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愚者の遊戯盤に、誘われて

 カイとセリナは馬車の中にいた。


 セリナはいつもの服ではなくドレスを召している。質の良い、深い農緑の落ち着いたドレスだ。胸元には黒曜石のネックレスが目を引く。


 一瞬ネックレスを見てからカイはセリナを見た。


「王子との面会が翌日に叶うなんて……男爵様はすごい方なのですね。」


 それに対してセリナは「違うわ。」とピシャリと否定した。


 カイはセリナを見る。


「そもそも王子と会うのは、屑石の選別以上に容易だわ。」


 容易という言葉にカイは眉間を軽く摘む。


「……いや、あの。一応王子ですよね?」


「ええそうよ。」セリナは頷く。


「普通一国の王子ともなれば、複雑な手続きや根回しが必要だと思うのですが……」


 カイの言葉にセリナは胸を軽く持ち上げ腕を組む。


「もう済んでるじゃない?お父様が書簡を送ったでしょ?」


――いやいやいや、簡易すぎるだろ。


 納得がいかない表情のカイにセリナは続ける。


「社交界のデビュタントでは、全ての令嬢が必ず洗礼として第一王子から求婚されるわ。」


 続け様にぶっ飛んだ話を聞かされカイは固まる。


「……洗礼扱いで求婚て……」


 思わず困惑が漏れる。


「あの王子、初対面の令嬢に必ずするのよ。でも貴族の業ね。それを上手く躱すことが、うら若き乙女の通過儀礼になってしまったのよ。迷惑この上ないわ。」


 セリナはわざとらしくため息をつく。


「貴族の業……歪み過ぎてませんか?」


 理解が追いつかないカイを眺めつつセリナは続ける。


「この間は自分の宮に物乞いを招いて、自分の半生を語らせたそうよ。」


 セリナは徐に立ち上がりカイの横に座る。


「社交界では、とんでもないうつけ王子として有名だわ。」


 セリナの足がカイの膝に乗るが、気に留めていられない。


「いやうつけどころじゃないでしょう……王宮の警備ゆるゆる過ぎませんか?そんな王子あてになります?」


 カイは抑えきれずに不安を吐露した。


――こっちは兄妹の命がかかってんだぞ?


 カイの珍しい姿にセリナはにんまり微笑んだ。


「王宮は国の中枢であり、王が座すセントラル・パレス。そして誰も会うことが叶わぬ社交界の華、王妃のノーザン・パレス。そして第一王子のイースタン・パレス。第二王子のウェスタン・パレス。それら四つの宮があるのよ。」


 カイは首を傾げながら問う。


「なぜ今、宮の話を?」


 セリナは穏やかに続ける。


「立太子した王子がその宮を与えられるのだけど。第一王子は立太子してないにも関わらず、東の宮を与えられたわ。通例から考えても第一王子が最も王位に近いと内外に示している。」


 カイはため息をついた。


「それは単純に。先に産まれたか、後に産まれたかという話ではないのですか?」


「ええ違うわ。陛下は確実に第一王子に期待を寄せているわ。ただのうつけではないのよ。あの宮が、何よりの証拠だわ。」


 セリナの笑顔を見ながらカイは軽く拳を握った。


「……曖昧な上に不安視せざるを得ない情報ばかり。」


 セリナは自信気に胸を張る。


「まぁ会ってみたら分かるわ。私の見る目を信じなさい。」


 カイは窓の外を見た。


 遠くに白い宮殿が見える。


――第一王子か……あんた一体どっちだ?


