現の薬と王冠と
朝食を摂ってレオンと二人で執務室に移動した。
アウルは何故か拗ねていたが、相手をするのもうんざりだったので放っておいた。
「……何をしているんですか?」
何の説明もなく連れてこられ、今は黙々と書類を積み上げるばかりだ。しゃがみ込んで引き出しの中を漁るレオンを待ってはみたが、そろそろ限界だった。
「いい加減にして下さい。話があるのでは?無いならお忙しそうですし、失礼しますよ。」
「ある。」
漁る手を止めレオンは机の端からスッと顔を覗かせた。
——ひょっこりしてないで、説明しろ。
苛立ちが伝わったのか、レオンは書類を置いて立ち上がった。
「まずカイが分かる範囲で良い。経緯説明を頼もう。私もそろそろ状況を把握したい。」
「昨日も言いましたが、説明できるほど知りませんよ。」
「構わん。」
カイは首を掻きながら語りはじめた。
ルミエールの侍従が捕らわれている状況、アウルと此処へ来たいきさつを包み隠さずに。
我ながらおかしな点がありすぎて、言い淀む場面もあったが、ありのままの事実だから仕方ない。
語り終えたあともレオンは表情を崩さなかった。
——いつも思うが何を考えてるんだ?この男。
カイが戸惑っているとレオンが口を開いた。
「先程侍従と言っていたが……それは兄妹か?」
「ん?」
「お前の身辺を洗った。」
「は?」
「孤児院に居たこともあったようだが、日銭暮らしの家無しに堕ちた。そんな中で男爵令嬢に気に入られ、ルミエールの侍従となった。兄妹も引き連れて。孤児院でお前に兄妹が居たなんて話は出てこない。義理だろう?血の繋がりはない。」
呆気にとられながらも感心した。
「よくある話でしょう……それにしてもよく調べましたね?」
「簡単だったぞ。伯爵の件で動いた憲兵が、絵が得意でな。」
再度引き出しを漁ってレオンは一枚の紙を取り出す。
それは男の似顔絵だった。どことなくカイに似ている。
「絵を描かせて調査をさせた。カイ。それにお前が連れていた妹も見目が良いのだな。これを見せたら、あっさり調べられたぞ。出来が良いので門番にも、コレが来たら通せと申し送りした。」
カイは額を押さえ俯いた。
——通りでジロジロ顔を見るわけだ。
レオンは続ける。
「あっそれと憲兵にも、この顔を王都で見たら報告するよう通達済みだ。」
「レオ……勝手に広域手配しないでください。扱いが犯罪者のそれじゃないですか。勘弁して下さい。」
レオンは気にせず続ける。
「馬で駆け回ったと言っていたな。王都でそれだけ派手に動いたということは、職務に戻ったらお前の目撃報告で一杯だろう。」
顔を上げてレオンを見る。相変わらず表情は読めない。
「やはりよく出来てるな。」と言いながら絵を眺めているあたり喰えない男だ。
カイはボソッと「だから苦手なんだよ。」と呟いて口を押さえた。
「ん?何だ?」
「いえ何も。」カイは視線を逸らした。
「それより状況把握だけが目的ではないのでは?その書類の山が関連してるのでしょう?止めなかったらまだ出てきそうで憂鬱でしたが、聞く他ないでしょうし……」
そう言って笑顔で書類の山を指差した。
「まあ俺も監査官様が掴んでる情報が欲しかったので。願ったり叶ったりですね。」
「私の情報?」
「ええ。勿論開示してくれますよね。そのために用意していたのでしょう?無知なまま巻き込まれるのは、そろそろ不愉快です。」
レオンは「承知した。」と言いつつ書類を二分化し始めた。意図は全く分からない。
「お前は皇子として相応しいのはどちらだと思う?」
「唐突ですね。正直興味はないです。それに俺は無知だと言ったでしょう?判断材料も無しに、お答えできません。」
「ならば判断材料を提示しよう。」
レオンは二つの書類の山に手を添えた。
一つは明らかに数十枚もある書類の山に対して少ない。
「それは?」
レオンは少ない書類の束を軽く叩く。
「こちらはアウレリオン殿下だ。」
次に大きな山になっている書類の束を叩く。
「そしてこちらがノクティス殿下だ。」
そのまま反応を見るようにレオンは黙る。
「……あの。それが何の書類か分からない限り判断しかねます。」
「ああそうか。」
レオンは頷きつつ椅子に腰掛けた。
