不器用な彼等は
路地から見える星は綺麗だった。
真っ暗な闇を照らす点を眺めていると、一筋の光が夜空を駆けた。
「……流れ星か。」
その声の方へ向く。
カイだ。
「綺麗だな。」
そう続けながら夜空を仰いでいる。
カイとの間に座るミナはいつの間にか眠ってしまったようだ。
リクは起こさないように小さく「そうだな。」と答えた。
そうこうしているとミナが体を預けてきた。無意識だろうが小さく軽いその温かさにリクは戸惑った。
その様子に気づいたようだ。カイはクスリと笑う。
「ちっ笑うな。」
「はじめてミナを連れてきた時は心配だったけど、仲良くなってくれて良かったよ。」
穏やかに笑うカイを睨みながら口を開く。
「仲良くねぇよ。」
「だいぶ懐かれているじゃないか。それにお前も。」
カイは拳を見せてきた。
何をするつもりか訝しんでいると、その拳をゆっくり開いた。開いた掌からするりとリボンが垂れた。
それはリクが選んでカイと買ったミナのリボンだった。
水色のそれは風に揺れる。
「リクにしては良いの選んだな。」
「お前は何でいつも、そういう言い方をする?」
「ん?気に障ったか?俺は純粋に関心したんだよ。瞳の色に合わせたのか。洒落たことをするなって。」
リクは火照りを振り払うように顔を背けた。
「違う。」
「明日も髪。結んでやろうな。」
カイは二つのリボンを広げて丁寧に束ねていく。
「お前がしろよ。俺は下手くそだ。」
束ねたそれを無くさないように懐にしまいながらカイは告げる。
「下手なら練習しろ。」
不貞腐れるように目を細めた。
隣に座る二人の顔を見てリクはため息を溢した。
「……買わなきゃよかった。」
「みーちゃんが泣くぞー。」
カイの軽い忠告を無視して続ける。
「余計目立つだろ。お前もミナも……目立つんだよ。」
最後は掠れてしまったが届いたようだ。
カイは静かに答えた。
「ならお前が守れよ。」
透き通るような茶色い瞳はまっすぐこちらを向いていた。
「だってお兄ちゃん、だろ?」
カイの意地悪い笑顔が鼻についた。
風が吹く。懐かしいあの夜と同じ心地よさで。
目の前の石の床が離れては近づく様を見つめながら、リクは腕立てを繰り返していた。手足に繋がれた鉄の拘束具が、体を動かす度に音を立てる。
その音に苛立ってリクは立ち上がった。
ガンッ!自分を囲う檻を蹴ると見張りの兵士が飛び起きた。
「なっ何をしている!暴れるんじゃない!」
「暴れてねぇ。」
兵士は先ほどまで座っていた椅子を持ち上げながら告げる。
「大人しくしていろ!罪人め!」
滑稽にも兵士はまだ椅子を持ち上げている。威嚇のつもりだろうか。
「……外せ。」
リクは両手首を差し出す。兵士が目を丸くしていると、わざと音を立てるように両手の拘束具をかっつけた。
「はっ外す訳がないだろう?!何を言い出すんだ!」
「動きにくい。」
「動かんでいい!貴様!自分の立場を分かっているのか!」
椅子を床に叩きつけるのを眺めながらリクは舌打ちをした。
諦めて振り返ると空気口から星が見えた。
——こんなところに閉じ込められて。身動きも取れない。イライラする。
ふとカイがいたら何と言うか考えた。
——自分で招いたことだろう?ほんとお前は手がかかる。とか言いそうだな。
空気口から入る風を感じながらリクは目を閉じた。
カイと最後に交わした言葉を思い出した。
泣き出すミナを抱え、馬の手綱を握るリクに向かって「あとは頼むぞ。」とカイは言った。
リクは「当たり前だろ。守るのは俺の役だ。」と力強く答え、右手を掲げた。
あの日の言葉に嘘はない。
だが今は檻の中だ。
守ろうとした結果、何も守れずにいる。それを知ってもカイは眉を顰めながらも笑うのだろう。
きっと助けに来る。
セリナを使って、ナナやリリを使って、俺たちを助けに来ると確信があった。だが受け入れ難かった。
「……来るな。」
リクは拳を握りしめた。
自分の掌を眺めながら何故か違和感を感じた。
「……小さい。」
「どうしたの?兄上?」
振り返ると同じ白金髪の少年が立っていた。
ノクティスだ。まだ杖に慣れてないのかふらつく姿は、どこか危なっかしい。
「ノクス!だいぶ上手くなったな!」
そう言って立ち上がるとノクティスは嬉しそうに笑った。
——久しぶりに見たな。ん?久しぶり?
