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藪をつつく厄介者

 朝食も昼食の席も二人はさっさと出て行ってしまった。


「本当に愛想がない監査官だ……」と言いかけて口を噤んだ。押しかけた身で文句は言えない。


 ただでさえ屋敷の使用人から、迷惑な客人として認識されている。今しがたも声をかけただけで食い気味な反応だった。アウルは茶を一杯所望しただけに戸惑っていた。


——過剰すぎて息が詰まる……さすがに寝台を並べさせたのはやりすぎだったかもしれない。余興代わりのつもりが、三人で寝たのも失敗だったし。


 周囲を見回すと先ほどの使用人がこちらを凝視していた。


——王宮でもここまでは見ないぞ。


 ふとカイのことを思い出した。


 朝は普通だったが、昼に顔を合わせた時は目も合わさなかった。何か考え込んでいる様子で食事もそこそこにまたどこかへ行ってしまった。

 

「私を無視するとは、なんと不敬な。」


「はっ!申し訳ございません!」


 大きな声に驚き、見ると使用人が首を垂れていた。


「いや、そなたたちではない。もう下がってくれて構わない。」


 その言葉に嬉々として使用人は出ていった。


——嫌われたものだな。

 

 アウルは腕を組んだ。


 自由すぎる言動に白い目で見られることもあったが、王子として敬られ育った。だからこそカイの態度は新鮮だった。


——王子である私に意見をする者は少ない。


 部屋の隅を見ながら、これまでのことを思い返し吹き出した。さすがに額を掴まれたり、背を蹴られたりしたのははじめてだった。


 仕切りに笑ってからアウルは深呼吸を一つした。

 

「でも、そろそろガツンと言ってやらねばなるまい。面白いから放置していたが……暴力はいけない。」


 そうしてカイを探しに歩き出した。

 王宮と比べたら可愛いものだが、広い屋敷の中をどこへ行ったのか。手当たり次第、扉を開けてみたがカイの姿はなかった。


 途中レオンが執事に何か指示をして困らせていたが見なかったことにした。


 アウルはため息混じりに「困った奴だ。」と溢した。 


 そうこうしていると奥の部屋の扉が開いた。


 カイだ。


 額を押さえ小さく息を吐きながらこちらへ歩いて来る。


「……カィ……」


 声をかけようとしてやめた。


 アウルを視界に捉えたカイは表情一つ変えず視線を逸らした。まるで存在しないように、何事もなく素通りして行ってしまう。


 アウルは黙ってカイのいた部屋を覗き込んだ。


 夥しい数の書類が目に入った。


 王宮へ戻らないと決めた時、カイはレオンの元へ行くと言い出した。兄妹の件もあってルミエールに戻りたいだろうに、何か目的があると察していた。


 監査官であるレオンが用意したであろう書類の内容は想像に難くない。


——国の暗部にお前は関係ないだろうに。


 アウルはまた歩き出した。


「揃いも揃って、困った奴らだ。」




 王宮内に潜入するのは、拍子抜けするほど簡単だった。


 だが問題は潜入ではなく目的遂行にある。


 ナナは壁にもたれかかった。


——弱み、弱み……どこ探せば良いのよ?単純に王宮内探しても、2人の王子に繋がる弱みが出て来るとも限らないじゃない!リリも居ないのに!


 ナナは頭を抱えた。


 ただでさえ王宮は宮が四つに分かれて広大だ。王妃が篭る宮は必要がないにしても、残り三つの宮の情報を一人で集めるのは骨が折れる。王宮内に協力者も居ない。


 状況は困難だ。


 いつもならセリナが根回しや策を用意するのだが、今回は弱みを探せとアバウトな命令だ。カイの行方や安否を優先して考えている辺り、こちらは自力でなんとかしろということなのだろう。


——セリナ様ったら!カイ!カイ!カイ!で肝心なときに頼りにならないんだから!