「カイも座ったらどうだ?」と勧められるもここまで来ると書類が気になって仕方ない。
それに気付いたのだろう。
「好きに読んでくれて構わない。」
レオンの言葉にカイは書類を手に取った。アウルの書類は片手で足りる。ノクティスの書類は全部は無理なので一部だけにした。
椅子に腰掛けてノクティスの書類から目を通す。
「私は貴族監査局の王室監査官だ。貴族らしからぬ者を取り締まるために存在する。伯爵の件で動いたのも監査官としての責務だ。」
話を聞きながらカイは黙って書類を読んだ。レオンは続ける。
「今までいろいろな者を調査したが、このところノクティス殿下の派閥の者がこぞって問題を起こしている。そこで詳しく調査してみると、他にも膿が出てくる始末。今カイが見ているそれは、その者たちの調査結果だ。あまりの数のため、殿下についても調べることにした。それも含めるとかなりの数になってこの有り様だ。」
カイが手に取らなかった書類の山を叩く。
「数ヶ月でこれだ。きっとこれからまだまだ出てくるだろう。」
「確かにすごい数ですね。ところでその良し悪しが知りたいのですが……この結果を総評してくれません?えっと、つまりレオはどう思ったんですか?一応目は通してますが、調査したのはレオでしょう。」
そう言ってまたカイは次の書類に目を通した。
上の数枚はアウルからノクティスに鞍替えした貴族についてだった。どれも有力な貴族のようだ。気になる点は国で禁止されている麻薬を所有している可能性があることだ。
鞍替えを公表する前には、すでに悪魔に取り憑かれたように変貌していたらしい。おかしな言動や証言が記録されている。
要は売買目的でなく、使用目的であろうとレオンは予想しているのだ。意思疎通が困難な状態だという調査書が真実であれば間違いなく中毒者だろう。
レオンを見た。まだ答える気がないらしい。
カイは「この数枚だけでも、殿下の派閥はきな臭いですが?」と問う。
「その麻薬の出所も調べた。その書類の束から2、いや3枚めくってみろ。」
仕方なく見ていた書類を脇に置いて、指示された通りに三枚めくり、目当ての書類を手に取った。
カイは首を傾げ見るも、レオンはそれだと言わんばかりに頷いた。
それはとある地方を示した地図のようだ。特に目立った印はない。二つの領地の境界が分かる線が引かれているだけだ。
「理解できたな。」
「いや余計困惑しております。」
その返答におかしいなと言いたげにレオンは首を傾げた。
——そろそろ苛々してきたんだが、いや我慢だ。我慢。
「現王は2人の王子を次期王として厳正に見極めるため、帝王学の一環としてある奇策に出た。それは2人の王子に国の管理下にある地を分け与え、領地を運営させる事だ。まあ実際はそれぞれが任命した貴族が、仮領主として王子が考えた政策を実施するのだ。その地図にあるのは2人が与えられた地が載っている。」
カイは地図に視線を移した。
「隣接する地に?」
「そうだ。ノクティス殿下の地では、すでに死傷者が多数出てる。」
「……麻薬産地かなんかかと思って聞いてたんですが。帝王学に続いて、今度は死傷者の話ですか。」
「麻薬産地で合っている。だが麻薬だけでなく毒草や薬草栽培も行っていてな。」
「なるほど。結論が出ましたね。ノクティス殿下は王位に相応しくない。」
カイはため息混じりに地図を置いた。
「待て。話は最後まで聞きたまえ。」
思わず舌打ちをしつつ、まだ目を通してない書類に手を伸ばした。
「いろいろなものを栽培させているわけだが、それらはその地に元々自生していたのではない。アウレリオン殿下が偉く関心を持っている国から齎されたものだ。」
「……ウタカタでしたっけ?」
「アウレリオン殿下はそう呼んでいたが、彼の国の正式名はトワノ国だ。」
一瞬考えてから眉間を押さえた。
——トワノクニ?何もかかってないだろ。何処からウタカタなんて名前出てきたんだ。あっ奇天烈貴族の冒険譚がどうの言ってたな。あの脳内花畑王子。
「それは置いておいて。アウレリオン殿下の書類を見なさい。」
カイは苛立ち混じりにレオンを見た。
「見なさい。」と催促される。仕方なくアウルの調査書だという束から一枚手に取った。