 この先の出会いが幸か不幸か――まだ分かるはずもない。




 セリナの話通りイースタン・パレスには驚くほど容易に円滑に通された。


 カイは呆れ顔で「一国の王子……ですよね?」と囁いた。


――なんの調べもなく、ここまで来れてしまったが……


 セリナは平然と案内役の侍従の背をついていく。


「……言ったでしょう?屑石の選別以下なのよ。」


 カイは考えることをやめ後に続いた。


 通された部屋の前にズレた眼鏡を直す老人が一人。


――小さい。


 見下ろすほどの背丈の老人が軽い会釈で、さらに小さく見える。


 その会釈にセリナは淑女の礼をとり、カイも合わせた。


「アウレリオン・デ・エルセリオン殿下がお待ちです。さあ、中へ。」


 そう言って老人は部屋の戸を開けすぐ「ひゃぁ?!」と声を上げた。


 目の前に座る白金髪の男が頬杖をつきながらこちらを見ていた。


「アウル殿下!殺す気ですか!爺の心臓が縮まりましたぞ!」


 老人は拳を震わせながら叫ぶ。


「大袈裟だなぁ。セルジュ。気が早ってつい。許せ。」と笑うアウル。


 金の刺繍入りダブレット、上から軽く羽織った淡い色のマントをしている。少し明るめの革靴は金の装飾もあり華やかだ。


 そして極め付けは両手にジャラジャラとついた指輪。


 カイは一瞬だけ顔を顰めた。


――ダメだ。コイツは。


「それよりセルジュ。早くお客人を迎えたい。」


 そう言ってアウルは軽くセルジュの両脇を持ち上げ脇にどかした。


 セルジュは足をバタバタして「キー!!殿下ぁあ!!」と抵抗するが意図も簡単に運ばれた。


 セリナと向き合ったアウルは足先から頭のテッペンまで確認する。


 露骨に見るが悪意を感じない。


 子供のように無邪気な姿にカイは目を細めた。


――ミナもこんなだったな。


 アウルは次の瞬間満面の笑みで両手を広げた。


 セリナとカイはその姿に首を傾げる。


「思い出したぞ!セリナ嬢!すまない。名前だけだとピンと来なくて。」


 王族とは思えない言動だがセリナは動じない。


「……思い出していただけて光栄ですわ。」


 だがアウルは止まらない。胸に両手をそれぞれ半円となる様にして見せる。


「いつ見ても素晴らしいものを持っているな!それで思い出した!」


――色ボケどころじゃねぇだろ。この……


 カイは顔が轢きつるのを感じながら、その先を飲み込んだ。今はこんなでも頼る他ないのだ。


 セルジュは鼻を膨らませながら背伸びする。


「殿下!何度言えば!王子としての品位を保ちなさい!」


 セルジュの言葉を無視して、椅子を引きずり部屋の中へアウルは軽やかに歩く。


 中は大きな天蓋付きの寝台があるだけの部屋だった。


――寝室?……舐めすぎだろ。


 寝台に向くように椅子を置き、アウルは一人分には広すぎる寝台に寝転がり伸びをする。


「アウル殿下。あなたと言う人は、爺は…爺は……」


 ここまでくるとセルジュも諦めたようだ。


 アウルは気にせず「セリナ嬢いつまでそうしているつもりだ?時間は有限だろう?」と言って椅子へ掌を向ける。


 セリナはゆっくり椅子に腰掛けた。


 その斜め後ろにカイは移動する。


「本日は急な話にも関わらず、この場を設けて下さりありがとうございますわ。」


 礼の一つもないセリナに、気にも留めないアウルを眺めながらカイは立つ。


 急にアウルが首を振った。


「ああ、そういうつまらない話は要らない。もっと面白い話をしてくれ。」


 セリナの顔は見えない。


 表情は変わらないだろうが、きっと苛立っているはずだ。


「……面白ければ宜しいのね?では殿下。クロー伯爵をご存知です?」


 その問いにセルジュがアウルに囁く。


「孤児や貧民だけに留まらず、自身の妻にまで手をかけた世紀の殺人鬼ですな。ついこの間失脚したでしょう?」


 パチンッと指を鳴らすアウル。


「ああ!あのクローか!かの妻は社交界で菫の君と持て囃された美人だったそうじゃないか……いやぁ叶うなら会ってみたかったなぁ。」


 アウルは笑顔でセリナを見る。


「で、それがどうした?」


 セリナは穏やかに口を開く。


「私の宝石箱に手をつけたので懲らしめたのですわ。」


 アウルの澄んだ紫の瞳が大きく見開いた。


「宝石箱?」


 セリナは微笑む。


「ええ。そして今度はノクティス殿下まで。私の宝石たちに手をつけたみたいで困っておりましたの。まあ手を出したのはうちの宝石が先のようですが……」

 

 アウルは身を乗り出す。


「宝石とは?」


 セリナはスッとカイの前に掌を差し出した。


 セリナはこちらを見ない。


 カイは戸惑いながらもその掌に手を添えた。


 途端に手を引かれ、よろけて前傾になる。


 それを待っていたようにセリナの掌がカイの頬を引き寄せた。


 セリナの柔らかな頬にピッタリと頬が合わさり、カイは一瞬息をとめる。


「私の宝石箱の1つで、1番のお気に入りですの。」


 アウルの目が初めてカイを映した。


 カイはセリナの手が緩むのを待って、その手から離れ姿勢を正した。


「……確かに見目が良い。」


 アウルの言葉にセリナは笑う。


「確かに彼はそうですわね。でも見目だけで私の宝石箱には入れませんわ。」


 アウルは体を起こす。


「それはなんの宝石だい?」


 カイを指差すアウル。


「――私の黒曜石ですわ。」


 その言葉にアウルはセリナの胸元のネックレスを見る。


「お気に入りなのに、黒曜石なのだな?」

 

