を送り返そうと思ってな。」
リディナは訝しげに硝子ペンが走るのを眺めた。
そして書き終えた便箋をリディナに向かってアウルは掲げる。
「……リディナ。ルミエールの本邸に届く様に手配してくれ。」
リディナは眉をピクリと動かした。
「なぜ?今ルミエールが?」
アウルは微笑みながら立ち上がり歩き出した。
「あと父上とノクティスを円卓に呼んでくれ。今すぐ二人と話がしたいんだ。」
リディナは手渡された便箋を受け取る。
「何を為さるおつもりです?」
アウルは無邪気に笑う。
「何って夢の冒険の第一歩さ。」
リディナは小瓶を仕舞い、便箋を軽く確認して顔を上げた。
「……これは?」
アウルはリディナの背後に立ち、その肩を軽く掴んで扉に向かって促した。
リディナは軽く引き摺られるように扉に向かって歩き出す。
「王宮筆頭なのに知らないのか。そこまで噂は届いてないんだな〜。……というより皆お前の耳に入らないようにしてるのか。」
リディナは何か言いたげだが扉を開けて、アウルはその背を軽く押した。
「大丈夫。私が丸く収めよう。リディナは手配するだけで良い。」
それだけ告げて扉を閉めた。
寝台に上がり枕の下のボロボロの本を手に取り抱えた。
「楽しみだな〜。セヴラン。」
天蓋を仰ぎ見てアウルは笑った。
本邸のセリナの部屋にカイは居た。
「セリナ様。何のご用でしょう?」
セリナに部屋に呼ばれることはよくある事だが、本邸ということもあり周りの反応が気になる。
特にマルグリットと男爵の視線が痛い。セリナが恋人宣言してから、やたらと目の敵にされているのだ。
カイは部屋の扉を見つめる。
今もそこで聞き耳を立てているのは明白だ。
「アウレリオン殿下から書簡が届いたわ。」
セリナは気にせず要件を話し始めた。
カイは首を傾げる。
「……内容は?」
セリナは机の上に便箋を広げて、胸を抱えるように腕を組む。
「要するに、明日の明朝。二人を解放する手筈が整ったから、迎えに来いですって。」
――幾ら何でも早すぎる。
カイは首を摩りながら便箋を睨む。
「……うふふ。信じてない顔ね。」
セリナは笑う。
「当たり前でしょう。」
カイの言葉にセリナは立ち上がり近寄る。
その両手に頬を挟んで鼻を擦り寄せるセリナ。それだけでカイの視線が和らいだ。
「私を信じると言ったのは誰かしら?」
カイの眉がピクリと動いた。
「……俺。」
渋々答える姿にセリナが微笑む。
「私を信じて良かったわね?」
セリナの手が離れる。
「……」
カイは黙ったまま。
まだミナとリクの無事は確認できていない。良かったと断言するにはまだ早いのだ。
「カイ。貴方が迎えに行きなさい。」
セリナはそう言って、便箋で隠れていた封筒を手に取る。
「内々に済ませようとも記されていたから、貴方が迎えに出向けば良いわ。封筒の中にもう一封入っていたから、門兵にそれを渡せば話は通るはずよ。ああそれと、正門ではなく裏門へと指示もあったわ。」
その封筒を差し出した。
カイは封筒を手に取る。
――宝石たちをセリナ嬢の手に返すことは訳ない。相手がノクティスなら何とかなる。――
アウルの言葉を思い出して首を摩った。
「……まぁ行くしかないか。」
小さく呟いて、カイは扉に向かう。
「承りました。セリナ様。」
扉を開ける前に、今度はセリナに向かって一声かけた。
取手を握り引くとカイはすぐさま傍に下がった。部屋に雪崩れ込むように、男爵とマルグリットが倒れ込む。
「おっ重い!マルグリット!退いてくれ!」
男爵の言葉にマルグリットは顔を真っ赤にして怒る。
「なんだい!婆さん一人も抱えれんのかい?情けない!それでもルミエールの当主かいな!?」
男爵は言い返すこともできず床に突っ伏している。
それを眺めているカイにマルグリットが気づいた。
立ち上がってその足を男爵の背に力強く乗せる。
足元から「ウッ!」と呻き声が上がるが気にしない。
マルグリットはカイの鼻を摘み上げ睨む。
「あんた何もしてないだろうね?」
カイは痛みに顔を顰めながらため息を吐いた。
「……扉越しに聞いてたでしょう?」




