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檻の獅子と気弱な鼠

「飯か?」


 その問いに見張の兵は馬鹿にして見てくるが、確かに足音がする。


「それとも客か?」


 檻の中から音のする方へ向かってリクは呟いた。


 床を何かが打ちつける音や衣擦れまで、石の壁はよく響く。


——2人か。


 先程より近づく足音。さすがに気づいた見張りが駆けていった。


「交代か……でっ殿下?!申し訳ありません!」


「そんなことより早く椅子をお持ちしろ!見て分からんのか?!この間抜けが!」


「ハッ!」

 

 殿下と聞いて舌打ちしながら胡座をかいた。


 動く度、拘束具がジャラジャラ音を立てて煩わしい。


 足音はそのまま近づき目の前で止まった。


「……気分はどうだ?」


 ノクティスは杖を手にこちらを見下ろしていた。


「最悪だ。」


 隣に立つ兵士は見慣れない武器を手にしていた。気にはなったがリクはノクティスを一瞥した。


「邪魔がなければ、その顔ぶん殴れたのにな。」


「なんと無礼なっ!!」

 

 リクの言葉に兵士が前に出た。


 構える武器に装填されているのは矢の様。


——矢?どうやって射るんだ?


 訝しんでいると先程の見張りが、バタバタと椅子を手に戻ってきた。


 椅子を置いて傍に下がるとノクティスはゆっくり腰を下ろす。


「クロスボウだ。」


「……?」


「製作図が手に入ったのだ。これはその試作品。」


 リクはまた武器を見た。


「お前はただの的だ。」


 兵士は鉄格子の間からボルトをリクに向け構えた。そして弦を弾いて固定をし息を整えている。


 リクは瞬きもせずボルトを見た。

 

「……撃て。」


 ノクティスの合図に兵士が動いた。


 音を立てて飛来するボルトにリクは咄嗟に噛みつく。


 ギャリッ!!


 歯に衝撃が走り、口の中から血の味が広がる。


——くそ。中が切れやがった。


 ボルトを掴んで投げた。カラカラ音を立てて転がるそれに向かって唾を吐く。


 ついでに口の端から流れる血を拭いながら鼻で笑ってみせた。


「……化け物め。」


 睨みつけるノクティスを無視してリクは告げた。


「作るならもっとマシなの作れ。この威力じゃ人は殺せねぇ。」


 ノクティスは苛立ちを露わにして床を杖で突く。


 コンと響く音に兵士の肩が跳ねた。


「改良の余地があるようだ。手配しろ。」


 立ち上がろうとノクティスは杖に体重をかける。


「どういう風の吹き回しだ?今まで放置してた癖に。」


 リクには不思議だった。


 確かにミナを守ろうとして護衛を殴ったのだ。捕まった時点で処断されて然るべきだろう。


 なのに処断されるどころか牢に繋がれるだけ。今もとどめを刺しもせず去ろうとする。


「……何がしたいんだ?」


「……」


 ノクティスはゆっくり立ち上がった。


「ミナといったか。なぜお前のような猿を好いているのだろうな。」


「は?そんなの当たり前だろ?」 


 ノクティスが睨み付けてくるが事実だ。


——ミナは妹だ。


 これまでずっと守ってきた。疑問に思う必要もない。


「それよりミナは無事か?」


 すると僅かにノクティスの口元が歪む。


 その顔に思わず鉄格子へ掴みかかった。


「ミナを泣かせたら、ただじゃおかねぇ。」


「離れんか!この化け物め!」


 ガンッ!