 セリナは堂々と語る。


「私の宝石箱に入る宝石の価値を決めるのは私ですわ。」


 アウルは笑い出す。


「人を宝石として所有するのか!面白い!」


 一頻り笑うとアウルはセリナに問う。


「なるほどなんの目的できたのかと思ったが……さしずめノクティスから宝石を取り返したいのだろう?」


 セリナは両手を合わせる。


「ええ殿下。ご協力頂けるのであれば、"ルミエール"が殿下をお支えしますわ。」


 カイはセリナを見た。


――セリナ様それはまずい。


 セルジュが一歩前に出た。その目に期待の色が浮かぶ。


 カイは僅かに唇を噛んだ。自分に発言権はない。


 ルミエールは中立だ。派閥争いでは、第二王子が僅かに優勢な今、この申し出は願ってもないことだろう。


 だが家督を継いでもいないセリナが、簡単に第一王子派にルミエールを属す権限はない。


 セリナの堂々とした姿勢は変わらない。


「……結構だ。」


 静かに部屋に響く凛とした声。


 静まり返る中でカイは思わずアウルを見た。


 先程までと同一人物か疑わしくなるほど芯のある声だった。


 視界の端でセルジュが分かりやすく肩を落とし言葉を失っている。


 セリナは「まあ。困りましたわ。他に差し上げられるものがルミエールには御座いません。」と笑う。


 アウルは「久々に笑った。それで充分だ。」と返す。


 セリナは立ち上がり、今度は恭しく礼をとる。


 そして背筋を伸ばす。


「ですが殿下。商人が貸を作ったままとはいきません。このセリナ・ルミエール、必ずお返ししますわ。何かあれば……お申し付けください。」とセリナは告げた。


 わざと間を開けたセリナをカイは見た。


――そうは言っても内容次第だろう?商人はそういうところ世知辛いからな。


 セリナは軽く礼をする。


「これ以上殿下のお時間を頂戴する訳にはいきませんわ。」


 その言葉にアウルが歩き出した。


「宝石たちをセリナ嬢の手に返すことは訳ない。相手がノクティスなら何とかなる。」


 セリナは微笑む。


「まあ、なんと頼もしい。では殿下の采配にお任せしますわ。」


 カイは一息吐いた。そして天井を軽く仰いで向き直した。


 気づけば覗き込むようにアウルが目の前に立っている。


「黒曜石か……」


 カイの顔を観察しながら少し思案する。


「何故だ?」


 カイは答えられず肩を窄めて見せた。


「内緒ですわ。」と言ってセリナが笑う。


 アウルは「内緒ね。」と呟きながらカイを見つめた。


 カイは穏やかに微笑んで見せた。


――この王子……嫌いなタイプだ。




 帰りの馬車の中で堰を切ったようにカイが告げる。


「見る目が落ちたのでは?」


 隣に座るセリナが不敵に笑う。


「良いじゃない。あれでも第一王子なのよ?何か手があるようだし、少し様子を見ましょう。」


 カイは首を掻きながらため息を溢す。


「肝心の方法は知らされず、口約束でしかないのが気がかりです。ミナは様子見でも良いが、リクの生死は不安定な状況です。」


 カイの瞳が窓の外に移る。


「いっそあの警備の緩さだ。忍び込んで……」


 唇を人差し指で押されカイは黙る。


「今のところ柘榴くんも問題ないわ。前にも話した通り殺すならとっくに殺してるわ。」


 セリナは穏やかに告げ指を離した。


「……それから。いつからセリナ様はルミエールの当主になったので?」


 カイは首を傾げた。


「あの王子、王位に全く興味がないのよ。」

 

 セリナは悪びれることなく続ける。

 

「だからルミエールが入って派閥が大きくなることは好まない。でも本人を突いてみないと実際のところは分からないじゃない?だから試したくなったのよ。」


 カイは眉を顰める。


――試したいからって、普通家紋を賭けるか?


 ふと酔い潰れた男爵の姿を思い出した。


「セリナ様の予想が外れてたらと思うと同情しますよ。男爵様がまた頭を抱えて項垂れるのが目に浮かびます。」


 セリナは笑う。


「その時はその時よ。それにこれでコネクションはできたことだし、殿下がだめでも他にやりようはあるわ。」


 カイは座席の背にもたれる。


「……王子は信じられない。」


 セリナは困ったようにカイを覗き込む。


 その翠の瞳を見つめ返す。


 以前もセリナの力でミナを守り、伯爵を堕とすことができた。


――実際問題。こちらから手を出すより、王子の手で解決できるのであれば願ってもない……か。


 カイは一息ついてから重たい口を開いた。

 

「俺はセリナ様を信じますよ。」


 そしてすぐ窓の外へ視線が移った。

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