アウルが黙っているのが不思議だったのか。
ノクティスは首を傾げた。
「兄上?」
「あっいや。何でもない!今日は何をしようか?」
そう言って手を差し出してアウルは驚いた。いつの間にか、その手には本が握られていた。
不思議だがアウルは見慣れたボロボロの本を広げた。
「……そうだ。兄上がとっておきの冒険譚を聞かせてやろう。」
本を見てノクティスは酷くがっかりしてみせた。
「兄上。それはもう飽きました。他のことにしましょう。」
ノクティスが飽きたということがアウルには理解できなかった。
「これほど面白いものはないぞ!見ろ!このセヴランという男を!頁を開くたび、すぐ恋に落ちるぞ?新しい地に行くと必ず好きだってはじまって、その地の風習をこれこそが美の体現だって語るんだぞ!面白いだろう?」
ノクティスはうんざりしながら「面白くない。」とぼやいた。
アウルは面白さを伝えるため、一番好きな場面を探し本を捲る。目当ての頁に来たと思えば、本の中から光が瞬いた。
光に驚き瞬きをすると、辺りは別世界となる。
頭上に並ぶ見たこともない照明が美しい。
「木ではないな?確か、竹というものを骨組みにしていると書いてあった。」
本の内容を思い出しながらアウルは呟いた。
竹で組んだ骨組みに紙を張り、中にろうそくが入ることで暖かな光が灯っているようだ。
何とも美しい光景にアウルの目は輝いた。
魅入っていると何処からか笛の音が聞こえはじめた。その後に続いて鈴の音も。
音の先を見ると動物を模した面をした人々が踊りながら列を成している。
アウルが胸を高鳴らせて見ていると、その中の一人が空に向かって火を吹いた。
どういう原理かは分からないが、その火が美しく目が離せなかった。
「……兄上。もういいよ。」
火が消えた途端に全てが消えた。一瞬のことだった。
あんなに綺麗な光も音も人も無くなった。
アウルは落胆しながら「何がいいんだ?」と問う。
「兄上。セヴランの真似をするの。楽しい?」
「真似?」
「そうだよ。いつからか社交界に出る度に、初対面の令嬢に求婚してただろう?その気もないのに。」
アウルは罰が悪そうに目を背けた。
「そんな……私はいつだって、真剣に愛を語っている。」
ノクティスは呆れながら背を向けた。
「嘘ばっかり。演出だろ?いつも下手くそ過ぎて見てるこっちが恥ずかしい。だが気狂いになるには、セヴランは良い教材だったよね。」
アウルは答えられなかった。
ノクティスが何でそんな事を言いだしたのか訳が分からなかった。
「ずっと考えてたんだ。何で兄上がそんな事をするのか。」
離れるほどにノクティスの体は成長する。
「それは私のためか?」
その低い声や猫背気味な体躯は、今のノクティスのものだった。
ノクティスは杖をつくのをやめ立ち止まる。
「兄上……いやアウル。そんなに私の右足は不憫か?」
「そんなこと——思うはずがないだろう。」
「では何でそんなことを繰り返す?幼ながらに秀才だと持て囃された貴様は、いつからか社交界きってのうつけものと揶揄されるようになった。何故だ。」
アウルは言葉を選びながら答えた。
「……私はもともとそういう性分だったのだ。」
「嘘つきめ!」
ノクティスは杖を力一杯地面を叩きつけた。大きな音を立てるたび、足元が揺らいでアウルは軽くよろめいた。
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!……だが、まあ良い。」
音が止んだ。