書類には国が道の衛生対策と農業転用策として、貧民が使える公衆便所の運用実施した件について記されていた。
「いや何でここにきて便所の話になるんですか……ん?」
「どうした?」
「いえ。妹もいましたし、有り難かったのですが……まさかこの公衆便所が殿下の発案だとは思わず。」
書類を見るにアウルが自身の領地政策として行った一つが、衛生効果と農業転用策としても有用だったために国家施策に発展、実施したと記されていた。
「ああアウレリオン殿下はただのうつけではない。それ以外にも殿下は、領内に医療施設を設けられた。知識もない者に薬草や毒草を育てさせ、それらの管理をさせていれば死傷者が出るのは当たり前だ。だがノクティス殿下は使えない者たちを呆気なく切り捨てた。」
レオンは窓の外を見つめ続ける。
「だがアウレリオン殿下はそんな者を受け入れ、治療もしくは症状緩和を目的として医療施設を建てた。そこでは医師となりたい者たちが集い、指導を受けながら実践を行なっている。隣の領から怪我人は常に流れてくるから良い経験がつく。」
他の書類を手に取る。アウルは多岐に渡り政策を実施しているようだ。
「……ずっと疑問だったのですが、王子の一存で王位継承権はそんなホイホイ放棄できるのですか?」
ここまで聞く限り、良識があればこれらの政策実績を踏まえアウルの申し出を王が受け入れるかは甚だ疑問だった。
「理解し難いが殿下が放棄したと宣言しているからな。話を戻すぞ。先の伯爵の一件で、有難いことに陛下の覚えもめでたく。そこで私から陛下にこれらの書類を持って直訴した。」
——恐ろしい行動力だな。
驚きつつもカイは次の書類に目を通す。
「だが陛下から斥けられてしまった。アウレリオン殿下の政策はどれもパッとしない。有能な医師育成には一定の評価があるが、平民のための運用が多い政策に良く思わない貴族も多い。それに比べて問題はあるが、薬草栽培のみならず他国との外交も行うノクティス殿下は貴族たちの支持が厚い。結果これだけの事実があっても、陛下の腰は上がらない。」
その時渇いた笑い声が部屋に響いた。レオンは口を閉ざした。
「腐ってんなぁ。」カイだった。
レオンの視線に気づくといつものように微笑む。
「あっ失礼。失言でした。」
「……私が懸念してるのはトワノ国だ。」
「ここで気にするの外交国なんですね。」
カイは再び活字を目で追いながら皮肉った。
「外交といっても国同士でなく、ノクティス殿下個人であることが気掛かりなのだ。前に少し話したが彼の国は公になっていないだけで東の大国の属国だ。そんな属国が野心家な王子へ支援する意図は何だ?」
その言葉にカイの手が止まった。
ゆっくり書類の山を見回す。
「内乱狙い?」
薬草だけでなく毒や麻薬の原料を流して、国を混乱させる意図なんて他に思いつかない。
「可能性はある。現にノクティス殿下はアウレリオン殿下を暗殺しようと躍起になっているだろう。ただの野心家なら捨て置けるが、このところ見境がない。」
カイは矢を掠めた耳を摩った。
「東の大国は戦争によって周辺諸国を飲み込み続けている。彼の王が大陸全土を視野に入れているのであれば、西への足掛かりとして我が国に手をかけてもおかしくはない。そんな中で内乱が起きれば……手を下しやすいだろう。」
「ああ、うん。詰んでますね。」
カイは天井を仰いだ。気のせいか頭痛がしてきた。
「まあ全て憶測に過ぎない。理解不明だが、アウレリオン殿下はそんな最中にトワノ国へ亡命したがっている。本当に理解し難い。どうしたものか。」
——それには全面的に同意する。
真っ白な天井を見つめながらカイはため息をこぼした。
ここ数日ため息ばかりだ。
「とりあえず私もできる限り協力はするが、アウレリオン殿下のことは任せよう。ルミエールへ戻れるよう手配するが、殿下が出奔しないよう見張って貰いたい。」
そう言ってレオンはドアに向かって歩き出した。カイは慌てて立ち上がる。
「書類は好きに見てくれて構わない。」
「いや待っ……」
パタン。部屋に取り残されてしまった。
椅子に座り直したカイは、どうにもできない感情をぶつけるように机を蹴り上げた。
大きな音を立て書類が散らばる。
それを眺めながら「……くそ。」と溢した。