 アウルが諸悪の根源だと知った途端、ナナは王宮へ放り出されてしまった。


 いつものように冷静に対処し命令をしているようで、内心はかなり狼狽えているのだろう。それほどセリナらしくない任務だ。


 かといって何の情報も得ず帰ることを許すような甘い人間でもない。


——セリナ様はナナと一緒で、愛に生きる女だからなぁ。気持ちは分からなくもないけどさ〜。


 ナナは悩みながら周囲を見渡した。

 

 今いるのはセントラル・パレスだ。ちょうど二人の王子の宮が見える。


 迷った末にナナは、ノクティスのいるウェスタン・パレスへ行くことにした。


 ナナは笑みをこぼしながら歩き始めた。


 王宮の侍女を装ったまま、牢のリクに接触したら怪しまれかねない。だが現時点での生存確認は必要だろう。


——キャハッそれにミナも居るんだった!ナナってば、すっかり忘れてた!あの子に聞いた方が早いじゃない!


 リクが問題を起こした現場を目撃した人間がいた。セリナに雇われた荷運びの従業員だ。


 その報告によるとミナはノクティスに見初められ、ウェスタン・パレスに連れて行かれたらしい。


 事実であれば二人のうちの一人の弱みを掴めるかもしれない。


——カイの自称妹なんでしょ。弱みの1つや2つ訳ないわよね?


 ウェスタン・パレスについてすぐ調理場に入った。前を通り過ぎるとき侍女たちが揉めてることに気づいて入ったのだ。


「どうされました?」


 ナナの問いに侍女たちは「ん?見ない顔ね?」と首を傾げた。


「本日から配属になりました。」


「ああ、そう……」


 侍女たちが顔を見合わせた。


「ちょうどいいわ!貴方代わりに給仕に行ってらっしゃい!」


「まだ配属されたばかりで宮内のことが分かりません。」


 その返しに他の侍女が割って入った。


「平気よ!突き当たりの部屋にお茶出しで行くだけだから!ノクティス殿下が連れてきた小娘とお茶するだけだし!」


 それを聞いてナナの口元が弛んだ。


——ついてる!


「かしこまりました〜!」


 侍女たちは安堵した表情で口々に言う。


「助かったわ。」


「小娘は貴族でも何でもないから、食事だけ運べば十分だけど……殿下はね。」


「それにあのノクティス殿下だもの。粗相をしたら大変だわ。」


 侍女たちの話を無視して、ティーポットやカップが乗った台車を押した。


 侵入も手段も川が流れるように上手くいく。


——今日の私ほんとについてる!


 部屋にはノクティスとミナが向かい合って座っていた。


 見初められたという話とは裏腹に、部屋には重い空気が漂っていた。


 ナナは用意したカップに紅茶を注いでノクティスの前に差し出した。そのままミナの前にもカップを置く。


 ミナに見えるようにカップの下に紙切れを挟んで。


 ナナは軽く礼をして部屋の隅へ移動した。


——さあミナ。仕事の時間よ。


 紙切れには——弱みを探れ カイ——と書いた。

 あのカイの妹なのだからこれで伝わるだろう。カイからの指示だと思えば、勝手に誤解して動きそうだ。


 だがなかなかミナは動く気配がなかった。


 二人はいつまでも向かい合ったままカップの湯気を見つめる。


 ナナは戸惑った。


——まあ、飲むときに気づくでしょ。


 そう思って待つことにした。


 ミナはずっとリボンを触って落ち着かない様子だ。


 その姿を黙って見つめるノクティスの視線はどこか切ない。


 ナナは眉を顰めながらそれを眺め続けた。


 紅茶が冷え切った頃、沈黙に耐えられなくなったのだろう。ミナが動く。


 カップを手に一気に飲み干した。


 その途端に挟んでいた紙切れが膝の上に落ちた。ミナは気づく様子もなくカップを机に置いた。


 ナナは開いた口が塞がらなかった。


 でも落ちたものは仕方ない。ナナはノクティスの顔色を見ながら願った。


——気づかないでよね!