「貴様がうつけになったおかげで、私にも機がまわってきた。」
ノクティスの頭上に王冠が乗るのを見つめながら唇を噛んだ。
「貴様は何処へなりとも行けば良い。私は王になる。今更気が変わっても、もう遅いぞ。誰を押し退けようとも、何を犠牲にしようとも、私は王になる。」
ノクティスが振り返った。
その目いっぱいに涙を溜めて、王冠を掴みながら続ける。
「王になるのだ。そうすれば母上は私を見てくれる。そうだろう?」
その切実さにアウルの瞳から一筋雫が落ちた。
「……ノクス。お前は」
「なるほどな。」
不意に肩を掴まれ一瞬息がとまった。
「母親に振り向いて欲しいが為に王となるのか。最悪だな。」
顔を見ずとも分かる。カイの声だ。
「良いのか?大義もない。志もない。たかが認められたいが為に、王になるという弟を放っておいて。」
「良い。良いんだ。なりたいならば、なればいい。」
ノクティスから目を背けながらアウルは答えた。
「そのために国が滅んでも?」
「良い。」
アウルは深呼吸をして続ける。
「もしノクティスの治世で滅んだとしても、それはなるべくして成ったのだ。貴族主義であるこの国は腐敗している。差別も、確執も消えはしない。仕方がないのだ。いずれ起こる未来が早まっただけ。」
自分でもとんでもないことを言っていることは分かっているが止まらなかった。カイの手を払いのけて振り返った。
——責められても仕方がない。前王も父上も抗い続けていたが事実……
振り返ってアウルは固まった。カイは狐の面で顔を隠していた。
少し見える口元が歪む。
「さすが、うつけものの王子さまだ。俺らみたいな平民が幾ら巻き込まれ、のたれ死んでもどうでもいいんだな。」
カイの背に何か見えた気がして目を凝らす。
「まあ良いさ。この屍、踏み越えて行けば良い。」
その言葉にアウルは飛び起きた。
気づけばもう日は登っていた。
見慣れない部屋に混乱しつつ、辺りを見回す。
並べられた寝台の上には誰もいない。
「そういえば監査官の屋敷に泊まったのだったな。一緒に寝てたはずだが……あの2人、私を置いて先に起きたか。薄情な奴らだ。」
瞼を閉じた。
夢を見た気がするが、既に思い出せないでいた。
「あんな薄情者どもと寝たせいで、最悪の目覚めだ。」
瞼を開いた。
朝日を浴びてアウルは頬を膨らます。
「もう2度と一緒に寝てやらぬからな。」
窓から差し込む陽の光に目を細めながら起き上がる。
ちょうどレオンが部屋を出るところだった。
「カイ。私は自室に戻る。殿下はまだお眠りのようだから、お前も身支度を別で済ませたらどうだ。」
「別とは?」
「もともとお前に用意していた客室だ。」
「ああ。」
カイは軽く頷いた。
「私は先に行くが、眠気が取れたら出なさい。案内役を廊下に置いておこう。」
「ありがとうございます。」
レオンはそのまま出て行った。
カイは欠伸をしながら隣を見た。
アウルは体を大きく広げてまだ寝息を立てている。
「ほんと邪魔だな。こいつ。」
呑気な寝顔に苛ついていると、その頬を涙が伝った。
「……ノクス。」
寝言だろう。どんな夢を見ているのか。アウルは眉間に皺を寄せた。
それを見つめながら、その眉間を指で押さえた。押さえられたアウルは苦しそうに最初は唸っていたが、次第に落ち着いてまた寝息を立て始めた。
「黙って寝れないのか。」
気づけば眉間の皺は取れていた。カイは扉に向かった。
取手に手をかけアウルを見る。
起きる気配はなさそうだ。
「……継承権、ね?」
カイは部屋を後にした。