 先程の兵士が鉄格子を蹴り、これ見よがしにクロスボウを構えている。


「良い。」


「しっしかし。」


 ノクティスの声に兵士は手を下ろした。


「このまま飼い殺してもよかったが、気が変わった。あの娘を娶る——だが貴様は邪魔だ。」


「何言っ」


「安心しろ。すぐには殺さん。改良が済むまで、的として活用してやろう。」


 ノクティスは静かに笑う。


「喜べ。」


 鉄格子を握りしめて睨み返した。


——檻も鎖も邪魔だ。すぐにでも殴りたい。そもそも何を言ってるのか分かんねぇし、糞が……


「……俺を殺したいなら、殺せ。」


 殺せと言い切ったのが意外だったのか。ノクティスの笑みが消えた。


「だがミナはお前の物にはならない。」


「その様で何を言うのかと思えば、馬鹿馬鹿しい。貴様に何ができる?私は今やこの国唯一の王子なのだぞ?そんな私に逆らえる者など居る筈がない。」


「いや居る。俺の弟がやる。」


「……」


 ノクティスの視線が逸れた。


「弟?」


「そうだ。自慢の弟だ。」


 リクは鉄格子から手を離した。


「他人を笑顔一つで転がせる奴だ。あいつが居たからクロー?とかいう伯爵からも…」


「クロー伯爵?」


「ん?なんだ有名なのか?」


「勿論。貴族が罰せられるなんて前代未聞だ。」


「……そうか。」


 思わず口元が緩んだ。


 その様子にノクティスは意地悪く目を吊り上げた。


「本当にその件に絡んでいるのなら、貴様の弟は悪魔だな。自慢と言ったか?身分も関係なく引き摺り落とす所業。事実であれば貴様の次に処刑しよう。」


「……前にもあったな。」


「?」


 セリナに雇用されてすぐ、ナナから散々カイについて聞かされた。


——あの時ナナのやつ。嫌な奴!ってうるさかった。


「今度は悪魔か。」


 リクは笑う。


 キッとノクティスの目が釣り上がった。


「何がおかしい?」


「アイツは必要なら騙す。脅す。丸め込む。全部——やる。嫌な悪魔野郎だ。」


「なら……」と口を開くノクティスを遮って続ける。


「でも自慢の弟だ。」


 そう口にするだけで背筋が伸びた。


「……」


 なんと言われようとその気持ちに嘘はない。カイの手を取って教会を抜け出したあの日からずっと変わらないのだ。


 歯軋りをしてノクティスは背を向けた。


「……悪魔のような男か。覚えておこう。」


 そう言って杖をついて歩き出した。


 その背中はここへ来た時よりも一回り小さく見えた。


 兵士は顔色を見ながら後について歩いていった。


 そのうち足音が聞こえなくなると、見張りが大きく息を吐いた。


「……またコイツの見張りか。交代はまだか?」


 見張りの切実な声を無視して、また胡座をかいて座った。どんな見張りが来ようがどうでも良い。


「それにしても……何しに来たんだ?」




「リリ……待ちぼうけ。」


 書類を手に女は項垂れていた。


 屋敷や商会の管理を一時的ではあるが任されてしまった。


 書類の山に気が遠くなりそうだ。


——いつもはカイもナナも居たし、最終的にはセリナ様が決定してたのに。どうしよう……みんな居ない。


 あの日届いた書簡がなければと思わずにはいられなかった。


「……ナナ。」


 カイとセリナが王都に行っても、ナナは気にもとめなかった。


「なぁに?リリ。」


「これは確認しなくて良かったの?」


 それは採掘場からの報告書であった。人手不足を訴える内容だ。以前にもそんな話が上がってセリナが動いていた。


「……補充したのに。」


「仕方ないじゃーん。あの時も年寄り、結構いたっしょ〜。」


 床に足を放り投げてナナはコチラを見ていた。


「えっ?」


「腰痛めたから石の選別に回してくれって爺さんも居たし〜。そういうのが増えたとか亡くなったとか、そんなんじゃん?」


「……」


 床に座って足をバタバタする割には考えていたようだ。


「たしかに、そうかも。」


 納得しつつもリリは不安だった。


「でも……勝手に動いちゃ駄目。」


 ナナはセリナが前回行った方法をそのまま実行した。労働者を募って、指定した期間働かせ労力に応じて雇用するか決めるのだ。


「セリナ様がやってたじゃーん。」


——でもセリナ様に聞いてないじゃん。


 服の裾を握りながらリリは黙った。他人へ注意するのは勇気がいる。そもそも会話することが苦手なのだ。しかも相手はナナだ。


——カイが居たら代わりに言ってくれるのに……リリ。リリはナナに嫌われたくない。


 リリは俯いた。


 人材補充の件以外にも、ナナは商品の在庫が足りないという連絡に対しても倉庫から適当な品を卸すように動いた。これも独断であった。


——任されはしたけど……そこまでして良いのかな?大丈夫かな?