 願いが通じたのだろうか。ノクティスは何も言わず、部屋をあとにした。


 ナナは大きく息を吐いてへたり込んだ。


 その姿にミナがやっと口を開いた。


「……大丈夫ですか?」

 

 ミナは膝を曲げ顔を覗き込む。ナナの顔を認めて首を傾げだ。


「あんた目が見えないの?」

 

「えっ?見えます。」


「カップの下に指示を忍ばせたのに!鈍いにも程があるでしょ?あんた本当にあの性悪の妹?」


「なっ!?リクとカイの悪口はやめて下さ……」


 そこまで言ってミナは目を丸くした。


「……もしかして、ナナさん?」


「声で気づきなさいよ!にっぶい!」


「ごっごめんなさい。」


 大きな目を潤ませる姿はまさに悲劇の乙女。


「あーもういいや!」


 ナナは床に落ちた紙切れを拾いちぎり潰した。


「ねぇ!あんたあの王子の求婚されてんでしょ?」


「??求婚?」


 首を傾げる姿もわざとらしい。


「そういうのいいから。あの王子の弱み知らない?知ってること全部話しなよ。」


 未だ膝をついているミナを見下ろして腕を組んだ。


「全部よ!ぜ・ん・ぶ!」


 リボンを触る姿がいじらしい。


「……だっ第二王子殿下だと。」


「知ってんのよ!」


 その小さな肩が跳ねた。


「母君?と不仲みたい?です。」


「あんた、それほんとに確証あんの?ないでしょ?しかもずっと引き篭ってる王妃と不仲なんて!使えない情報……はぁぁぁ。」


 大きく息を吐く。


——傷ついちゃった。泣きそうって顔。きっと男なら守ってあげたくなるよね。でもナナはめちゃくちゃ腹立つんだけどぉ。この調子狂う感じ……。

 

 未だにビクビクする姿を見下ろしながら腑に落ちた。


「やっぱりあんたカイの妹なのね。」


「え?」


「あの性悪と一緒。ほんと苛苛する〜。ナナ大っ嫌い!」


 その言葉にミナはゆっくり顔を上げた。


 その眼に先ほどの弱々しさはない。


「……撤回してください。」


「は?」


「カイは!性悪なんかじゃありません!撤回を!」


「するわけないじゃーん。てかもうあんた用済みなの。」


 ミナがまだ後ろで何か言ってるようだが、無視してナナは歩き出した。


 今は一分一秒が惜しい。


「早いところ何か見つけなきゃ。」


 足早に部屋を出て今度はイースタン・パレスへ向かう。


——リクの安否なんて後で良い。ここの侍従に聞いても何も出なさそうだし。


 調理場で出会った侍従たちはこぞって、ノクティスを敬遠している様子だった。取り入っても何も実になりそうもない。


「せめて第一王子の情報掴まないと。」


 アウルはその言動の派手さで有名だ。宮ではきっと色んなボロが出てくるに違いない。


 ナナは気を取り直してセントラル・パレスを通り過ぎた。


 アウルの宮は活気があった。


 侍従達が笑顔で軽口を言いながら仕事に勤しんでいた。


——第二王子の宮とは全然違うのね。


「またアウル殿下ったら、城を抜け出したんですって!」


「どうせ思いつきで視察に行ったんでしょ?」


「いやいや食べ歩きかも!」


『でもきっとすぐ戻ってくる!』と声を上げて笑い合っている。


 侍従たちはそのままこちらに向かって歩き出した。


 ナナは気づかれないように後退る。


 軽快に近づく足音から遠ざかるように一歩ずつ下がった。


 すると背中に何かが当たった。壁ではない。


 一瞬息が止まった。


「貴方見ない顔ね?」


 息を整えて振り返ると女が立っていた。胸元のブローチを見るにただの侍女ではない。


「新しく配属されまして……」と言ってナナが礼をしようと動いた途端に肩を掴まれ固まった。


「誰が招き入れた野良猫かしら?ノクティス殿下?リディア?」


 何を問われているのか分からない。


——そもそもリディアって誰よ?


「あっあの私は……」


「やはりそうか!」


 ナナの弁明を遮って背後から声が響いた。


 振り返ると鼻息荒く小人のような老人が歩いてくる。


「もう言い逃れは出来ませんぞ!女官長!アウル様と何を企んでいるのか、そろそろ白状して頂こう!」


 リディナは額を抑えながら静かに否定する。


「セルジュ様、何か勘違いされてるようですが……」


「また言い逃れるおつもりか!ではそちらの侍女に聞くとしよう!」


 未だにリディナの手から逃れられない。


 ナナは向かってくるセルジュを見ながら歯軋りをした。


——ミナと会ってからナナのツキが消えちゃったんだけど?どうしてくれんの?ほんとカイもリクもミナも。ナナ大っ嫌い!

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