 頭の中では不安が渦巻いていた。


 もし今回の件でセリナが不服に思えば、リリもナナも簡単に切り捨てられてしまう。


——追い出されたらどうしよう?セリナ様は女神様だから許してくれるかも?


 だが今まで見てきたセリナは、カイに関して以外は冷淡な部分もあった。損得勘定で動くあたりはさすが商人といったところだ。


——セリナ様にも、ナナにも、嫌われたくない。捨てられたくない。……どうしよう?


「てかおかしくない?これナナとリリの仕事じゃないじゃーん。だって私たち……」


 コン。コン。


 ノックの音に「はぁい。入って〜。」とナナが答えた。


 未だに床に座ってだらしがない。


 中へ入った侍従もさすがに顔を顰めつつ書簡を差し出した。


「セリナ様からだ。」


「キャハッ!ご指名?」


 ナナは笑いながら乱暴に便箋を広げた。


 内容を確認し、その笑い声がピタリと止んだ。


「……セっセリナ様。なんて?」


 リリの問いかけにコチラを見る。前髪に隠れて表情が掴めないが不機嫌そうだ。


「ナナ?」


 名前を呼ぶとナナはスッと立ち上がり駆け寄った。


 抱きしめられた瞬間、心臓がキュッと縮むようで息を飲んだ。


「リリはナナなのに。離れないといけないみたい。」


「……?」


 戸惑いを無視してナナは続ける。


「バイバイ。リリ。」


 そういってナナは行ってしまった。二人の後を追って王都へ。


 心臓が早鐘を打つ。


——バイバイって、バイバイ?ナナがリリに?なんで?


 残された書簡を確認した。そこにはリリに管理を継続して一任し、ナナには王都へ来るようにと指示が記されていた。


 セリナの考えることは理解できないが思わず、書簡をぐちゃぐちゃにして抱きしめた。


「良かった。リリ。まだ捨てられてない。」

 

 そうして今に至る。


 管理を任されたとはいえ、勝手な行動が多いナナに不安が募ったが、居なくなるとなるで全ての責任がリリへまわってきた。


 あまりの重責に頭を抱えていたものだが、割となんとかなっている。一重に古参の侍従や侍女が相談に応じ対応してくれたおかげだ。


——セリナ様の傍に居るばかりであまり話したことなかった。ナナもカイもいたし必要なかったから……すごく助かった。でも……


 部屋を出ると待ち構えるように侍女が立っていた。


「ちょうど話があったから良かったわ。」


「……」


「セリナ様にお茶会の招待状が届いているのだけれど。一体いつお帰りになるのかしら?」


「そっそれ。それは。」


「ハッキリおっしゃい!」


「……わっ分かりましぇん。」


 口が上手く回らない。顔が見れない。


「はぁぁぁ。全く。」


 深いため息を前に、背を丸め俯いた。長い前髪で視界が遮られるのがせめてもの救いだ。

 

——でもセリナ様ごめんなさい。リリ限界。ナナ。助けて。


 ポツリと。


 頬を伝って流れる涙が止まらない。

 

「ふっ、うっ。うっ。うぅ……。」


 嗚咽まで出てきた。止めようにも止まらない。


「もう。いい加減すぐ泣かないで頂戴。セリナ様なら泣いてる時間が勿体ないとおっしゃるわよ。」


 リリは背を丸めながら頷いた。


——情けない。ナナが居ないだけ、だけなのに。弱くてみっともない。リリはリリが嫌い。

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